VITの中の平和な世界
そこは深い森の中だった。
木々がまばらに生えており、上を見上げると枝が光を阻害している。端的に言えば、薄暗かった。
「VITって、こんなにリアリティ高いのか…」
肌が顔を撫でる。土や草の匂いが鼻に届く。鳥の鳴き声や枝葉のざわめきが耳に響く。
身体の五感全てで自然を感じていた。
「はあ、なんだか眠くなってきたな…」
新しい場所での生活、連日の慣れない授業、他にも様々な要素が陽人に疲れを強いていたのだろうか。VITによる心地よい温度と、都会とは明らかに違う新鮮な空気に、気持ち良い眠気に誘われていた。
「…誰だ!」
後方で誰かが歩く足音が一つ、足元に生えている草のおかげでしっかりと音が聞こえた。
陽人が声を上げた直後にその足音がピタッと止まった。音の聞こえた方へ振り返る。そこにも同じような森が広がっていた。
「………」
姿は見えないが、音からある程度の場所は分かっている。もちろん相手も陽人の場所を分かっているだろう。もしかしたら今も陽人を観察しているかもしれない。
恐らく、身を隠すために陽人が移動すれば相手に襲われるだろう。相手が動けば陽人も容赦するつもりはない。
(お互い、牽制するしかないのか…?)
そうやって動けずにいると、後方から枝を飛び移る音が聞こえる。
(この学校には忍者でもいるのか…?)
今の時代、枝を飛び移って移動なんて、忍者かパルクールの選手くらいだろう。
2人が仲間かどうかはさておき、挟み撃ちのような状況に陥ってしまった。
(なんで初戦でこんな状態に…!)
ただ運が悪いだけと言えばそれまでだが、行き場の無い苛立ちが陽人の心を焦らせる。
ついに後方の忍者が陽人のすぐ後ろの枝に飛び移った。牽制していた方の茂みから体勢を整えるような、些細な草の音が響く。
やはりこの2人は仲間のようだ。ただ、遭遇戦という名目上、共闘はどうなんだろうか…?
そんなことを考えながらここまで時間延ばしていたが、それも限界らしい。
あまり戦いたくはないが、そんな陽人の我儘に付き合ってくれる相手ではないらしい。
陽人も、そろそろ覚悟を決めなければいけなかった。




