第23話 柊亭店主 フィラメ
話はレンとスミスが柊亭の入り口を開けた時に遡る。
二人は店に入り、店内を見渡しやすい端のテーブルに座った。
時間は昼を過ぎた頃だが、客はそれなりに入っている。
遅めの昼食を摂りに来た職人らしき青年、日が高いうちから酒盛りをしている冒険者らしき一団など様々である。
まず二人は、何か注文しようと店員を呼んだ。
そうして注文を取りに来たのがスミスの父、アランであった。
まさかの再会にスミスは絶句してアランを見たが、彼には認識阻害魔法がかかっている。
そう、今のスミスは一目で息子と分かる風貌ではないのだ。
スミスが戸惑っている間にアランは注文をキッチンへ伝えに行ってしまった。
その時レンの方も何故スミスがあわあわしているのか理解できなかったが、アランが行った後に彼が父親だと教えてもらい、仰天した。
「早速出会えるなんて……。ここを紹介してくれたトッドはこの事を知ってたのかな?」
「まさか、お袋の名前は出したが、親父の名前は言ってなかったはずだぜ……」
レンは何とかスミスとアランが話せるタイミングがないかと、店内を気怠そうにうろつく彼を凝視してしまった。
アランはそんなレンの視線に気が付き、レンと目が合う。
「やっば!」
「お、おい、こっち来るぞ!」
こちらに向かうアランを見て、二人はますます慌てふためく。
やがて、アランが二人の居るテーブルにやってきたかと思うと、彼は椅子を引いてどっかりと座ってきたのだ。
隣り合ったレンとスミスに向かい合うように。
「いやーー! お客さん、もしかしてどっかで会いました? まあ、会ってなくてもいいんですがね?
もう疲れちゃって疲れちゃって! オーナーが見てない隙にここで休ませてもらいますわ!」
朗々とした彼の語り口には、彼の明るい性格がはっきりと見えている。
「この席って私専用のサボり場なんですわ〜〜! ほら、キッチンからは死角になってるでしょ?
だから堂々とサボてっても全っ然バレないんですよ〜〜! ここを見つけた時は自分の才能が恐ろしくなりましたよ〜〜!」
訂正。
朗々とした彼の語り口には、微塵も後ろめたさを感じられなかった。
そんな事を言いながら寛ぐ父親を見て、先ほどまでの慌てぶりはどこへやら。
スミスはため息をつきながらも、笑いが込み上げる。
「フフッ、あっはっはっは……!! 全く……心配して損したぜ……」
「はぁ〜〜。そうだねスミス、これなら話してもいいんじゃない?」
その名前を口にすると、アランは目を上げた。
「お、偶然ですな。私の息子もスミス、って名前ですぜ、お客さん!」
「その息子だよ……バカ親父」
見た目だけは、見ず知らずの相手にそんな事を言われれば、冗談だと思われても仕方ない。
アランは間に受けずに腹を抱えて笑った。
「バハハハハ! 面白い事言いますねぇ!」
「妻の名前はヴェルサ、料理上手でとても優しい性格。娘の名前はクレア、おてんばだけど家族全員から愛されてる」
真剣な目で、スミスはそう言った。
アランは思わず息を忘れ、スミスの瞳をじっと見つめた。
「お、お客さん……冗談キツイぜ……何で私の家族の事を……」
「だから、本当にスミスだって言ってんだろ!」
真っ直ぐにアランの瞳を見つめ返すスミスには、信じて欲しいという思いが溢れていた。
アランはその思いを感じ取ったが、疑念もぬぐい切れていない。
そして、彼はスミスを試すように表情を硬くした。
「じゃあ、スミス……クレアの好きな色は?」
「水色」
即答するスミス。
アランは動揺を抑えながらも続けた。
「……クレアの嫌いな食べ物は?」
「薫製全般」
「クレアのお気に入りの下着の柄は?」
「青と白の花柄」
尽くを即答するスミス。
二人とも実に真剣な表情である。
(この親子気持ちわるっ!)
以前からスミスの妹愛は聞いていたが、ここまでとは……。
ましてや、父親までもが……。
二人のやりとりを見ていたレンは、すっかり引いてしまった。
「スミス……最後に聞かせてくれ……。前にも聞いた事があったが、もしクレアが彼氏を連れてきたらどうする?」
「フッ……親父、愚問だぜそれは……。八つ裂きにして森の養分になってもらう。そう言っただろ……?」
それを聞き、アランは感涙し、震えた。
目から溢れた滴が机に落ちる。
向かい合うスミスもまた、目に涙を溜めている。
「息子よ……!」
「親父!!!」
二人は立ち上がり、抱きとめあった。
まさに感動の再会である。
「レン!! ありがとな!」
父と再会を果たし、満足そうなスミスが座っているレンに向かってそう言った。
「あ、うん。よかったね……」
複雑な心境だったせいか、レンは棒読みで返したのだった。
◇
再会を果たしたスミスとレンは、アランの運んできた料理を摘んでいた。
そして、アランは再び席に座ると、自分がここで働くまでの経緯を話す。
「奴隷市場で私を買ったのが、ここの店主でなぁ。物凄くいい人で、私達が夫婦と知ると、予算外の支払いでヴェルサまで買い取ってくれたんだよ」
「じゃあ、母ちゃんもここに?」
「ああ。今頃キッチンで忙しく働いているよ」
アランはそう言って、大皿に乗った肉を一切れ頬張った。
現在サボり中の彼には、本当に後ろめたさという感情は無いらしい。
「そっか〜〜! 安心したぜ!」
「そうでもない。肝心なクレアとは離れ離れのままだ。居所も全く分からん……」
「……そうか」
母の無事を喜んだスミスだったが、今度は複雑な表情で視線を落とした。
「私も母さんも心配している……。だからな、この店で働いて賃金を貯めているんだ。
そいつでいつか自分を買って、自由になったら子供達を探しに出ようと思っていた」
「そうだったんですね……。でも、よかった! スミスはこうして自由になってますよ!」
少々暗い雰囲気を変えようと、レンは明るくそう言った。
「確かにそうですね! レンさん、貴方には感謝しなきゃ!」
手を差し出し、アランとレンは握手をする。
握られた手の強い感触に、レンはアランの深い感謝を感じた。
「いえ! そんな!」
「だがなぁ、スミス。親からもらった顔をそんなに変えて……。正直父さん、そっちの方がモテると思うぞ」
「ウルセェな! 顔は変わってないって言ってんだろ! 変わったように見えてるだけだって!」
何度説明しても、アランは認識阻害魔法を理解してはくれなかった。
かと言って、レンもスミスも事細かく説明できるほど、魔法の知識がないので諦めている。
「まさか手配犯になるとはな! お前の顔が新聞に載った時なんか、父さんも母さんも笑ったよ!」
「笑うなよ! 息子が大変だって時に!」
アランは笑みを溢しながらも、満足そうに言う。
「どんな状況であれ、今まで全く行方が分からなかったんだ。お前の顔を見れただけでも安心したさ」
「そ、そうかよ……そりゃどうも」
気恥ずかしくなったのか、スミスは頬杖をつき、そっぽを向くような体制になる。
「クレアの事は心配すんな。俺が探すよ。だから、二人とも早く自由になってゆっくり暮らしてくれ」
「スミス……あっ……」
アランは何か言いかけたが、目線がスミスの頭上に上がる。
不思議に思い、レンもその方向に目を向ける。
そこにいたのは巨漢の男。
アランと同じエプロンをパンパンの状態でつけている。
「ア〜〜ラ〜〜ン〜〜。ま〜〜たサボってるのかな〜〜?」
「あ、い、いいえぇ? 違いますよぉ!? お客様にこの街の事を聞かれたもんで、お話しててんですよぉ!」
「ほう。なら、その取皿は何だ? 仕事中にお客の料理を摘んでいたと?」
「あ! えっとぉ〜〜…………ヘへッ! すいやせん!」
もはや言い訳する事すら投げ、アランは笑って誤魔化した。
「アラン!!!!!」
男の怒声が店中に響く。
しかし、店内の客達は慣れた様子で落ち着いている。
アランが怒鳴られるのはそれほど日常茶飯事なのだろうか?
「ヒ、ヒィィ!! フィラメ様、勘弁して下さい! 息子の前なんですぅ!!」
フィラメと呼ばれた男は、スミスとレンの顔を交互に見やったが、納得するはずがない。
「嘘つけ! 全然似てねぇじゃねぇか!!」
フィラメはそう言ってアランの胸ぐらを掴んで持ち上げる。
情けないアランの姿を流石に見かねて、スミスがフィラメに声をかけた。
「待ってください。本当なんです。よく似てないって言われるよなぁ? 親父?」
「うんうんうん!!! ホントそうなんですよ! 全く困った息子ですヨォ!!」
助けられる立場のくせにめちゃくちゃな事を言い出すアランだったが、フィラメの方は手を離し、アランは床に転がった。
「おいおい、そりゃ本当か!? 本当にあの生き別れの息子か!?」
「本当です……久々の再会だったんで、話し込んじゃって……」
「バカヤロウ!!! 先にそれを言えってんだ!!!」
彼はアランを横に立たせて、騒ぎを見守る常連達にこう言った。
「お前らぁ!! アランの息子が見つかったてよぉ!!! 再会祝いだ!! 全員一杯サービスするぜ!!」
「「「おおおおお!!!」」」
店内は歓喜の声で溢れかえった。
客たちは口々にアランへの祝福の言葉を投げかける。
「おら、アラン! さっさとオーダー取ってこい! 取り終わったらここで休憩しとけ!」
「へ、へい! ありがとうございます!」
(す、すごくいい人だ……!)
この大男がスミスの父母を買った柊亭の店主、フィラメであった。
読んでいただきありがとうございます。
よければブクマ、ご評価、ご感想お願い致します。
いただければ創作活動のパワーとなります!
よろしくお願い申し上げます。




