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第16話 レンの懺悔

その後、ノエルの冒険者登録手続きが行われた。

受付嬢から渡された書類にペンを走らせるノエル。


その表情からはこれから飛び込む未知の世界への期待が窺える。


彼女の冒険者生活は始まってもいない。

だからこそ、様々な想像に胸を膨らませるというものだ。


一方、エミーはグランドパブの掲示板と有力な冒険者達に”記憶の鍵”に関する調査を依頼してくれた。

彼女は情報が集まるまでには2日ほど待ってほしいと、レン達に言うと改めて協力を約束してくれた。


大方の目的をこなし、レン達がギルドを出る頃には夕刻になっていた。

茜色の西日が都市中を照らしている。


レン達は空腹を感じながら、教会への長い坂道登っていた。


「これで神父様に良い結果が報告できるわね」


サリーは白いローブを靡かせながら言った。

そんな言葉に対して、ノエルは不安げな表情で応えた。


「本当に許していただけるのでしょうか? また、色々と理屈をこねて却下される気がしてきました……」

「あんたねぇ、もう少し神父様を信じなさい。神職にあるものが嘘を言う訳ないでしょ?」

「は、はい……それもそうですね……」


彼女は不安を拭切れないのか、曖昧な返事をする。

純粋な親心から、ノエルが冒険者になることを反対していた神父が、今日の結果にどういった態度を取るのか。

レンにも、サリーにもそれは分からない。


だが、少なくとも二人はノエルの肩を持つ気ではいた。



背後の日差しが3人の影をどこまでも長く伸ばしていく。

そんな影を目で追いながら、レンは二人と喋りながらも歩いていた。


やがて、レンは見覚えのある小道を見つけた。

その道を最初に通ったのは、ちょうど今と同じような美しい夕焼け空の時だ。


「二人とも、先に行ってて。少し寄りたい所があるんだ」


振り向いたサリーとノエルは不思議そうな表情をレンへ向ける。


「何よ、夕食に遅れちゃうわよ」

「レン様、お付き合いしますよ?」


サリーは早くお腹を満たしたい様子だが、ノエルは心配そうな表情に変わっていた。


「大丈夫、すぐに追いつくよ。少しだけだから……」

「そ、そうですか……わかりました」

「早く来ないとアンタの分も私がいただくからね」

「それはマズい、急いで戻るよ! じゃ!」


そう言って、レンは脇の小道に姿を消した。

その後ろ姿をノエルは見つめていた。


ノエルの背後から、サリーは声をかける。


「心配?」

「わっ! い、いえ……レン様を心配などそんな……」


口ごもり、黙る。

サリーもまた、全てを察したようにノエルの言葉を黙って待った。


「心配です。レン様のあの表情、今にも消えてしまいそうなあの笑顔。私、本当はずっと気がついていました」

「うん。アイツは気付かれてないつもりなんだろうけどね……」


ノエルは、夕陽に照らされたサリーの方へ顔をあげた。


「サリー様! レン様に何があったのですか!? 一体何に苦しんでおられるのでしょう!?」

「そうねぇ……理由は明白なんだけど、どうしても聞きたいの?」

「はい! 今日を含め、今まで散々お世話になりっぱなしなんですから、せめて私に力になれることがあるのなら!」

「……分かったわ。けどね、力になろうなんて考えない方がいいわよ。アイツも必死に闘ってるんだと思うの。自分の心と……」


こくり、と頷くのを確認すると、サリーは語り始めた。

レンの恋人、ルイスという女性について。




「やっぱり、ここに繋がってんだね」


オレンジ色の光に包まれながら、レンは小さなベンチに腰掛けた。

彼の目の前には、夕陽に照らされた美しい街並みが広がっている。


小高い丘の上層に位置するこの小道は、下層の街並みを見渡すことができる。

夕陽に照らされた石造りの建物はオレンジ色の西陽を反射している。


レンは以前、その光景をルイスと二人で眺めたことがある。

ルイスと巡った商業都市メルクでの思い出。


今の記憶を失くしたレンにとっては、ルイスとの数少ない思い出の一つである。


ルイスを思い出しながら、レンはオレンジ色の街並みを眺めた。

もし、彼女が生きてくれていたら、また一緒にこの美しい風景を眺めたのだろうと想いながら。


レンの頬に、一筋の涙がこぼれる。

ルイスを失った悲しみや後悔がレンの心で渦巻き始める。


これまでの道中も度々そんな心情になる事はあった。

そんな時、彼は必ず独りになって涙を流した。


仲間達に余計な心配はして欲しくなかったから。


一頻り泣けば、大抵は心の平穏を取り戻して、笑顔を作るくらいは出来るのようになる。

だが、今回は少々深い。

いくら泣いても、心は渦巻き、波立ち続けた。


ルイスとの思い出の場所がいつも以上に彼の後悔や未練を捕らえて離さない。


「これは、夕食には間に合いそうもないかな……」


レンがそう呟くと、背中がぐっと重くなり、細く青白い手がレンの肩に乗せられた。

エルフの里での闘い以降、”それ”は必ずと言っていいほどレンの心が不安定な時に現れる。


レンは振り向き、”それ”と目を合わせる。


背後に居たのは青白い顔のルイスだった。

彼女は無表情で、ただレンを見つめていた。


「ルイス……ごめん……ごめんよ……」

「……」


青白い表情のルイスは何も言おうとはしなかった。

これまでと同じように。

今まで彼女が喋った言葉はただの一言。


『何で私を殺したの?』


それはレンの深い後悔から来る言葉だ。

そして、彼女の存在自体も、レンの無念や未練を象ったものである。


レン自身、彼女が幻想である事は分かっている。

彼女が自分の心の不安定さからくる幻覚である事も。


だがそれでも、レンは彼女に語りかける。

自身の後悔を、未練を、懺悔を。


「ルイス……まだ記憶の鍵は見つかってないんだ。だけど安心して。必ず見つけ出して、君との思い出を全て取り戻す」

「…………」

「だから、もう少し待っていて欲しい。助けてもらったアルドやスミス、サリーへの恩を返して、記憶を全て取り戻したら、ルイス……すぐに君の元へ行くからね」


肩に乗せられた青白い手が、ふわりと解けていく。

それと同時に、背中に感じていた重さが消えた。


自身の覚悟を口にした事で、心が安定を取り戻す。

幻想のルイスは無表情のまま空中に溶けていった。


レンをじっと見つめたまま。


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