第21話 奴隷商人トッド
「そういう訳だ」
アルドはそう言って、食べ終えた食器を水の張った桶へ入れる。
アルドが話している間にほとんどのシスターや宿泊客は食事を終え、食堂に残っているのはレン一行とノエルだけ。
今日の食器洗い当番はノエルだったため、一行は後で手伝う約束をした上でゆっくりと話し合うことができたのだ。
今はみんなで大量の食器を洗い、布巾で拭いて棚に戻すという作業をしていた。
「アルド、そういえばドーラさんが最後に言ってなかったか?」
「ああ、そうだったな。うっかりしていた」
アルドは布巾で洗われた皿を拭きながらスミスに手渡した。
「帰り際に言われたんだが、ゲートを開くために信仰の力が必要というなら神父に話を聞いてみてはどうかとね」
「確かにそうね。エルフの里でも信仰の対象だった要石が狙われたわ」
手を泡だらけにしながらサリーが言った。
何故か頬にも泡がついている。
「ノエル、神父様は? 今日は姿を見てないけど……」
そう。
真っ先に冒険者ギルドでの出来事を報告しようと思っていたのだが、彼は食堂には顔を見せなかったのだ。
「えっと……確か今日は会食に行っていたかと思います。いつも教会がお世話になっている織物商会のご招待で。
多分、明日には戻られるかと思います」
「そっか。じゃあ、明日に報告のついでに聞いてみようかね」
レンは皿の泡を水で洗い流し、アルドへ渡した。
「ところでみんな、明日の予定は?」
皿を渡されたアルドは手を動かしながら聞いた。
先に答えたのはレンだった。
「僕はスミスの家族探し。スミスと一緒にトッドっていう奴隷商に会ってくるよ」
「おお! レンが来てくれるなら心強いぜ!」
「……そんなこと言ってられるのも今の内よ……」
レンのトラブルメーカーっぷりを以前から知っているサリーは不吉な言葉を送った。
「そうか。私は大図書館で調べ物をしようと思う。古い神話にヒントがあるかもしれないからな」
それがレンの記憶の鍵に関するヒントではないことは、ノエル以外にはすぐに分かった。
修道女であるノエルが居る前で、アルドの旅の目的である神を打破する方法探しなど口に出来ない。
「分かったわ。なら、私もアルドについて行くわ。一人でやるよりも効率的に探せるでしょう?」
「そうか! 魔法の専門家がついて来てくれるなら頼もしいよ!」
そして、ノエルが最後の皿をレンに手渡した。
「皆さん、明日はお忙しそうですね。私もお手伝いしたかったのですが、教会のお仕事が立て込んでまして……」
「いいんだよノエル。ありがとう」
水洗いした皿を片手に、レンは柔らかな笑みをノエルへ向ける。
「……い、いえ! あの、神父様が戻られたら皆さんがお話ししたがっているとお伝えしておきますので……!」
そう言って、ノエルは顔を背けた。
隣にいたサリーから見た彼女の顔はすっかり赤くなっている。
何かを察し、サリーは冷ややかな視線をレンに送った。
(やっぱりコイツ、女の敵ね……)
◇
翌日、レンとスミスは教会を発った。
故郷を野盗に襲われ、離れ離れになったスミスの家族の手がかりを探すために。
冒険者ギルドのギルドマスターであるエミーは言った。
西の市場に店を構える奴隷商人トッドが知っているかもしれないと。
その情報を頼りに、二人は商業都市の西側に位置する街に足を運んだのだ。
そこには、教会のあった中央街とは大きく趣の異なる街並みが広がっていた。
長く伸びた鉄の煙突が針山のようにそびえている。
そこら中に煙が撒き散らされ、街中に薄いモヤがかかっている。
路上は細かい灰で黒ずんでおり、市場に並ぶ商品にも少しかかっている。
そんな薄汚れた街並みに反して、行き交う人々は多く、そして意外にも明るい表情だった。
露店で談笑する声や、何かの賭け事で盛り上がりを見せる集団など、とにかく楽しそうにしている。
「なんか怖いんだが……」
「同感」
だが、汚い街と無駄に明るい人々というコントラストは、二人に疑心を抱かせるには十分であった。
兎にも角にも、二人は奴隷商人トッドの店を探して歩き回った。
雑踏の多い大通りで聞き込み、怪しげな薬品を取り扱う店でトッドの店の場所を教えてもらった。
そこら中に人が寝ているような裏通りを通りトッドの店へと歩みを進める。
警戒心を発揮させながら歩いているためか、二人は段々と疲れていった。
やがて、目的の場所に到着した。
黒い天幕に仕切られた怪しげなその店は、この街の景観に怖いくらいマッチしている。
「ここだね……」
「おう、開けるぞ」
薄い仕切り布をめくり、二人は中へ入った。
入った瞬間、獰猛な獣の唸り声に出迎えられる。
グルルル……!!!
何十という肉食獣の発する音と、獣臭さが店内にたちこめている。
そして、真っ黒な檻が雑多に置かれており、その中には来店者を威嚇するいくつもの目が光っていた。
「やっぱ帰らない……?」
「スミス……気持ちは分かるけど……!」
怯む二人は檻で囲まれた通路を進み、やがて受付らしき長テーブルに大の字になって眠っている男を見つけた。
スミスが恐る恐るその男に話しかける。
「あ、あのう……」
「んあ? なんだよ客かい?」
「いや、そうじゃないんですが……」
レンがそう応えると、男は途端に不機嫌そうになり「じゃあ帰れ」と言って再び目を閉じる。
そんな反応に、スミスは少々苛立ちながら言った。
「あの! 俺の家族を探してるんです! この店で取引されてませんか!」
「知るか。客じゃないなら帰れ」
全く話が通じない。
さらに苛立ったスミスが今にも店主の胸ぐらを掴もうとした時だった。
入り口から、ドゴン!! という大きな破裂音が聞こえた。
その音に驚きレンとスミスは背後を向いた。
そして店主はバサッと起き上がり、入り口に目を向ける。
「またか! ちくしょう!」
そう言って、店主の男は大慌てで入り口へ走って行った。
レンとスミスは一瞬、躊躇ったが店主の後に続いて外へ出る。
「おうトッド! また来たぜぇ〜〜!」
「そろそろ支払いの準備は出来たかな〜〜?」
そこには二人の男が居た。
どちらも明らかに一般人ではない。
重厚ながら身軽そうな革と鉄の防具、腰には短剣が挿されている。
男の前にある天幕に焼け焦げた穴が開いている。
間違いなく、犯人はこの二人だろう。
彼らの風体はどう見ても冒険者だったが、その口調からはガラの悪さが滲み出ている。
「またお前らか! いい加減にしてくれ、迷惑だ!」
「おいおい、誰がこの地区を守ってやってると思ってる?」
「そんな事誰が頼んだ! エミーの目が届かないのをいい事に好き勝手やってるだけだろう!」
店内でのぶっきらぼうな口調とは反対に、トッドと呼ばれた店主は激しく怒っている。
だが、そんな怒りは虚しく、悪漢二人には意に介さない。
無防備な店主の腹に、蹴りが叩き込まれる。
「ぐはっ!!」
蹴り込まれ、背後に転がる店主。
追撃を加えようと、悪漢が一歩前に出た瞬間、レンがその間に立ち塞がった。
「ああん? なんだテメェ??」
「……スミス、店主さんは?」
レンは悪漢から目は離さず、言葉は無視してスミス尋ねる。
店主に駆け寄ったスミスは、彼の背中をさすっている。
腹を蹴られて苦しんでいる様子だが、大丈夫らしい。
「大丈夫! 意識はあるぜ!」
「そう。店主……いや、トッドさん! こいつらを追っ払ってあげるから僕らに協力してくれる?」
地面に転がり、冷や汗をかいているトッドは一瞬考える間を開けた後、ハッキリと答えた。
「そんな事……できるんなら、なんでもしてやる……!」
「よく言った! 商談成立だ、レン!」
スミスはレンの背中に声をかけた
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