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第6話 修道女ノエル②

翌日、日が登ると一行は出発の準備を始めた。

乾かすために広げていた調理器具を片付け、焚火を足で掻き消す。


アルドは馬に餌を与え、丁寧にブラッシングをしてやっている。


ノエルはというと、そんな彼らをボーっと見つめ、たまに頬を引っ張っては、「いひゃい……」と呟いている。

そんな彼女に、片付けを終えたレンが話しかける。


「寝ぼけてる?」

「い、いえ! そんな事は!」


ノエルは慌てて頬から手を離した。

引っ張られていた頬は薄く赤色に染まっている。


「うう……。すみません、何だかまだ夢の中にいるみたいで……」


彼女にしてみれば、憧れの勇者と商業都市のトップであったアルドが目の前にいる。

ましてや、その二人がキャンプの片付けをしている光景など、夢のまた夢であったことだろう。


朝日に照らされながら、俯くノエルの顔に影が落ちる。

その表情に、レンは彼女の不安を読み取り、少々心配になった。


「メルクに戻るのは不安かい?」

「い、いえ……。サリーさんのおっしゃる通りだと、私も思いましたので……。ただ、神父様に会わせる顔がなくて……」




それは昨晩のこと。


レンとアルドの正体を明かし、ノエルは再びパニックになり気絶したが、今回はすぐに意識を取り戻した。

起きてからも、なかなか興奮が冷めなかった彼女を宥めたのは、もちろんサリーである。


ようやくノエルが落ち着いたところで、アルドはこの旅の目的について話した。

”記憶の鍵集め”、”エルフの里での襲撃騒動”、”魔人領からやって来たドラゴン”、”アルドの師匠へ襲撃事件を報告”


なぜアルドがレンを闘技場から逃したのかは「彼の扱いが不当であると感じたから」と誤魔化した。

アルドの目的である”神の打破”については、修道女である彼女には伏せるべきだと思ったからだ。


彼女は話を聞きながら目を丸くして驚いていた。



「だが、そんな話を軍部直轄のメルク城に持っていったところで、指名手配されている私たちを信じてくれるはずがない。

という事で、商業都市メルクに住んでいる大商人、ギルベル師にその情報を国に流してもらおうと、こうして旅してる訳だ」


仲間たちに目配せし「補足はあるかな?」と伝えながら、アルドは簡潔に説明を終えた。


「なるほど……つまりは国の危機を救うためにメルクへ向かわれているのですね!」

「そういう事だ」


そう応えると、ノエルは手を組んで感謝を示す。


「アルド様、皆様。ありがとうございます。私程度の感謝では足りませんが、一人の国民としてお礼申し上げます」


目を瞑って祈るように、彼女は言った。

星空に照らされたその美しい姿勢には、神々しさを感じずにはいられない。


「い、いや。いいんだよ。追われているのも身から出た錆のような物だ。それより、君はどうするのかね?」


流石のアルドも思わず息を呑んだようで、珍しく言葉を言い淀む。

一方でノエルは、アルドの唐突な質問に理解が追いつかないようで、手を組んだまま頭を傾ける。


「はい? どうするとは……?」

「私たちはメルクへ向かう。君はカブレス。お互い目的地が違うのだが、正直その……」


「その装備じゃ、野垂れ死ぬわよ貴女」


アルドに被せるように言い放ったのはサリーであった。


「ええーー! そうなのですか!」

「当たり前じゃない。カブレスまでは馬車でも4日はかかってるわ。徒歩ならその倍以上かかる。

でも貴女、ろくな装備もしてないじゃない。ナイフは? カバンは?」


ノエルも痛いところを突かれたようで、目を泳がせる。


「ええと……。荷馬車に乗っていれば着くかと思っていたので……その……」

「下調べもしてなかったのね」

「ううっっ!」


ギクリ! という音が聞こえる。

少なくとも、ノエルの表情が克明に語っていた。


先ほどまでノエルに甘いくらいに優しかったサリーの態度の変化に、レン含め、男どもは少々驚いていた。


「サリー、言い過ぎだよ」


思わずレンがそう言うが、サリーは睨みを効かせる。


「アンタは黙ってなさい。これはとっても大事な事よ。そうでしょ? スミス?」

「うーーん……。すまん、レン、ノエルちゃん。こればっかりはサリーのいう通りだわ」


都市暮らしのノエルとは違い、スミスは田舎の村出身。

壁と堀で囲まれ、モンスターや野盗の襲撃とは無縁の彼女とは全く生活観が異なる。

外の危険性をより深く理解している彼も、ノエルがとてつもなく無謀な事をしていると思っていたようだ。


「それにまだあるわ」

「ええ?」


サリーはノエルに目を向け直して続ける。


「ノエル、貴女親御さんは?」

「えーと、私は孤児です。教会に拾われて、神父様に育てられました」


サリーはそれを聞いて、「そう」と応える。

この世界では孤児などは珍しくない。

だからとって、サリーにとっては不躾すぎたと感じたのか、一瞬だけ目が逸れる。


「なら、教会を出る時には神父様に一言いったのかしら?」

「い、いえ! 絶対に止められると思ったので手紙だけ置いて出てきました! なので、心配はいりません!」


サリーはそれを言われて頭を抱える。


「ノエル……。本当にそう思う?」

「へ?」

「神父様が本当に心配していないと思うかしら? 神父様の立場になって、よく考えてみて」


サリーは諭すように言う。

それを受けて、ノエルの表情は固まる。


「よく思い出して。貴女を育ててくれた神父様はどんな方なのか」

「そんな、急に……言われても……」



ノエルはそう言いつつも、ポツリ、ポツリと言葉を紡ぎ始めた。


「神父様は、私の父親といってもいいお方です。厳しくて……時には優しく褒めてくれて……。

誰に対しても慈悲を持って接する方。頑固で、曲がったことが嫌いで、いつも……」


サリーは、言い淀む彼女の言葉を優しい眼差しで待った。


そんなサリーを見て、ノエルは、言葉を絞り出す。


「いつも……私のことを……想いやってくれていました……」


いつしかその声には嗚咽が混じる。

彼女を育てた神父が今頃何を想っているのか。

その事に気がつき始めたようだ。


皆も、サリーの言いたいことには共感していた。


確かにノエルには無鉄砲なところがある。

だが、彼女の感謝する姿勢や誠実な態度を見ていれば容易に感じ取れた。


彼女を育てた神父の深い愛情を。


そして、ノエルは下を向いて考え込む。


しばらくして、ぼそりと口を開いた。


「心配、されてると思います……。神父様なら、必死になって、私を探してると思い、ます……」


俯きながらも彼女は膝に乗せている両手を震わせる。

目からは大粒の涙が落ちていた。


それは己の間違いに気がついた後悔の涙か、それとも育ててくれた神父への感謝の涙か。

その想いを測ることなど誰にも出来ない。


だから、サリーはそんなノエルの頭を優しく撫でた。


「うん。私もそう思うわ」


ただ一言。

サリーは優しくそう言った。


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