第44話 橙色の追憶③
ーーキン!!
ーーガキン!!
仄暗く、湿ったその場所で、剣戟が光る。
凍り付くような寒さに呼吸が白くなる。
「このままではキリがないぞーー!!」
仲間の騎士、ミルコの声が反響し、彼の盾が輝いた。
ミルコの防壁魔法がレン達の広間に繋がる通路を塞いでいる。
その奥には、何百という亡者が群れをなし、盾から発する壁を打ち崩そうとしている。
多くの魔法使いが集う魔法都市とはいえ、この量の亡者が溢れ出ればパニックは回避できないだろう。
ミルコの魔法が崩れる前に、一刻も早く目の前の敵を倒さなければ。
「ははははははは!!!! どうした勇者! やけに顔色が悪いようだな!!!」
僕が持つ神剣ヴァルキリーの先に立つ灰色の鎧男。
背後の通路で群がっている亡者達の親玉である、リッチーだ。
彼を倒せば、亡者を召喚し続けている魔法は解け、亡者も消え去ると、サリーは言った
「どうしたのよレン!! さっきから動きが変よ!」
ルイスが骸骨兵を砕きながら、僕へ声を飛ばす。
「ごめん、大丈夫……! 朝ごはん食べ過ぎたみたい!」
「ちょっと! こんな時にふざけないで!!」
そう言いつつ、次々と襲いかかる骸骨兵をルイスは壁を走ってなぎ倒していく。
(……身軽だなぁ)
なんて見惚れている場合ではない。
はっきり言って、異世界生活最大のピンチだ。なぜか神器の力が発動していない。
魔力を超えた力の源泉、神気を纏っている二つの神器。
僕が神より授かった神剣ヴァルキリーと神装ポロニアはあらゆる攻撃から守り、あらゆる魔力や物を切断できる。
神装ポロニアは空気のように軽く、あらゆる物理攻撃を無力化する。
神剣ヴァルキリーは物理、魔力を問わず、この世の事象全てを切断できる。
そんな二つの神器。
今はただ重くて派手なだけの剣と鎧でしかない。
このリッチーと相対してから、神気を吸われ、すっかり元の能力を発揮できなくなっている。
「神器が無ければ勇者など敵ではない!!!」
「うぐっ!!!」
このリッチー、この地下迷宮に埋葬されていた騎士の遺体を利用しているためかやけに接近戦を好む。
先ほどから僕は防戦一方でこのリッチーの剣を受け流すことしかできていない。
「このっ! 神器を封じるなんてずるいぞ!」
「何を言う! 神などに頼らなければ戦えない臆病者め! これが貴様の本来の力量と言うことだ!!!」
ーーガキン!!!
神剣と錆び付いた剣が擦れ合い、火花が暗闇に舞い散る。
「本来の力量か……それもそうだね。人間の力なんて、所詮は……」
「死ねぇ!!!」
重い鉄の剣が僕の胴に迫る。
それを装飾剣と化した神剣で辛うじて防いだ。しかし、リッチーの膂力には耐え切れない。僕は軽々と吹き飛ばされた。
ゴロゴロと地面を転がり、息が途切れかける。
「ごはっぁ! はあ、はぁ……」
どれだけ追い詰められようと、人明流など意地でも使いたくない。
せっかくあの世界のしがらみから抜け出せたんだ。この世界で使ってなるものか。
それにもう、カブレス城、商業都市ともう十分に人を救ったし、なんならこのまま斬り殺されてみてもいいのかも知れない……。
(それにどうせ、この世界でも僕に居場所は無いし……)
諦めが全身に回るのは早かった。
立ち上がろうと地面に付いた手の力が、だらりと抜ける。
だが、それを許してくれない人がいた。
「サリー! ちょっとお願い! すぐ戻るから!」
「いいわよ。さっさとバカを起こして来なさい」
そんな声が聞こえ、ルイスが天井を伝って僕の側までやってきた。
「ちょっと!! 何寝てんのよ! まだ立てるでしょ!?」
「ルイス……! もういいよ……。僕は置いて逃げて……」
「バカいうな!! あんたそれでも勇者なの!?」
僕の耳元で、ルイスは必死に叫んだ。
「勇者失格さ。神器が全然動かないんだ……だから、僕の事は気にせず逃げて……」
そう言うと、ルイスは一瞬俯き、覚悟を決めたように再び顔を上げる。
「ごめん。ちょっと乱暴する」
「え?」
彼女はそう言って、僕の襟を掴み起こし、思い切り頬を叩いた。
ーーパン!!
「バカにしないで! ここまで4人で旅してきたでしょう!? レンだけ置いてくなんて私たちがすると思うの!? 神器が動かないなら、足を動かしなさい! 一緒に逃げるわよ!!」
「ルイス……」
「勇者ならどこまでも足掻きなさい!! どんなに絶望的な状況でも、絶対に諦めない。それが勇者よ!! そんで、そんなアンタを信じてる奴がここにいるのよ! そんなに簡単に諦めないで!!!」
……そうか。僕はずっと勘違いしていた。
元の世界で人間の醜さを知って、僕はずっと人間というものを諦めていた。
僕自身を、自分勝手に見限っていた……。
この世界で神器を貰って、強くなった気がしていた。
人を救って、感謝されて、虚勢を張ってる自分が強くなったのだと思っていた。だから、神器の使えない僕は無価値だと、思い込んでしまっていた。
大切なのはそこじゃ無い。神器などなくとも、僕を認めてくれる人達がいる。
間違いなく、ルイスもその内の一人だ。
「ごめん……ルイス……目が覚めたよ……こんな僕でも一緒に逃げてくれるかい?」
「ええ……! あたりまえ……」
ルイスが言いかけた途端、錆びた鉄剣が彼女を襲う。
「……ルイス!!」
ルイスは辛うじて短剣で防御したようだが、僕を吹き飛ばすほどのリッチーの一撃は、短剣を砕き、ルイスを混濁させるには十分だった。
地面に転がり、彼女は意識を失った。
「お話中すまない。だが、順番は守ってもらおう……」
「貴様……!」
「おっと、そう怒るな勇者。愛しの彼女とはじきに話せる。あの世でな……」
冷酷な剣が、今度は僕に襲い掛かった。
僕も重くなった神剣を振り上げ、切り結ぶ。
「……もういい……仲間の危機に僕のこだわりなんて知った事か……」
「何〜〜? その弱々しい体で何がこだわれるのかな??」
「見せてやる、”七代口伝、繋雪”……!」
再び、視界が歪んだ。
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