第22話 柊亭 配膳係 アラン
冒険者風の悪漢二人を前に、レンは構えを取って拳を握る。
相対する悪漢もレンを睨んでいる。
狭い路地だ。
並んで戦うには不都合が多い。
自然と悪漢二人は前後に別れ、後衛は魔力を前衛も攻撃の意を充実させる。
まず、目の前の悪漢が腰の短剣に手をかけた。
彼はその切っ先をレンの顔に向けて挑発しようとする。
「テメェ! 素手で勝てるとおもっ……!」
だがその短剣は一瞬のうちに地面に転がった。
短剣を持つ手首を目にも止まらぬ速さで打たれたためだ。
「痛ッッ!」
目の前の男は唐突な痛みに手首を抑えて視線を落とす。
レンはその隙を逃さない。
レンは、その無防備なこめかみに左の裏拳を放った。
男の脳に衝撃が走り、意識が溶けるように地面に倒れ伏す。
「な……! おい……嘘だろ……!」
そのあまりの早技に彼の背後にいたもう一人の悪漢は、狼狽する。
「次はアンタだ!」
レンは狼狽る男に言い放った。
拳を握り男に向ける。
レンの姿に、男は怯えながらも何かに気が付く。
「お前まさか……昨日ギルドで暴れ回ったフード男か!?」
「え、うん。そうだけど、暴れ回ったのはどちらかと言うとガッドっていう人とギルドマスターだけどね」
レンは昨日の決闘騒ぎがどんな伝わり方を心配になった。
少なくともギルドの床や窓を破壊したのはギルドマスターのエミーのはずである。
「くそ! なんでこんなところに居るんだよぉーー!」
男は短剣を抜き放ち、破れかぶれにレンへ投げつけた。
背後に居るスミスや店主に当たるかもしれない。
そのためレンは咄嗟に肘を中心に腕を回し振り、ナイフを払い落とした。
人明流、回し受け。
空手道にもある技だが、人明流では肘の稼働を軸として捉えているためか空手のものとは少し変わった動きになる。
一方の男は魔力を流し、魔法を発動させる。
両腕を構え、手に炎の球体を出現させる。
「喰らえーーー!!!」
それに構わず、レンは”初代口伝・竜歩”を使って距離をつめた。
火球の熱が感じられる寸前で急停止、手から放たれる前に男の股間へ痛烈な蹴りを放ったのだ。
男の胃の腑がひっくり返って、のたうち回る。
あまりの苦痛に、男の魔法は解け、そのまま股間を抑えて倒れ込んだ。
「さて、トッドさん。ロープかなんかある?」
スミスに脇を抱えられながら起き上がった店主に、レンは振り向きながら問いかけた。
◇
「見ての通り俺は奴隷商だが、人間の取引は代理業でね。本業はご覧の通り獣専門さ」
薄暗い天幕の中で、奴隷商トッドは羊皮紙の束をかき分けていた。
その後ろ姿を見ているのはレンとスミス。
二人は、先ほどやってきた悪漢達をロープで縛り付けたまま大通りへ叩き出していた。
トッド曰く、悪漢二人は元々この西市場で悪名高いゴロツキで、最近冒険者になったらしい。
そして、この西街市場の防衛を任されたのだが、防衛費用と称してカツアゲ紛いの悪さをするようになったとか。
悪漢二人には、この事をエミーへは報告すると伝え、二度とここに来ないように厳しく釘を刺しておいた。
その後、トッドの天幕へ戻り、改めてスミスの両親について調べてほしいとお願いすると、トッドは快く引き受けてくれた。
「客じゃねぇけど恩人なら仕方ない」と、つい先程の態度とは一変してキビキビと調べてくれている。
やがてトッドは一枚に羊皮紙を取り出した。
「あったよ、色黒のお兄さん。ここに書いてある名前に見覚えはあるかい?」
その羊皮紙を覗き込むスミス。
トッドの差し出した羊皮紙には数十名の名前が記述されているようだった。
スミスはその中の一人を指差した。
「これだ! ヴェルサ! 母ちゃんの名前だ!」
「ほほう、そうかい。なら、そのヴェルサさんは確かにこの街で取引されてるぜぃ」
「本当か!? どこにいるか分かるか!?」
スミスは食い入るように言ったが、トッドは肩を竦めて答えた。
「残念ながらそこまでは。言ったろ、オイラは代理業だって。捕獲した獣と一緒にこの街に運搬するまでが仕事なのさ。
そっから先は奴隷市場に流されるんだが、あそこの売買契約は完全に一期一会だからなぁ……」
明らかに誤魔化そうとするトッドの襟首を掴んで、スミスは叫ぶように頼み込む。
「どういう仕組みなんだよ、それ! せめて、誰に聞いたら分かるのか教えてくれ!」
「勘弁してくれよ! 大事な取引先に変な奴をけしかけたと思われちゃ、この都市で商売できなくなる!」
それでもスミスは諦めずにしつこく食らい付いている。
レンは、そんなスミスの肩をぽん、と叩いて落ち着くように促した。
「スミス、気持ちは痛いくらい分かるけど落ち着いて。冷静になればいい方法が思い浮かぶかも」
「レン……分かったよ……」
スミスは掴んでいたトッドの襟を離し、しばらく考え込んだ。
そして、「あ」と言って、再びトッドへ目を向ける。
「トッド。なら別の頼みを聞いてくれ」
「あ? ああ、俺が聞ける範囲なら良いけどよぉ……」
「色々あって腹が減ったし、何処かに食べに行こうと思うんだが、いい店を知らないか?」
レンは、スミスの意図が全く読めずにいたが、トッドの方は何かを察したようだ。
「お、そうかい。そういう事なら、この先の路地にある柊亭に行ったらいい。あそこは隠れた名店さ。
だが、気を付けろい。よく眼帯の奴隷商が飲みに来るらしいぜぃ。捕まったら売られちまうからな!!」
それを聞き、レンはようやくスミスの意図に気がついた。
確かにこれなら、直接名前や居場所を聞いたわけでは無い。
「そうか! 分かったよ。気をつける!」
そう言って、スミスはニコリと笑みを投げる。
「なあに。俺は行きつけの店を紹介しただけさ! あ! あと、あそこの配膳係にはマジで気を付けろよ!
とんでもなく不器用な奴でな、俺は何度も水をかけられてる」
「はっはっは! 随分おっちょこちょいな奴だな! 逆に顔を見たくなったぜ! ありがとな!」
そうして、レンとスミスは天幕を後にした。
◇
柊亭は灰まみれのこの街ではよくある大型の酒場である。
中には広めのテーブルと長いカウンターが幾つも設置され、ほとんどはススでやや黒みがかっている。
なので、食前にテーブルを拭くという作業は必須であり、客が席について始めにやることがそれである。
レンとスミスは、この店にそんな風習がある事など全く知らない。
そのため、ススだらけのテーブルを見て眉を潜めた。
それでも何とか常連らしき男の行動を真似て、入り口にあった台布巾を手にしたのだった。
二人は席につき、眼帯の男を待った。
その間、スミスは自分の両親について改めて話していた。
スミスの両親は彼の故郷では有名な仲の良い夫婦だった。
母のヴェルサは料理上手で親切な人物で、村ではいつも頼られていた。
父はというと、常に笑顔を絶やさない明るい性格だった。なので、彼の周りはいつも和やかな雰囲気になる。
そんな両親の元でスミスと妹のクレアはすくすくと育った。
「それで? お父さんはどんな人なの?」
彼の父、アランはどんな時でも笑顔を絶やさない男だった。
しかし、言い換えれば笑って誤魔化すのが上手いのだ。
祭りの準備に寝坊した時など、ニヤニヤ顔で媚び諂う姿を先に到着していたスミスは見ていた。
その時、少年スミスは、彼を心底見下したのだった。
「いやいや! そうじゃなくて! もっといいエピソードがあるだろ!」
では、こんなのはどうだ?
村の男達で狩をすることがある。
だがそんな時、アランは決まって姿を眩ませる。
彼がどこで何をしているかというと、お気に入りの草原で惰眠を貪っているのである。
一緒に狩に参加していたスミスはいつも呆れて父親のフォローに回るのだが、狩が終わった頃に現れては『獲れた〜〜?』などと呑気な事を言う。
その度にスミスは父親のスネに蹴りを入れるのだった。
「のだった……。じゃ、ねぇよ! それじゃまるでダメ人間じゃないか!」
「ウルセェな……実際ダメ人間だろ」
そう呟くスミスの前には初老の男性が座っている。
さっからスミスの話に割り込んでいたのはこの男。
浅黒い肌に、白髪まじりの頭髪。
この世界の文字で”柊亭”と書かれたエプロンをした男性。
スミスの父親、アランである。
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