面倒そうな大男
「おらぁぁぁぁぁあああ!!!」
森の中のどこかでで怒号が響き渡る。
声が気になり上を見ると、何かが陽人の頭目掛けて落下してきていた。
「は!?ちょっ…!」
何だ、何が落ちてんのあれ!?ていうか、早くここを逃げないと…!
あまりに急な出来事で、前転のつもりがただのダイブになってしまった。
「いってぇ…。何ださっきの…?」
口に土が入って、気持ち悪りぃ…。VITってこんなとこまでリアルなのかよ。
現実と変わらない味のする土を吐き出しながら、ゆっくりと振り返る。
砂埃が舞って見えにくいが、そこには何か大きなものを持っている、岩のようなシルエットが浮かんでいた。
「何だあれ、斧…?」
斧、それも樹を切り倒すのに使うようなものではなく、戦闘で人を殺めるために使われるような…戦斧のような形をしていた。
「私の奇襲を逃れるとは…中々のやり手だな」
自信に溢れる男の声がした。
声の方を向くと、
(…え、壁…?)
巨大な壁。それ以上に的確な表現が見当たらなかった。
制服でも隠せない広い胸板、分厚い胴体、存在全てから大きな圧を感じ、自分がまるで小さくなったように感じる。
身長が170cm後半はある陽人でも見上げるその胴体の上に乗っている顔から、睨んでいる目がこちらを向く。
「私を知らぬか…お前は」
まるで詰問かと疑うほど圧の乗った低い声。もちろん陽人の話してきた人間にこんな声の主は思い当たらない。
(誰だよ、こんな危ない奴…?)
すっかり返答に困ってしまったが、とにかく相手の方を向く。
視界に入った胸元のリボンは青色、つまり三年生だった。
(まさか…?)
思い当たり…というより予想でしかないのだが、1人の浮かんだ名前を口に出す。
「菜季戸…菜季戸久津さんですか…?」
前回優勝者の名前を出す。確かあの人も三年の生徒だったはずだ。
すると、その壁男の表情が微かに動いた。
「いかにも。よく思い出したな」
(いや、思い出すどころか顔知らなかったんですけどね?)
もっと言うと声の印象もガラッと変わっていた。もっと暑苦しそうな声だっただろうがお前。
口にすれば即斬り殺されそうな悪態を心中でぼやきながら対峙する。
陽人は正直、今すぐにでも逃げ出してしまいたかった。




