第29話 メルク城へ
「プッはあ!」
レンの意識が混濁し始めた時、スライムの粘液から顔だけ飛び出る。
それまでまともに呼吸ができず、溺れていたレンは新鮮な空気をとにかく吸い込んだ。
「はぁはぁはぁ……これは……!」
酸素が供給され、再び動き出したレンの脳、目。
それらが最初に認識したのは、メルクの街並だった。
とてつもない高さである。
それこそ、都市一体を一望できるほどに。
「気が付いたか勇者……本当に魔法の効きが悪いようだな」
どこからともなく、レンを捕らえているスライムのメッカの声が聞こえてきた。
「お前! 何のつもりだ……!」
「君たちには死なれては困るのだよ。私の大切な盾なのだから……」
「この! 出せ!」
レンは懸命にもがくが、粘性のあるメッカの体内は彼を捕らえて離さない。
ふと、レンの脳裏に不安がよぎった。
「待て……お前今、『君たち』って言ったか……?」
「そうとも、盾はいくらあってもいい」
レンは、かろうじて首を動かした。
左右上下にはレンと同じく十数人のシスター達の顔だけが出されている。
彼女達は皆、意識を失っている。
唯一起きているのはレンだけであった。
「お前……!!! なんて酷いことを……!!」
「理にかなっていると言ってくれ。私は敵だぞ? 君たちにとってはどんな酷いこともやってのけるさ……例えばこのように……」
メッカの周囲に光が満ちる。
それは、可視化される程の密度を持った魔力である。
その魔力は均等に並び、メッカの周囲を回転。
一輪の円となってレンの顔を照らす。
「何をする気だ!!」
「見ていろ。すぐに分かる……『熱線よ、来れ』」
メッカが唱えると、光の円は宙に浮き、遠く離れた建物の上空へ移動した。
レンにはその建物に覚えがある。
冒険者ギルドだ。
明らかにまずい。
魔法の分からないレンでも、そんなことは容易に察した。
彼は必死に生暖かい粘液の中でもがく。
「やめろーーーー!!!!!!」
『実行』
呪文が唱えられた。
光の円はその中心に収縮した。
瞬間。
日差しの如き輝きがメルクの街を揺らした。
そして、爆発音と共に、冒険者ギルドは黒煙に消える。
「下調べによると、冒険者ギルドがこの都市で最も厄介な勢力だ。これで何の憂いもなく、都市を蹂躙できる。
哀れな勇者よ。君は中で寝ていたまえ。もっとも、呼吸ができればだがね……」
「……!!」
叫びを上げる暇もなく、レンの顔が粘液の中へ沈んでいく。
だが、街は絶叫と騒ぎが拡散していく。
レンは自身の無力さを痛感しながらも、必死にもがく。
しかし、抵抗虚しく昏睡へ沈んでしまった。
◇
スライムから逃げ出したサリー、アルド、スミスはメルク城へ向かっていた。
アルドの発案である。
「この状況を打開するのは私たちだけでは不可能だ! この都市の管理者に直接状況を話そう! それしか無い!!」
そう言って、走り出したアルドをサリーとスミスが追いかける形である。
ちなみに、メッカの体液から救い出したノエルは未だに意識を取り戻しておらず、スミスに抱えられている。
「まずい! 住民が騒ぎ出した!」
「ああ! とにかく急ごう!!」
足早に坂を上がるスミスとアルド。
それの後ろに居るサリーは不意に立ち止まり、スミスに声を上げる。
「スミス! ノエルをしっかり掴んでなさい!! 飛ぶわよ!」
「へ!?」
サリーの杖に魔力が集まる。
『フロート』
呪文を唱え、術式を起動する。
走っていたスミスの足が空を蹴る。
アルドもまた、転びそうになりながら空中を1回転した。
そして、サリーとノエルを含めた4人は高く上空へと飛び上がり、メルクの街を一望した。
赤いスライムの巨体に変化はない。
先ほどの爆音以降、静止したままである。
しかし、サリーはその理由を察していた。
ヤツが今動けないのは恐らく大規模な魔法を使った反動である事。
そして、その反動が解けるまでに大して時間がない事も。
「サリー! メルク城はあそこだ! 丁度いい、城主の鎮座する大広間の窓にこのまま飛び込もう!」
アルドは眼下に佇むメルク城の中央に指を指した。
「流石は元城主! じゃあ、行くわよ!」
「さささ、サリー! 出来ればゆっくりぃーー!!」
落下が始まる。
最初はふわりと風に揺られていた程度だったが、段々と風圧が増していく。
「うわあああああああ!!!!」
4人は一纏りとなって、メルク城へと突っ込んだ。
◇
「は?」
メルク城は商業都市てとして栄える以前からある。
これは亜人と戦争をしていた時代に重要な要地とされ築かれた。
度重なる改修工事をしているが、壁面や柱は古ぼけており、とても城としては頼りなかった。
商業都市の管理者であり、このメルク城の城主であるシンドラはアルドの従兄弟にあたる男だ。
メルクの危機を救う手助けになろうと、ドーラは彼との謁見のためにここを訪れていた。
大広間の扉が開かれ、中に入ると簡易的なテーブルが置かれ兵士達が慌ただしく動き回っているのが見えた。
テーブルに置かれた地図と格闘しながら指示を出し続けているのがこの城の防衛を預かる兵士長だ。
彼とドーラはアルドが城主だった頃の仕事仲間である。
懐かしい顔を目にして落ち着いたドーラだったが、当のシンドラは姿はなかった。
彼は既に逃げ出していたのである。
「申し訳ない、メイド長、いえドーラ嬢……」
兵士長は悔しさに顔を歪めながら謝る。
そんな彼の表情を見せられて、ドーラもそれ以上怒れなかった。
それに今は感情的になっている場合ではない。
「兵士長、もう分かりましたわ。これ以上は言いません。とにかく今は一人でも多くの住民を助けることを考えましょう」
「ええ、しかし……あんなもの相手にどこから手を付ければよいのか……」
目の前に広げられたのはメルクの全体図。
それを前に、ドーラ自身も何をすれば良いのか頭を捻る。
バリン!!!!!
あまりにも唐突にその破壊音が鳴った。
大広間の窓が破られ、2つの塊が投げ込まれる。
地面を数度転がった二人にドーラは目をみはった。
周囲にいた兵士達は剣の柄を握って警戒する。
「あいたたた……サリーもっと優しく……」
「大丈夫かスミス……? おっと、今晩は皆の衆ちょうど集まってくれているなら話が早い……」
アルドが立ち上がると、兵士達は驚愕の表情で固まった。
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