第25話 ラクーン・スライム メッカ
ラクーン・スライム。
魔人領、アルカ海岸周辺を主な生息地とするスライムの一種である。
そして彼らは魔人の中では最も進化の遅れた種族とされている。
その理由は、彼らの習性にある。
ラクーンの名が示す通り、彼らは海で生まれ育つ。
幼生期は主に浅瀬で過ごし、成体になると地上に出て他のスライム達とコミュニティを形成するようになる。
そして、繁殖のために再び生まれ故郷の海へと帰っていく。
彼らにとっては海こそが最愛の地である。
彼らのこの習性ははるか太古から続いており、それだけ長きにわたって古い習性を残している魔人は珍しい。
そのためか、他の魔人達からは「いまだに母なる海にすがる哀れな種族」「全く進歩のない連中」などと、蔑まれていた。
それもそのはず。
魔人は常に魂の進化を続けている。
魔人は死ねば、その魂は輪廻の輪に戻り、新たな命へ宿る。
その魂には前世の情報をが記録され、前回の死因や人生を基に新たな能力や形態を獲得する。
これを魔人達は”魂の進化”と呼ぶ。
一死一生が即、進歩へと繋がる。
これこそが、魔人と人間を隔てる大きな違いであり、魔人達の強さの秘密だ。
だからこそ、ラクーンスライムという種族は魔人達の中で悪い意味で特異な存在であった。
”ラクーン・スライム”のメッカは疑問に思う。
彼は自分の種族に誇りを持っている。
全ての命の故郷である海で生まれ、育つ事の何がいけないのか?
彼には陸上の魔人達に侮辱される道理が分からなかった。
理解したくもなかった。
だが、進化した魔人達には確かに優秀な種族が多いのも事実である。
地獄から生まれるとされる悪魔族、空中を支配する竜族、頑強な肉体を誇るオーク族。
そんな現実を目の前に、メッカはむしろ、したたかな闘志を燃やした。
「這い上がり、証明しよう。この世にラクーン・スライムが蔑まれる道理など無いことを。私が、魔王になることで……」
彼の野望は果てしなく困難だ。
種族間の差別意識は実力主義を掲げる魔王軍の中でも厄介そのもの。
しかし、彼は登り続けた。
示し続けた。
己の力、能力、有用性を。
やがてメッカはラクーン・スライムとしては史上初となる、魔王継承権を獲得したのである。
現在の階位は7位。
だが、メッカはそれだけでは満足していない。
未だに、ラクーン・スライムをバカにする魔人は多く居る。
そこにはメッカの大出世に対するやっかみもあったのだろうが、彼はそれすら我慢ならない。
「いずれは、ラクーン・スライムの名を聞いただけで恐れ慄かせてやる。そのためには……確実に実績を重ねよう……」
彼の赤い体液は燃え上がるような色味である。
◇
入念に準備を重ねた。
商業都市周辺に分体を配置して情報を集めた。
変化魔法を使い、体内に取り込んだ行商人に化けてメルクに紛れ込んだ。
都市内で情報を集めるために冒険者になり変わり、ギルドへ入り浸った。
そこでメルクの戦力、火力を分析し、街の冒険者が少なくなるタイミングを調べた。
信仰の集まる場所を見つけ、内外からそこを観察した。
どうやら、人間の修道女が多数住居しているらしい。
メッカの実力ならば、容易に突破できる程度だと分かるが、万が一に備えた。
門を開いた後の決戦を考えれば、少しでも体力を温存するべきだ。
そんな事を考えていた彼の視線に、教会に出入りする織物商人が見えた。
その商人の帰りしな、密かにその彼を取り込んで姿と記憶を奪った。
そして、昨日。
織物商人の邸宅へやって来たグラム神父を取り込み、姿形を模倣。
同じく姿と記憶を奪い、完璧な偽装を施した。
教会に来てからも誰一人として、メッカを疑う者はいなかった。
何の苦労もなく、教会にいたシスター全てを、その赤い体内へ取り込めた。
あとは聖遺物に溢れた信仰を使い、ゲートを開くだけ。
それだけで、メルクを蹂躙するだけの戦力が魔人領からやって来る。
それまでは完璧な仕事のはずだった。
確かに彼の思うままに事が運んでいた。
誰一人として、自分の正体に気が付く者など居なかった。
だが……。
「なぜだ……?」
腹を貫かれながら、グラム神父に化けた”ラクーン・スライムのメッカ”はそう呟いた。
神父の姿は溶け出し、既に体のほとんどが粘性のある赤い液体に戻っていた。
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