第8話 ブリゲート神父
いつの時代も旅人が街に入った際に一番最初にやるべきことは、宿探しである。
レン一行もその例にもれず、宿を探すべきたが、彼らの財布はほぼ空だ。
アルドの高価な衣服は先の街で食料や必要物資と交換し、サリーの財布も既に使い切っている。
大食らいが居ると食料事情にまで気を使わなければならないのだ。
「宿があったとしても、いっぱい食べるわよ。私は」
「節制というものを知らないのかい?」
何故か胸を張るサリーに、アルドはため息をつく。
当然、商業都市メルクの宿屋は基本的に先払い制である。
無一文とは口も聞いてくれないだろう。
そんな時、頭を抱える一行にノエルは声をかける。
それはまさに天の助けであった。
「あの、教会が運営している宿舎がありますので、そちらはいかがでしょうか? 神父様にお願いすればお布施は取られないかと思いますが……」
という訳で、レン達は教会へと荷馬車を走らせたのである。
◇
賑やかな市場を抜け、屋台街を通って広い坂道を登ると、小高い丘頂上にその建物が見えてくる。
それは白磁のようにまっさらな教会だ。
市場に比べて人通りは疎になり、道ゆく人は清潔な修道服に身を包んだ巡礼者やシスターばかりになっている。
教会が見えた途端、不安になったのかノエルは荷台に引っ込んでしまった。
中ではノエルを励ますサリーの声が聞こえている。
「うう……。神父様になんと謝ればいいのでしょう……」
「大丈夫よ〜〜」
やがて荷馬車は大きな鉄柵の門の前にたどり着く。
門を中心として、白い石造りの塀が教会を囲んでいる。
鉄柵から覗く白い建物や、淑やかに歩き回るシスター達の雰囲気に、信心深さの無いレンも思わず神聖さを感じずにはいられなかった。
そこに居るだけで心が落ち着き、癒される。
そんな印象をレンは覚えた。
「……あ、スミスさん、ちょっとお持ちくださいね」
ノエルが荷台を降りて、鉄柵に手をかける。
その時、門の手間にある小屋から、若い修道女が洗濯物の籠を抱えて出てきた。
「あっ……」
「ん? お客様かしら……」
ノエルと目が合う。
修道女は目を丸くしてノエルを見つめ、洗濯籠を地面に落とした。
「ノノノ、ノエル!!!!! 大変だわ!!!!!! 神父様〜〜!!!!」
修道女が大声を上げて教会へと走り去った。
ノエル以外は、その修道女の声量に思わず耳を塞ぎかける。
表の騒ぎを聞きつけて、他のシスター達も窓や扉から顔を出した。
「ノエルだわ!!!! 帰ってきたのね!!!!」
「ああ、よかったわ!!!!生きてて本当によかった!!!」
「ノエル〜〜!!!! 心配したのよ〜〜!!!!!!」
あんなにも静かだった教会は蜂の巣を突いたような大騒ぎに発展していた。
「あ、あわわわ……。どうしましょう……静かに入ろうと思ったのに……」
「なるほど、ノエル嬢が騒がしいのはこういう理由か」
アルドの言葉に納得したように、一行はうなずいた。
一方で、門の前で十数人のシスターに取り囲まれたノエルは喧しく質問攻めになっている。
彼女はあわあわとしながらも、謝りながら泣きべそをかいていた。
やがて、礼拝堂の扉が大きく開かれ、壮年の神父が足早に歩いてくる。
その厳粛な表情とには深いシワが刻まれている。
神父の姿を見たノエルは目を見開き、申し訳なさそうに頭を垂れた。
そして群がるシスター達を押し除けながら、ノエルの前へやって来た神父は厳粛な表情でノエルを見つめている。
レン達は思わず息をのんだ。
だが、彼女にかけられた言葉は厳しそうな神父の風態からは想像も出来ないような優しいものだった。
「本当に無事で何よりだ……ノエル……」
そう言って、神父はノエルの震える肩を優しく抱き寄せた。
言葉数は少なくとも、その行動でノエルは神父の想いを全て理解できたようだ。
彼女は神父の胸に顔を埋めて、涙を流している。
周りの修道女たちも、一様にノエルの無事を喜んだ。
◇
ここ、ブリゲート教会は商業都市メルクでも最も歴史のある教会である。
メルクという都市が、商業都市と呼ばれるよりも遥か昔から、女神アルペウスに祈りを捧げる場所として人々に親しまれてきた。
歴史の深いこの教会には毎年多くの巡礼者が訪れる。
そのため、教会の内部には巡礼者用の宿が設置され、少額のお布施を支払うことで利用できる。
現在レン達はその宿にて休んでいた。
教会に着いて、グラム・ブリゲート神父に大まかな事情を話したのだ。
無論、神父には認識阻害の魔法が効いているようで、一行が手配犯であることはバレてはいない。
魔法にかからないレンも、白いフードを深く被って顔を隠した。
ノエルをここまで連れてきた経緯を知ると、神父は一も二もなく部屋を開けてくれた。
修道女に案内されたその部屋は、質素な作りではあるものの、4人で使うには広すぎるくらいには大きかった。
四つ並んだベッドは清潔に整えられ、窓を開ければ新鮮な外の風がゆるりと通る。
神父なりに気を使ってくれたのだろう、とても良い部屋であった。
そんな彼らが部屋に着くと、一も二もなく睡眠をとった。
旅の道中は危険が多く、ゆっくりと眠ることはできない。
誰が言わずとも、気がつけば4人ともベッドに横になっていた。
狭い荷台に2人ずつが仮眠をとり、あとの2人は焚火を囲んで見張りをする。
そんな生活が続いていたので、4人ともすっかり疲れていたのだ。
◇
数時間後、コンコンというドアをノックする音でレンは目を覚ました。
自分以外はまだ眠りに着いている。
彼らを起こさないよう、レンはフードを深く被って静かに入り口に立った。
「はーい……」
声を落としながら扉に向かって話す。
「おやすみ中失礼します……グラムです……。お話よろしいですか?」
扉の外から聞こえてきたのはグラム神父の落ち着いた声だった。
レンは扉を静かに開けた。
「神父様、こんにちは。とても良い部屋を使わせていただきありがとうございます。
お陰様で皆ぐっすり眠っているので外でもいいですか?」
レンがそう言うと、神父は「いえいえ」と申し訳なさそうに応える。
「……そうでしたか。これは申し訳ない。貴方も眠っていたのでしょう?」
「いえ、ちょうど起きたところです」
「では、もう少しお休みください。今晩、また伺います。是非皆様にもお伝えください」
「分かりました。お気遣いありがとうございます」
神父は優しい笑みを返して「では、おやすみなさい」と言って扉を閉めた。
レンは再びベッドに戻り、目を瞑った。
部屋に心地よく風が通り、すぐに眠れそうな気がした。
しかし、外廊下から足音が聞こえてきた。
ドシドシ、ドシドシ
眠気の中、薄く意識を保っていたレンはその音を聞いて嫌な予感がした。
ドシドシ、ドシドシ
音は、だんだんとこの部屋に近づいてくる。
まるでトラブルを運んでくるかのようなその音は、やがてレン達の部屋の前で止まる。
そして……。
「皆さん!!!!!!!! 聞いてください!!!!!! 私は一人でも行きますから!!!!!!!!」
ノエルの騒がしい大声に、一行の穏やかなひと時は完膚なきまでに破壊された。
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