黒い影の呪縛
志度と二人で森の中を歩いていく。
戦闘中の時のような騒がしさは完全に無くなっていて、風で枝葉が揺れる音と足音だけが辺りに響く。
ただ…不自然に折れた枝や明らかに凸凹している地面から、あの戦闘も、化け物も事実だったのだと感じさせる。
「……霞と、何の言い合いをしていたんですか?」
先を歩く志度に、陽人が尋ねる。すると志度は、歩く足を止めないまま答える。
「この山にあった話は覚えてる?」
「…封印された化け物と、無名の勇者の話ですか?」
もちろん覚えている。昨日か一昨日の志度の話、そして…無名の勇者。陽人の記憶から消えることはないだろう。
陽人の言葉を聞いて、ほんの少し志度の頬が緩んだ様な気がする。
「そう。その話でね、ちょっと話していない情報があったんだ」
「その化け物の封印が、そろそろ解けそうだったって話ですか?」
小屋の中で話していた内容から、その辺りだろうか。
「…聞こえてた?」
「霞が完全にキレた時の声で起きちゃいましたから」
「そっか…。醜いところを見せちゃったね…ごめん」
志度が苦笑いを浮かべながら謝る。陽人は全く気にしていなかったが、何も言えなかった。
しばらく二人の会話は途切れ、ひたすらにどこかへ歩いていく。
「あの…どこに向かってるんですか?」
「言ったでしょ、頭冷やすついでって」
志度はそれだけしか言わなかった。彼自身も疲れたのかいつもに比べて、見るからに口数も元気もない。
そこからまた無言で歩いていると、開けた湖畔のような場所に出た。中央には少し大きい湖があり、それを大きく囲むように木が生えている。
「こんな所が…あったんですね」
あまりにも幻想的な景色に、陽人は少し言葉を失った。
「……そうだね。こんな綺麗な所があったんだよね…」
志度はどこか悲しそうな顔を浮かべ、湖の前で動かなくなった。
「…陽人くん、顔でも洗ってきなよ。きっと気持ちいいと思うよ」
そして、陽人に笑みを浮かべる。その様子に陽人は後ろ髪を引かれ、志度を問い詰める。
「…何があったんですか?いつもの志度さんとは全然違います。…話してくれませんか?」
「ありがとう。……ごめんね」
その謝罪は、どこの誰に向けられたものなのだろう…。ただ一つ言えるのは、今の陽人には話してくれなさそうだ。
「……分かりました。いつか話してくれるまで、ゆっくり待ってます」
この言葉が無意味だとしても、陽人自身の自己満足だとしても、今の志度を締め付けるとしても…少しでも彼の支えになれればと思う。
そのまま少しゆっくりして、二人はまた小屋へと戻り始めた。
「やっぱり、他人に尻拭いを任せるのは楽でいいねぇ…。こっちはちょっと封印ぶち壊すだけでいいんだもん」
フードを深く被った男が、ニヤリと口角を上げて呟いていた。
これで「ロスト・フェイカー」は完結となります。
続きもお付き合いいただける方は、「ロスト・フェイカー 2」をお楽しみください。




