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第18話 大商人邸宅にて

教会の大食堂ではパンの香ばしい香りが漂っている。

30人以上は座れそうな大きな長椅子とテーブルには様々な料理が乗せられている。

肉料理は無いものの、スープやサラダ、根菜の煮込みなどが大皿で、焼き立てのパンは大きなバスケットにこんもりと入っている。


修道女と宿泊している巡礼者たちは、それぞれ取皿によそって料理を楽しみながら、雑談に花咲かせていた。


レンとサリー、ノエルは並んで座り、その向かいにはアルドとスミスが居た。

彼らも料理を口に運びながら、その日の出来事を話し合っていた。


「そうか、ノエル嬢。おめでとう!」

「よかったなーー!」


アルドとスミスは冒険者ギルドでのノエルの成果を聞くと、我がことのように喜んだ。

ノエルは若干照れながらも、お礼を言う。


「あ、ありがとうございます……! でもまだこれからですから」

「そうね。実はそのパーティとの面談が残ってるのよ」


サリーがスープのおかわりを自分の皿にたっぷりよそいながら言った。


「そうかい。それは待ち遠しいだろう。ところでサリー、バスケットを渡してくれないか? 私もパンのお代わりを……」

「ギルドマスターのエミーには情報を集めてもらっているわ。

2、3日は待って欲しいって言ってたけど、その間も私たちで情報集取は必要だと想うのだけれどどうかしら?」


アルドの言葉をガン無視してサリーは言った。

パンが入ったバスケットはサリーとノエルの間の席に置かれ、対面している二人とレンには手が届かない。


「意地汚いぞ、サリー!」

「弱肉強食……あむ……」


スミスは手を伸ばして取ろうとするが、サリーに頭を抑えられて届かない。

これ見よがしにパンを口に運んでいる。


「もう! サリー様、独り占めはいけませんよ! お代わりなら厨房にまだありますから、皆様にも分けてあげて下さい!」

「あっそう。ノエルが言うなら仕方ないわね」


彼女はそう言って長テーブルにバスケットを置いた。

アルド、スミス、レンは我先にとバスケットに手を伸ばす。


「この強欲学士!」


スミスの苦言を物ともせず、サリーは料理を口に運び続けている。


「れ? あんはらはほうらっはのよ?」

「サリー、口に物入れたまま喋らないの!」


レンに叱られつつ、サリーは口の中の物を飲み込み言い直した。


「あんたらはどうだったのよ? 何か新しい情報はあったのかしら?」


言い終えると、すぐにパンを頬張った。


「ああ。それについては丁度話そうと思っていたところだ」





大商人ギルベルは国内でも指折りの富豪である。


彼は農業都市の貧乏な家庭の長男として生を受けた。

稼業の桑畑で毎日労働に励みながら、病弱な母と、幼い弟、妹の世話をしながら少年時代を過ごした。


やがて彼が青年になる頃、転機が訪れる。


懇意にしていた行商人が引退するというので、使っていた荷馬車と馬をもらい受けたのである。

下の兄弟達は既に大きくなって畑の手伝いも出来るようになっていたため、青年ギルベルは行商人となる事を決意した。


最初は貧乏な家計の助けになればという、ささやかな想いから始めた仕事ではあったが、彼には商人としての才覚が確かに備わっていた。

あれよあれよと、彼は商人として成功を収めていき、気がつけば数多の商人が所属する連合商会の長になっていた。


少年時代からの夢であった豊かな生活を家族に与えることが出来た彼は、さらなる野望の炎を燃やした。


『この豊かさを、もっと多くの人に!』


若きギルベルは新たな大志を抱き、国の中心に位置する城下町メルクに、大規模な商業連合を置く計画を立てた。

だが当時、その計画は誰が見ても無謀なものであった。


案の定、その土地を治めていた王家と教会はこれに反発する姿勢を見せる。


当時のメルクでは彼らは権益や私財を蓄えていたのだ。

その事を知っている他商会の人間は、ギルベルの計画は失敗するだろうと、嘲笑った。


しかし、そうはならなかった。


ギルベルは、当時のメルクを治めていた王族の元に幾度となく出向き、商談させて欲しいと懇願した。

門から叩き出されようと、剣を突き付けられようと、次の日には盾を持って王族への面会を求めた。


そのあまりの熱意にとうとう王族の方が折れた。


王族に面会したギルベルは、メルクの街を発展させ、国の要所として活用するアイデアを説いた。

大規模な商業施設の設置、多種多様な市場、効率的な物流システム。


『国の中心に当たるメルクを一大商業都市にすれば、国中に物と人の流れができる。

そして、その流れは全ての民を幸せにする力がある!』


その言葉をゆっくり噛み砕きながら聞いていたのは若きアルフ王である。

当時はメルク城の主として土地の管理をしていた彼は、ギルベルの言葉に惚れ込み、商業連合の設立を後押ししたのだった。


そうして出来上がったのが”メルク商業連合”である。

後に、王国と商業連合が正式に手を取り合う事で、商業都市メルクがこの地に誕生する。




商業都市メルク誕生の立役者であり、今でも一線で活躍する大商人、ギルベル・クリーター

これから会いに行くのがそんな大人物であると聞かされたスミスは緊張感が限界に近かった。


「ほほほ、本当に大丈夫だろうなぁ!?」

「ははは、慌てるなよスミス。商談の舵は私が握る。君は相手の粗探しに徹してくれたまえ!」


快活に笑って見せるも、流石のアルドにも緊張の色が窺えた。

大商人ギルベル・クリーター。

アルドにとっては、幼い頃から商いとはなんたるものか、流通、人脈、貨幣など様々な知識を伝授してもらった師であり大恩人である。


それ故に、アルドが真っ先に頼ろうと思い至ったのがギルベルであった。


アルドもスミスも共に手配犯である。

国の誰にエルフの里での悲劇を報告しても、まともに受けあってはくれないだろう。

そう、アルドの師匠、ギルベルを除けば。


彼にエルフの里を襲った悲劇を報告し、その情報を国へ流してもらう。

その見返りとして、”記憶の鍵”とスミスの家族についての情報を集めてもらう。


以上が今日の商談の目的であるが、ギルベルが誰とも知れぬ人間とそう簡単に面会するはずがない。


そのため、二人はサリーの認識阻害魔法をかけてもらっていない。

それだけで兵に突き出される危険性が高まったが、それでもアルドは自身の顔を晒す事を選んだ。


そうでなければ会うことなど出来ないし、信頼もされないからだ。


やがて二人はギルベルの邸宅の大きな門前に立った。

レンガ作りの豪華な装飾の施された門には鉄の柵と常緑樹が色を添えている。


「ど、どうやって入る?」


スミスは不安そうに聞いた。

だがアルドの方は落ち着いた様子である。


「堂々としていればいいさ。さあ、呼び鈴を鳴らすぞ」


そう言って、アルドは門に備え付けられたベルの紐を大きく引く。

すると、リーーン!! と涼やかながらも大きな音が響く。


館からは物音一つせず、あまりの静けさにスミスの鼓動が早まる。


「どど、どうしよう……バレてねぇかな??」

「落ち着けスミス。まだ顔を合わせた訳でもないだろう!」


しばらくすると、門の奥にある館の扉が開かれた。

中からは黒いメイド服の女性がアルド達の方へゆっくりと歩いてくる。


その女性が近づくにつれ、落ち着き払っていたアルド表情が崩れていく。

スミスもまた、目を丸くして驚愕を隠し切れていない。


そして女性は立ち止まると、門の鉄柵越しに驚愕している二人に向かって柔らかな笑みを向けた。


「おひさしぶりですね、アルド様、スミス」

「ド、ドーラ!?」


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