第39話 生きるための闘い
メッカに取り込まれてから、僕は夢を見ていた。”あの日”以来、ずっと同じ夢に苛まれ続けている。
大粒の雨が降る中、彼は愛しのルイスを背負って山を登る。
目的は分からないがとにかく急いでいた。雨露の冷えた感触が全身を覆い、背中に感じる彼女の鼓動が、温もりが段々と小さくなっていく。
そうやって、ひたすら続く山道を登り続ける、そんな夢だ。
それだけで終わるなら、まだいい。
『ーーーーーーーー』
背中のルイスは僕の耳元で何かを伝えようとしている。その言葉は、あまりにもか細くていつも聞き取れない。
彼女が何を伝えたいのか、ずっと分からないのだ。
夢の終わりは残酷だ。
気がつくと、背からルイスが消え去ってしまう。先ほどまで感じていた鼓動も、温もりも、重さも……。
その感覚が意味するものを、僕は知っている。
それでも、彼女が居なくなったという事実を認めたくないから、いつも後ろを振り返ることが出来ない。
そうやって、空になった背中に己の無力さを痛感しながら目が覚めるのだ。
◇
目を覚ますと、心配そうなノエルの顔があった。
「あっ……! スミス様! 目が覚めたようです!」
「なんだって……!?」
スミスの慌ただしい足音が耳に伝わる。背中に固くて冷たい感触がある。
石に寝そべっているのか?
後頭部に柔らかい感触がある。どうやらノエルに膝枕されているようだ。
「おい……! 心配したぞ! 馬鹿野郎!」
「う、うん……ごめんね」
そう言って、体を起こす。
ノエルが肩を支えてくれたが、それも必要ないくらいには体に力が入る。
僕はそのまま周りを見廻し、スミスに確認した。
「……ここは? 今、どうなってる……? サリーとアルドは?」
「ああ……」
スミスは簡単にこれまでの経緯を話してくれた。今も都市中の兵を指揮しているアルド、僕を助けるために力を尽くしたサリー。
そのお陰で僕や他の修道女たちは無事に助け出されたのだと。
「……そっか、ありがとう……!」
また、助けられた。
ルイスと闘技場を出る時にも味わった感情が僕の心に満ち溢れる。生きている事への喜びと助けてくれた人への感謝の想い。
それだけで、随分と救われたような気持ちになる。
ーーうおおおおおおおおお!!!!
雄叫びのような声が耳に入り、僕はその場所を見下ろした。
眼下では冒険者たちが熾烈な闘いを続けている。いや、それはもはや闘いではなく一方的な蹂躙だった。
気力を奮い立たせて突進していく冒険者たちをスライムは容赦無く振り払い、薙ぎ倒していく。
無残に屠られた彼らの仲間が何人も地面に倒れている。
「行く気か……?」
スミスが僕の背にそう問いかける。
スライムには僕の人明流は通用しない。僕が行ったところで、役に立たないだろう。
そんな事を言うまでもなく、スミスは分かっている。
それでも僕は応えた。
「……うん」
「お待ちください! 魔法が使えないのにスライムと闘うなんて……!!」
声を上げたノエルは、引き止めるように僕の腕を両手で掴んだ。
「お二人は逃げてください。まだ駆け出してもいませんが、私だって冒険者の端くれです!」
スミスと僕の顔を見ながらも、彼女の手は震えて冷たくなっていた。
それでもノエルは、込み上げる恐怖を押さえつけるように声を震わせる。
「私が、行きますので……どうかこれ以上、傷付かないで下さい……!」
彼女は泣きそうな顔で僕を見上げる。
その言葉には、彼女なりの真摯な優しさが伺えた。
「ありがとうノエル……君の気持ちはよく分かったよ。だったら君は傷付いた人たちの治療に専念するんだ。エミーだってそう言うさ」
「でも、レン様……! 死ぬために闘うなんて間違っています!!」
以前、ノエルに投げられた言葉を思い出す。
『レン様は、間違っています! 貴方が死ぬ事で、サリー様、アルド様、スミス様が喜ぶとお思いですか!?』
今となってはよく分かる。彼らはスライムに囚われた僕を必死になって助け出してくれた。
だから、僕が死んで悲しむ顔なんて想像もしたくない。
それに……。
「大丈夫だよ、ノエル。死ぬために闘うんじゃない。生きるために、闘うんだ……。アルドも、スミスも、サリーだってそうしたように、僕も生きるために闘うよ」
ノエルが掴む両手に優しく触れる。彼女の冷えた恐怖を温めるように。
「それに、君の憧れた勇者は、こんな状況で黙って逃げ出すような奴じゃない。きっと、昔の僕でも同じ事をしただろう。だから、僕を信じてくれ……」
涙で潤んだ瞳を見つめると、サリーの手がそっと離れた。
「……ずるいです、そんな事言われたら……」
「ああ、ずるいな……!」
スミスは僕の背をバン! と叩く。それは僕とスミスの間で通じるおまじない。
帰還を願い、生きる力を沸き起こさせる。
「うわ……! はは、なんか久しぶり……」
「そうだろ! ……じゃあ、俺にも頼む!」
「……うん! お返しだ!」
バン! とスミスの背を叩く。
「よっし行くか!」
「ほら、ノエルも」
「え? はい」
パン!
「……わっ!」
ノエルは背を叩かれると、むず痒そうにしながらも、覚悟を決めた。
「……ありがとうございます。お二人もどうかご無事で!」
細い手に僕とスミスは背を押された。
眼下の冒険者達は相変わらず劣勢だ。それでも彼らは魔力の切れた体で何度も、何度も立ち上がる。
早く行かなければ……。
「みんな、必ず生きて帰ってこよう! スミス! 僕は先に行くから、君は後から来て」
「おう! って、先に行くって、昇降機はあそこにしかないぞ!」
「じゃ。」
片手を上げて、壁上から僕は飛び降りた。
「レンーー!!!」
「レン様ーーー!!!?」
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