第43話 橙色の追憶②
夕刻の中、校舎の下駄箱で僕と後輩の舞は立ちすくんでいた。
それは、下校するために靴を履き替えた後の出来事だった。
二人で下校しようと、校舎の入り口で舞を待っていたが、やけに遅い。
靴を履き替えるにしては時間がかかりすぎている。
心配になり様子を見るため1年生の下駄箱へ顔を覗かせると、青ざめた表情の彼女がそこにあった。
彼女の視線の先には恐ろしく彩られた舞の下駄箱がある。
絵具でぐちゃぐちゃに描かれたそのメッセージは”舞への愛”だった。
狂気じみたその光景。
先ほどまで楽しそうに談笑していた僕らに恐怖が走る。
「せ、せんぱい……どうしよう……」
舞が僕の手をギュッと握る。
すっかり冷えて強張った彼女の手を、僕は握り返した。
「舞。とにかく職員室に行こう。先生に話した方がいい」
「……え、あ、はい……」
落ち着かない様子の彼女宥めながら、僕らはこの事を教師に伝えた。
当然先生達は騒然となり、その日の内に職員会議が開かれることに。
ひとまず、僕と舞は体育教師の四島先生の車で家へ送り届けてもらう事にした。
四島先生は舞の担任教師であり、人明流道場の門下生でもある。
「舞。明日はどうする? 登校するか?」
ハンドルを握りながら、四島先生が低い声でそう言った。
彼の安心感のある声に後部座席の舞は顔をあげる。
「う、うん……。部活もあるし、今私が抜ける訳にはいかないから……」
一方で彼女の声には恐怖がまだ残っている。
だが、それでも登校するという決断には正直感心した。
「……うん、舞は偉いな。だが、あまり無理はするなよ。蓮、登校するときは送ってやって欲しい。頼めるか?」
「うん、もちろん。下校の時は先生が?」
「ああ。忙しい時もあるから、先生達で交代で送るよ」
しばらく走り、舞の家に着いた。ごく普通の一軒家だ。
車の駆動音で気が付いたのか、門前に止まった瞬間、玄関の扉が開かれる。
「舞!! 大丈夫!?」
舞のお母さんだ。
それまで懸命に堪えていたのか、舞は車を降りた途端、母親に駆け寄って縋り付いた。
そして、その胸の中で泣き崩れる。
僕と先生は、とても見ていられなかった。
いつも明るく活発な舞の姿からは想像も出来ないような悲惨な光景に目を瞑りたくたる。
舞の家から僕の家へ向かう車の中で、四島先生は僕に言った。
「蓮、教師をやっていると、こういう事は少なくない。だから安心してくれ、先生達はこの手の事に関してはプロだ。必ず舞の心と体を守ると約束しよう。だがな、先生が見ていない時、もしもの事が起きた時、蓮が舞を守るんだぞ。お前には、それが出来る力があるし、義務がある。そうだろ?」
「うん……。爺ちゃんに昔言われた事がある。武術は争うための術じゃないって……。”戈を止める術”。だから武術って書くんだって」
「そうだ。よく分かってるじゃないか。それこそが武術を修める者の心構えだ」
翌日、四島先生から体育教官室に呼び出された僕と舞は職員会議で決まった事を聞いた。
昨日車の中で四島先生が言っていたように、暫くの舞の下校は先生達で交代で送る事になった。
登校に関しては、家の近い僕が協力するという事で決まったようだ。
他の先生方からの反対があったそうだが、僕に任せるという事で決議したらしい。理由は言われてないが、四島先生が勧めた事はなんとなく分かった。
「せんぱい、暫く迷惑かけますね……」
「何言ってんの? 毎朝一緒に登校してるじゃん。そんなに変わらないよ」
「……そっか。それもそうですね!」
努めて明るく振る舞う舞の表情に、僕の心が重くなった。
視界が歪んだ……。
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