第7話 商業都市メルク
その晩、ノエルはメルクへ帰る決意を固めたのだった。
皆、それには同意し、彼女はメルクまで同行することになった。
空は清々しいまでに晴れ渡り、雲ひとつない。
街道を行く荷馬車と御者席に座るレンとスミスは、とうとうその大門を捉えた。
「着いたぞ!」
スミスは荷台で休むノエルと仲間たちに声をかける。
すると、3人は幕から顔を覗かせた。
その石造りの大門は見上げるほどに巨大である。
「ああ、なんと懐かしい。ここを出る時には、こんな旅ができる事など思いもしなかったなぁ」
感慨深い表情でアルドが呟く。
そして荷馬車が下り坂に差し掛かると、その巨大な門の足元が見えてくる。
そこに居たのは、大量に連なる荷馬車の列であった。
スミスは手綱を握り直し、馬を減速させる。
「随分混んでるなぁ、おい」
「ふむ。昔はメルク名物とまで言われた”朝の大行列”だ。私が城主に就任してから解消させたはずだが……」
アルドは首を傾げてそう言った。
「あの、アルド様」
「何だね? ノエル嬢」
「実はですね、アルド様が指名手配されてからは新しい城主が就任されまして」
「ああ、それはそうだろう。いつまでもメルクのトップが不在という訳にもいくまいよ」
ノエルは言い辛そうにもじもじとしながら続けた。
「その城主様が、アルド様が作られた制度を尽く廃止にしていまして、以前のような混雑が戻ってきてしまったのです」
「何だって!? 自分で言うのも変だが、良い制度だと思っていたのに残念だな……」
「ええ。私もそう思いますし、住民や行き来する商人たちも困惑しているようです」
レンは荷馬車の行列に目を向けた。
門前では対応し切れていないのか、門衛が並んでいる荷馬車の一つ一つを順番に回って何かを聞いているようだった。
「あれ? これってまずくない? このまま列に並んじゃうと兵士が僕らの顔を見にくるよ!」
「だな……」
アルドから帰ってきたのはそんな一言のみ。
「ええーー!? どうしよう! 一回止まったほうが……」
「私に任せな」
荷台からサリーが顔を出す。
「「サリー!」」
レンとスミスは声を合わせた。
アルドは二人を見て、「また始まったか……」という表情をする。
「おいおい、サリーに何ができるって言うんだ……!」
「ああ……! 普段は暴力的で理不尽でしかないのに……! こんな場面で役立つ魔法なんてある訳ない……!」
「フッ、舐めないでちょうだい……。こんなこともあろうかと、この2日間、変身魔法の術式を組み換えて新しい術式を開発したわ……」
「マジかよ!!」
「すごい!!」
レンとスミス、期待の眼差しを作ってサリーに向ける。
ノエルもまた、目を輝かせながらサリーの話を聞いている。
「ふふん。この魔法をかけられた人間は周囲の目を誤認させて別人として投写されるわ。その名も……」
「おお!」
「認識阻害魔法!!」
堂々と胸を張るサリー。
それを見て、レンとスミス、ノエルは拍手と歓声で応えた。
「サイコー!!」
「魔法学士は伊達じゃないな!!」
「スゴイです、サリー様!!」
片手で、「ありがとう、ありがとう」と返すサリー。
一同の満足げな表情を、アルドは作り笑いで見つめていた。
これは、ここ数日の旅の中で生まれた謎のノリである。
焚火の火起こしから、アレどこやったっけ? 的な些細なものまで多用され、アルドとしては少々うんざりしていた。
なお、発動条件はサリーの一言「私に任せな」である。
ちなみに、そんな事を理解していないノエルはただ純粋にサリーを褒め称えている。
鳴り止まない拍手の中、スミスは調子に乗って口走ってしまう。
「いやーー! 普段は歩く理不尽みたいなもんだけど、サリーって本当に魔法学士だったんだな! よっ! 乳はないけど腕はある!」
「……ん? もしかして、喧嘩売ってる?」 !?
サリーにも一応は超えてはならないラインある。
口の緩みすぎには注意が必要である。
◇
サリーは早速、アルドとスミス、自分に認識阻害魔法を付与した。
ノエルに関しては必要ないと判断したため、使用しなかった。
一番の問題はレンである。
彼にはやはり、サリーの魔法は効かなかったのだ。
仕方なく、レンだけは荷台の樽に押し込めた。
「く、苦しい……」
「シーー! 黙ってなさい……! 見つかりたいの?」
狭苦しい樽の中はレンにとっては苦痛でしかなかった。
そんなレンに深い同情を示すのは、ノエルである。
彼女もまた、狭い樽の中に隠れてこの都市を出ている。
「レン様……。お気持ちは分かります……」
「あんたは快適に寝てたでしょう……」
もっとも、スミスに見つけられた時は樽の中でぐーすか寝ていたのだが……。
そうこうしている内に、検問の兵士がレンたちの荷馬車にやってくる。
兵士は全員の顔を確認し、入場の目的などを聞いてくる。
どうやら認識阻害は上手く機能しているようだ。
アルドは兵士に、適当な商会名と人物名を交えて商業都市での目的をでっち上げて話した。
兵士もそれらの名前には心当たりがあるようで、あっさりと入場を許可した。
「流石は元城主……!」
「おだてなくていいよ。さあ、中に入るぞ」
荷馬車は前へ進み、とうとう大門を潜る。
太陽に照らされた大門の影が長く伸び、門の内部を見づらくしている。
やがて、その影を踏み越えると、そこに広がっているのは人、人、人。
大勢の人間が、そこら中に溢れかえっている。
遥か奥まで続く屋台街、声を張り上げて客を呼び込む露天、行列を作る謎の店。
賑やかすぎるその光景に、御者席で手綱を握る、田舎出身のスミスは絶句せざるおえない。
「何だ!? 今日は祭りかぁ!?」
「いいや、スミス。これがこの都市の日常さ」
「はい! この熱気と賑わいこそが、名物と言っていいでしょう!」
荷台から顔を出し、ノエルは続けた。
「では、住民を代表しまして私が言わせていただきます」
彼女はコホン、と軽く咳払いをした。
「アルド様、おかえりなさい!! そして皆様、商業都市メルクへようこそ!!」
ノエルはそう言って、満面の笑みでレンたちの到着を喜んでくれた。
「は、はやぐ出して……」
一方のレンは樽の中で息も絶え絶えになっていた。
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