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第17話 聞いてしまった……


夕日が地平線に沈んでいく。

メルクの都市を覆う高い壁が長い影を落とした。


ほんのりと暗くなり始めた空の下、ノエルはベンチに座るレンの姿を後ろからこっそりと見ていた。


レンと別れた後、彼女はサリーにルイスの事を初めて聞かされた。

ルイスという女性がレンにとってどんな存在であったのか、そしてその悲惨な最後を。


ノエルは、彼に同情せずにはいられなかった。


レンが王国に受けた数々の仕打ち、訳も分からず失われた記憶、ましてや最愛の人までも失った彼の悲しみ。

レンの悲しみを想うと、ノエルは胸が締め付けられるような痛みを覚える。


気がつくと、彼女の目から涙がこぼれ落ちていた。


『レン様は強い方なのですね……。そんな事があっても、あの方は前へ進もうとしていらっしゃる……」

『貴方、優しいのね……ありがとう。私もそうだといいと思う……』


サリーはノエルの頬を濡らした涙をハンカチで拭き取りながら言った。

何か含みのある言い方に、ノエルは違和感を覚える。


『ノエル……私は、いえ、レンと旅をしてきた私達は、レンに得体の知れない不安を感じているのよ』

『……不安ですか、それはどういう……?』

『レンは多分、死ぬつもりでこの旅をしてる。本人はそんな事言わないけど、私たちはとっくに気がついてるわ』


ノエルの表情が陰る。

西陽が近くに家から伸びる影を長くしている。


『サリー様……』


ノエル自身、何となくは気が付いていた。

レンの佇まいに、死を目前とした者が纏う覚悟のようなものが窺えることに。

それは、教会にやって来る一部の巡礼者と全く同じものであった。


重い病を患っている者、家族や恋人を失ったもの。

理由は様々であったが、明らかに彼らの佇まいは、他の巡礼者達の中でも異質であった。


メルクまでの道中、レンは時折そんな悲壮な雰囲気を纏うことがあった。

そんな時彼は決まって一人になろうとし、それを察した仲間達も特に事情を聞く事はなかった。


ノエルはそんなレンの行動を気にはなったが、会ったばかりの彼らにそこまで踏み込むのはどうかと、躊躇ってはいたのだ。


『私、やっぱり心配です! レン様の様子を見てきます!』

『あ、ノエル……』


サリーが止める前にノエルはそう言って、レンの消えた小道へと走っていった。

その後ろ姿を、サリーは追う事ができなかった。



そして、ノエルはとんでもない事を聞いてしまっていた。

それは小道から出て、ベンチに座るレンの後ろ姿に声を掛けようとしたその時であった。


「記憶を全て取り戻したら、ルイス……すぐに君の元へ行くからね」


ノエルは動きと思考がが一瞬止まる。


やはり……。

ノエルの感じていた違和感は確信へと変わる。


レンは死ぬつもりで冒険を、旅をしている。

その覚悟の上で、彼はこれまでの旅を続けてきたのだ。

それがどんなに狂気じみたことか、レン自身には分からない。


だが少なくとも、ノエルにとってはすぐにでも止めるだけの理由にはなった。


「レン様!」

「うわ! ってノエル!?」


急に背後から声をかけられ、驚くレン。

だが、ノエルはそんなレンの目をしっかりと見つめている。

レンは少し焦りながらも、ノエルの瞳をしっかりと見ながら言った。


「ノエル……もしかして聞いてた?」

「ええ、聞いてしまいました……」


ノエルがそう応えると、レンは困ったように笑顔を作った。


「そっかーー、聞かれちゃったかぁ……」

「笑い事ではありません!」


ノエルは拳を震わせながら、レンに言った。

彼女には許せなかった。

レンが死ぬために旅を続ける事も、自身の感情を押し殺して笑顔を作る事も。


それは、彼の優しい性格故にそうなってしまっているのだろう。

そんな事は、彼を思いやる仲間達なら容易に分かる。

だからこそ、仲間達には気丈に振舞うレンにかける言葉が見つけられなかった。


だが、ノエルは例外だ。

レンの悲しみも、苦しみも理解した上で、「それは違う」と真っ直ぐな言葉でレンを否定できるのは、ノエルだけ。


「レン様は、間違っています! 貴方が死ぬ事で、サリー様、アルド様、スミス様が喜ぶとお思いですか!?」

「ノエル……」


太陽は地平線に沈み、空は薄紫色の光を放つ。


ノエルの言葉に、レンは変わらず笑顔を作る。

そして、そのままノエルに言った。


「うん、分かってるさ。僕が死んでも誰も喜ばない。でも、ルイスを失った僕にはこれしか道がないんだ」


レンは、さもそれが当たり前であるかのように、そう言ってのけた。


「レン様……違います! それでも貴方は間違っている! 亡くなったルイス様だってそんな事は……!」

「君に……!! 彼女の何が分かる……!!!」


レンは思わず声を荒げた。

ルイスという女性の死を、簡単に口にして欲しくはなかった。


その突然の慟哭にノエルは一瞬怯んだが、それでも続けた。

レンを真っ直ぐに見つめ続ける彼女の瞳は力強さを失ってはいなかった。


「貴方こそ! ルイス様のお気持ちが分かってらっしゃらない! 貴方は、愛する人に早く死んで欲しいなんて思うのですか!」


ノエルの真っ直ぐな言葉が、レンを射抜くように投げられた。


その言葉の根源に宿るのは怒りなどではない。

それはあくまで、レンを案ずる心のみ。


だからこそ彼女は怒っていた。

どこまでも自分を大事にしないレンに対して、真っ当な怒りを向けていた。


そんなノエルと対面していれば、彼女が自分の身を案じてくれている事など、だからこそ怒っているのだと、容易に分かった。

分かった上で、それでも彼は認める事が出来なかった。


「そんな事……ルイスがそんな事思うわけないなんて分かっているよ! それでも……僕は……!」


思わずレンは、ノエルから目を逸らして背中を向けた。


彼女と話していると、覚悟が揺らぎそうで怖かった。恐ろしかった。


ルイスを巻き込んで殺してしまった自分が、未だに生きたがっていると自覚してしまう。

そんな無責任な感情が芽生えてしまう自分が許せなかった。


レンの背中がグッと重くなる。

背中に現れる青白いルイスの冷たい視線が、今のレンにはありがたかった。


「レン様……」


ノエルは向けられたレンの背中に両手で触れる。

その手の温もりは、今の彼の心には感じることが出来ない。


二人はしばらくそうして黙っていた。


ただ時間だけが過ぎていき、太陽が地平線に沈みきった頃、レンの心は平静さを取り戻す。


「……ごめん……大きい声出して……でも、僕は覚悟してるんだ。この旅の果てに僕の死がある事を。だからこそ、僕は前を向ける。

ルイスを亡くした悲しみを背負いながら立ち上がれたんだ。でも、彼女との思い出を忘れたまま死ぬなんて、許されるはずがない」


それは正真正銘、今レンが辛うじてしがみついている、生きる意味そのもの。

なぜ自分がルイスを愛し続けているのか、その理由を探す旅。


「……そのために、貴方は生き続けると……そういう事ですか……」

「うん……それが今の生きる目的だから」


ノエルは、唇を噛み締めると背中から手を離し、レンを見る。


レンもまた振り返り、ノエルの苦しそうな、悔しそうな表情に向き合った。


「分かりました。私は決して認めませんが、その覚悟が今の貴方を動かしている力なんですね」


ノエルの瞳からは涙が溢れていた。


「……ありがとう、ノエル。僕をそうやって否定してくれるのは、君だけだよ」




その後、レンとノエルが小道から出て、元の道に帰ってくるとそこにはサリーが居た。

どうやら、二人を待ってくれていたようだ。


レンの気まずそうな顔と、ノエルの頬に浮かぶ涙の跡を見て、サリーはいつも通りの調子で言った。


「お腹空いたわ。早く帰りましょう」


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