第11話 不本意な決闘
「決闘だ!!!!!」
大男が叫ぶと、奥の冒険者達が歓声を上げる。
建物に入って左を見ると、そこには多くの冒険者たちが酒盛りをしていた。
2階まで吹き抜けになったそのホールにはいくつもの長机が置かれ、大食堂のような作りになっていた。
そして今は、ドタバタとテーブルを動かし、ホールの中央に簡易的なリングが形成されている。
大男はレンを睨みながら顎でを指す。そこには今し方作られたばかりのリング。
気がつけば他の冒険者がレンを逃すまいと取り囲んでいる。
レンは観念して、奥のホールへ足を向けた。
外野の冒険者達はお祭り騒ぎ。
野次を飛ばす者、賭けを始める者、静観を決め込む者と様々である。
しかしながら、レンが真っ先に受けた印象はこうだ。
「もはや野盗と変わらないじゃん……」
彼らの態度は冒険者とはいえ、あまりにも無法すぎる。
レンは昨晩、神父の言っていた事が改めて理解できた。
文句を言いながらもリングへ入ると、すぐさまテーブルで入り口が閉じられてしまう。
そして、冒険者達がレンを見てはやし立てる。
口々にフード野郎だの、チビだの聞こえてくる。
だが、レンにはそんな言葉は耳に入っていない。
彼は今、どうやってこの場を切り抜けるかということばかりを考えていて、それどころではなかった。
それは誰が見ても慄いているようにしか見えなかった。
「ど、どうしよう……?」
「ビビってんのか!? オメェから仕掛けておいて!!」
ゴングが鳴るわけでもなく、決闘は始まった。
怒る大男の右拳がレンに放たれる。
その場でレンを見ていた誰もが終わりを確信し、落胆しようとしていた。
「つまらない決闘だ、興が削がれた」誰もがそう思った。
ガシャン!!!
地面に衝撃が走り、テーブルに置かれていた皿や杯が音を立てる。
冒険者達は驚愕した。
リングの中央に倒れていたのは、大男の方だった。
右拳の殴打が入る瞬間、レンの左拳が最短距離を縫ってガッドの顎に命中したのだ。
見事なカウンターを喰らったガッドは、視界を回しながらよろよろと立ち上がろうとしていた。
当のレンはというと、未だに慌てた様子で弁解の言葉を吐いている。
「「「おおおおおおおおーーーー!!!!!!」」」
思いもよらぬレンの健闘に冒険者達は歓声をあげた。
「行けーー!! フードの兄ちゃん!! アンタに賭けてよかったぜ!!」
「やっちまえーー!! これで今日の酒代が払えるぜ!!!」
「ガッド!! 頼むぜ!? 勝ってくれよ!?」
外野の歓声を聞きながら、ガッドと呼ばれた大男がゆっくりと立ち上がる。
「クソが! オメェやるじゃねぇか!!」
「ええぇ……まだやるの? もういいじゃないですか……」
「こ、殺してやる!!」
これ以上無為に闘いたくないレンが思わず発した言葉は、大男にとっては挑発でしかない。
怒りに燃えるガッドは自身の腕に巻きつけている腕輪に魔力を流す。
すると、体は赤い輝きを帯びた。
「身体強化よ!」
どこからか、サリーの声が聞こえた。
レンは周りを見回したが、その姿は見つけられなかった。
「よそ見してんじゃねぇ!!」
ガッドの右腕が再び放たれる。
間一髪、レンは気付き、避ける。
ドゴン!!!
爆裂したかの様な音がホールに響く。
ガッドの拳が当たった床には大穴が空き、歪なヒビが入っている。
その威力を前に冷や汗をかくレンに、冒険者達はもはや憐みの視線を向けていた。
しかしながら、レンにとっては大した脅威ではない。
いかに威力があろうと、避けてしまえば問題は無い。
レンとしては、闘技場とエルフの里で戦った相手の方が何倍も恐ろしかった。
彼が焦っているのはそこではない。
問題はどうやって外傷を与えずに倒すかということだった。
傷を負わせれば、ガッドの冒険者としての仕事に支障が出てしまう。
それは、冒険者という体を張った職業にとって大変な打撃である。
そう、レンが今一番案じているのは目の前で敵対しているガッド本人であった。
その事に気が付いているのは、この建物の中ではサリーのみである。
彼女はノエルをこっそり連れて2階の吹き抜けから、レンの闘いを見下ろしていた。
「アイツの悪い癖が出てるわ……」
そう呟いたサリーの右手はノエルの手が逃げないように握られている。
ノエルは、もじもじとしながらサリーに言った。
「あの、サリー様。本当に大丈夫なのでしょうか? 元はと言えば私の不注意が原因ですし、ここで見ているだけというのは申し訳なく……」
「自覚があるんならそれでいいのよ。それに、騒ぎになったのはアイツにも責任があるしね」
ノエルの不安を宥めるように、サリーは優しく続けた。
「あの程度の相手なら何とかするでしょう。問題はアイツが踏ん切りを付けるかどうかってだけの話よ」
「……レン様は恐れているのでしょうか? 敵や、相手を傷付けてしまう事を……」
ノエルの的を得た発言に、サリーはやや驚いた。
「あら……なんでそう思ったの?」
「レン様を見ていれば分かることです。あの方は誰よりも人の感情や痛みに敏感な方だと思います……。
教会は、そういった心に傷を抱えやすい方が集まる場所です。私たち神職の仕事はそんな方々の支えとなる事でもありますので……」
「そう……。なら貴方も気が付いてると思うけど、レンは……」
サリーが何かを言おうとした瞬間、冒険者達の歓声が上がった。
ノエルとサリーは再びリングへ目を戻す。
「いい加減にしろよ!? もう我慢ならん!!」
攻撃を避けるばかりのレンに、ガッドの怒りは頂点を迎えていた。
どこから出したのか、ガッドは大剣を両手で持って構える。
背後には、彼の仲間らしき集団が野次を飛ばしている。
傷付けず、この場を修めるには……。
そう思って必死に技の抽斗をひっくり返していたレンだったが、ガッドの武装には流石に驚いた。
「くそ! 武器を持つというのなら手加減はできないよ……!」
そう言ってレンは構えを取る。
しかしその瞬間、ガッドの背後で野次を飛ばす彼の仲間が振り回している物が、レンの目に入った。
「あ、それだ!!」
それを見たレンの頭に閃きが生まれ、思わず笑みがこぼれる。
「それ! 貸してよ!」
そう言って、レンは竜歩を使ってガッドを飛び越えた。
「何!?」
ガッドは唐突な加速に対応できず、身をのけぞらせたが、背後に回ったレンを睨んで剣を握り直す。
一方のレンはというと、ガッドの仲間が振り回していた”それ”を無理やり借り受け、ガッドに向き直った。
「何のつもりだぁ!?」
レンが手にしていたのは、剣でも、盾でも、杖でもない。
それはただの手拭い。
たった一枚の手拭いであった。
「武芸百般! 人明流、縄術外伝……! その名も、布術!!」
レンの掲げた手拭いがふわりと揺れた。
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