第24話 満月の夜にて
柊亭の店主、フィラメの好意もあり、レンとスミスはアランと母のヴェルサも交えて散々飲み食いを楽しんだ。
やがて夜になり、スミスとレンは教会への帰路についた。
やけに月の高い夜である。
長い坂道を登っていくと、満月をそっと隠すように教会が見えてくる。
「ついたーー!」
「お疲れさん。腹一杯だし、さっさと部屋に戻るか」
柊亭ではフィラメのお陰でパンパンになるまで食べさせられたのだ。
そのせいか、坂を登った二人の足取りはやけに重たかった。
「その前にやる事があるぞ」
二人の背後から声がかけられる。
振り向くと、そこには図書館帰りのアルドとサリーが立っていた。
「あ、お疲れ様、二人とも。釣果はどんな感じ?」
「ああ、二人もな。取り敢えずメルクには情報が無いという事は分かった。部屋に戻ったらまた話し合いたい」
「良いよ」
「俺もだ。こっちは良い報告ができそうだぜ」
「そうか! それは楽しみだな! ところで、ちょうど全員揃った事だし、部屋に戻る前に神父様に聖遺物について聞きに行こうと思うんだがどうかね?」
「いいぜ、行こう」
スミスはそう言って教会の鉄柵の門を開ける。
彼の両親が見つかった事は部屋に帰ってから言うつもりらしい。
恐らくは驚かせたいのだろう。
ガガガガガガ……
鉄柵が地面を掻くように音を立てる。
「あれ? 今日はシスター達忙しいのかな?」
音を聞きながら、レンがそう呟いた。
鉄柵の門が開く音はそれなりに響く。
普段なら、シスターの一人か二人は顔を覗かせてもよいハズである。
実際昨日も、鉄柵を開けると「お帰りなさい〜〜!!」と言うデカイ声が聞こえてきた。
「そういう日もあるんだろっと!」
スミスが柵を開ききり、全員が門を潜ると再び締める。
すると、目の前の通路を神父がスタスタと歩いているのが見えた。
「お、グラム神父〜〜!!」
神父を見るなりスミスがそう声をあげた。
しかし当の神父は気がつく素振りも見せず、そのまま聖堂の扉を開けて中に入った。
「あれ? ちょっと遠かったかな?」
スミスがそう呟くと、自然と全員の足は聖堂へと向いた。
そして、レンが聖堂の扉を開く。
「……!」
聖堂に入ると、神父は少し驚いたように振り返り、レン達を見た。
そこは、神父一人きりであった。
彼は巨大な女神像の目の前で祈りを捧げていたようだ。
「失礼、もしかしてお忙しかったですか?」
「い、いえ。皆様こんばんは」
神父は以前と変わらぬ優しい笑みを向けてくる。
一行も驚かせてしまった事を謝りつつ挨拶を返した。
「グラム神父、ノエルの件の報告ですが……」
「ああ〜〜、その事でしたら本人から聞いております。私どものお願いを聞いてくださりありがとうございました。お陰で肩の荷が降りましたよ」
(そっか……ノエルから聞いたんだ……。随分あっさり受け入れてるな〜〜?)
レンは一瞬不思議に思ったが、「いや」と考え直す。
神父なりに反対したい気持ちはまだあるのだろう……。
それでも彼は、ノエルの意思を尊重したのだと、勝手に納得した。
「ご用件はそれだけですかな?」
「いえ」
アルドはそう言って、神父の隣に立った。
「あなた方が管理されていると言う聖遺物の事です。実は私たちがメルク来た目的は、聖遺物に関する情報を国へ伝える事なのです」
「ほう。そうでしたか……」
「商業組合長から貴方に話してよいと許可は頂いていますが、今からお伝えする事はどうか他言無用でお願いします。
近い内に王都の教会本部からも正式な指示書が届くでしょう」
これは実際にドーラに手配してもらっていた。
素性の知れない自分たちの情報だけでは疑わしく、簡単に信用してもらえるとは思えなかったためだ。
「教会本部も関わっているのであれば、聞かないわけには参りません。いいでしょう。お話しください」
「ありがとうございます。では……」
と、アルドはドーラに説明した通り、エルフの里での一件を詳細に話した。
神父は驚くでもなく、時折頷きながら聞いた。
一通り話し終えると、神父は「そうですか……」と言って女神像を見上げる。
「皆様のおっしゃる通りなら、このメルクで狙われるのは”ここ”という事ですな……。この聖堂は古くよりメルクの街を見守ってきた……。
信仰というものが、力を持つとするならば、この聖堂は間違いなくメルク一のパワーを秘めているでしょう」
「ええ。ですから、警戒していただきたいのです。いつ、どうやって魔人が攻め込んでくるのか分かりません。
既に冒険者ギルドには話しています。明日にでも、警備の冒険者を派遣してもらった方がいいでしょう」
アルドは神父の背中にそう語りかけた。
そして神父は、振り向いてアルドに手を差し出した。
「ありがとう。旅のお方……。お礼をしても仕切れません。あなた方のお陰で、この教会は見えぬ脅威を認識する事ができました!
皆様も! ありがとう!」
アルドの後ろに居たサリー、スミスとも神父は握手を交わした。
二人とも、断る筈もなく、これに応じる。
「さあ!」
「ええ!」
最後に手を差し出されたのはレン。
彼は感慨深くその手を見つめる。
この神父様といい、この街にはいい人ばかりだ。
明るいギルド・マスターエイミーさん、悪人だけど義理には厚い奴隷商人のトッド、従業員想いの厳しくも優しい店主、柊亭のフィラメさん。
確かに冒険者ギルドで闘ったガッドのような悪党も多いかも知れない。
しかしこの街の住人には、そんな理不尽をも受け入れる度量の深さがある。
スミスの父親が怒られながらも、なんやんかんやで馴染んでいるのがよい証拠だ。
(本当にいい街だ……。ここに住んでいる人達なら、どんな困難がやって来ても大丈夫だ!)
レンはそう確信し、差し出された神父の手を握った。
「ありがとう!」
「いえ! どう、いたしまして……」
瞬間。
レンの顔が青ざめる。
冷や汗が滲み、笑顔が固まる。
「さてと、警備が来るとなると忙しくなりますね……」
神父は再び女神像を見上げて、レンに背を向けた。
一歩、二歩と進める神父の足を止めたのは叩くように肩に置かれたレンの右手。
「神父様、待ってください」
「……どうされたのか、な……!!!!」
肩に置いた右手で、神父の右肩を引き寄せる。
そして、突きの如く放ったレンの左貫手が神父の腹を貫通した。
「は……?」
「お、おい、レン……!?」
「何を……!?」
レンの唐突な行動に驚き慄く一同であったが、本人はそれを尻目に神父に問いかける。
「何で……!」
神父は貫通した腹を見て、驚愕している。
しかし、そこには人間らしい痛みを感じている様子がない。
ただただ、驚愕しているのだ。
「何で……なんでここに記憶の鍵があるんだ!!!」
神父の腹から飛び出したレンの左手には、確かに”記憶の鍵”が握られていた。
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