第47話 二代口伝 穿打
二代目人明流当主、志野灯次。
この人物は、江戸時代初期の会津で生を受け、町にひっそりと建てられた人明流の道場で育った。
灯次は幼い頃から武術の才覚に恵まれ、初代の教えをみるみる内に吸収していった。
やがて、初代口伝、打震竜歩を習得する。
そんな才能あふれる灯次は闘いには向かない優しい性格だったと伝えられている。怪我をした村の子供を手当てする時には、泣き喚く子供と一緒に泣いてしまう程だったらしい。
そういう性格ゆえか、彼は”打震”という技を人助けに使った。
”打震”や技で身に付けた技能を使い、現代でいうところの柔道整復師のような仕事を始めたのだ。
打身、骨折、腰痛……。
あらゆる症状を軽く叩くだけピタリと言い当て、整体の腕もいい。
たちまち彼の噂は会津藩の藩主、保科正之の耳にも入るほどになる。
様々な出会いを経て、保科正之の勧めで灯次は江戸へ渡る。
そして、そこでも何千という人々を”打震”で診ることになる。
叩いて、叩いて、叩き続けた。
当時の江戸の人口は最大で25万人とも言われている。そのすべてが、体を資本とする者達である。彼の診た患者がどれだけ膨大だったのか、想像に容易い。
そう。人生のほとんどを闘いに明け暮れた初代とは違い、彼は人生のほとんどを、民衆の苦しみを取り除くことに費やしたのだった。
彼の腕に異変が生じたのは、何気ない日常だった。
いつものように、患者の皮膚を叩いて皮膚から伝わる衝撃を感じとり、内部構造を想起する。
それが当たり前だった。
それこそが日常だった。
だが、その時感じたのは、皮膚の触感ではなかった。分厚い筋肉、堅牢な骨、流れる血潮。いつもなら皮膚の下に潜んでいる猛者達がそこには居た。
そんな彼らの存在を、いつも以上に明確に、克明に感じ取った。まるで、直接触れ合っているかのように。
この日から、灯次は道場へ籠り、この現象を研究する事となった。そして、幾度とない実験と実践の末、この打撃の理法をまとめ上げたのだ。
『人明流二代口伝 穿打』として。
◇
「二代口伝 穿打!!!!」
レンの絶叫にも似た声が空に轟き、振り下ろされた手刀が太く柔らかい触腕にめり込んだ。
「……今更それか。魔法を使えない者に、私は何を焦っていたのだ……」
もはや呆れたように、スライムのメッカは呟いた。
ただの人間、いや、魔法も使えない分、ただの人間にも劣る者に手こずっていた自分が情けないと。
メッカは触腕を掴んだまま離さないレンに、最後のとどめを刺そうと触腕へ指令を走らせる。
呼応するように、3本の触腕がうねった。
だが、ここでメッカは違和感を覚えた。
レンが掴んでいる触腕に応答がない。それどころか感覚すら失われている。
「ーーなんだ?」
訝しむメッカにレンは答えた。
「ほら……諦めないで良かった……」
レンが腕を離す。
すると、触腕がドサリと落ち、ピクリとも動かなくなる。
「ーーなっ!!」
「遅い!」
レンはうねる3本の触腕に竜歩で駆け寄り、次々に打撃を加えた。
”二代口伝 穿打”を十分に効かせて。
打たれた触腕は、メッカの神経から切り離され、強化に使われていた魔力が解かれる。
「貴様……! 一体何をした!!」
「はは、効いてる……! 口伝が効いてるぞ!!」
メッカ本体から無数の触腕が伸びる。それはレンの顔面に真っ直ぐ狙ってくる。
だが、レンは頭を傾けながら避け、それぞれに穿打を放つ。
か細い触腕は一瞬で動作を停止し、力なく地面へ落ちた。
目の前で起こっている不可解な現象に焦に、メッカは焦りを覚え始める。
やがて、攻防を2撃、3撃……6撃も続けると、それまで優位であったはずのメッカも気がついた。
自分が窮地に立たされている、と。
「何故だ……カケラも魔力の無い貴様が、何故私にダメージを……」
人類にはスライムに対抗する手段は一つしかない。
属性魔法による滅却である。
流動し、伸縮するスライムの体に斬撃、打撃などの物理攻撃は全く意味をなさないのだ。
その理由は、スライムの持つ特殊な内部構造にある。
スライムの持つ特殊な細胞小器官。
メッカの脳であるコアから信号を受け取り、過剰増殖、過剰消失を繰り返す事で伸縮や流動する体を成立させる。
物理攻撃が効かないのは、それらの細胞のほんの一部分を攻撃しているためだ。
ダメージを受けず、生き残った細胞が増殖し、即座に回復してしまう。
だからこそ、それらの細胞を一度に消滅させる火のような属性魔法が有効だったのだ。
だが、細胞達にとっては、レンの放った”穿打”は火以上に厄介だった。その衝撃は、無防備な内部へ容易に侵入し、放射状に広がりながら細胞を均等に破壊していく。
増殖、消失に特化した細胞達に身を守る術はなく、自分以外の細胞に後を任せ、呆気なく死滅する。
しかし、気づいた頃には既に大半の細胞が死滅。
当然触腕も機能不全に陥り、メッカのコントロールから外れていったのだ。
そんな、体内で起きている異常事態に困惑するメッカ。
やがて、触腕の雨を潜り抜けたレンは、とうとうメッカの本体に手が届く。
黒い地面に両足を踏ん張り、今、渾身の穿打を練り上げる。
「……はああああああ!!!」
「なっ……やめっ……!」
放たれたのは開手による掌底。
メッカの体内へ衝撃が浸透していき、まるで高層ビルが支柱を爆破され崩れ落ちるが如く、崩壊が始まった。
「な、何故だ……!!」
メルクの夜空にメッカの慟哭が響いた。
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