第6話 修道女ノエル②
翌日、日が登ると一行は出発の準備を始めた。
乾かすために広げていた調理器具を片付け、焚火を足で掻き消す。
アルドは馬に餌を与え、丁寧にブラッシングをしてやっている。
ノエルはというと、そんな彼らをボーっと見つめ、たまに頬を引っ張っては、「いひゃい……」と呟いている。
そんな彼女に、片付けを終えたレンが話しかける。
「寝ぼけてる?」
「い、いえ! そんな事は!」
ノエルは慌てて頬から手を離した。
引っ張られていた頬は薄く赤色に染まっている。
「うう……。すみません、何だかまだ夢の中にいるみたいで……」
彼女にしてみれば、憧れの勇者と商業都市のトップであったアルドが目の前にいる。
ましてや、その二人がキャンプの片付けをしている光景など、夢のまた夢であったことだろう。
朝日に照らされながら、俯くノエルの顔に影が落ちる。
その表情に、レンは彼女の不安を読み取り、少々心配になった。
「メルクに戻るのは不安かい?」
「い、いえ……。サリーさんのおっしゃる通りだと、私も思いましたので……。ただ、神父様に会わせる顔がなくて……」
◇
それは昨晩のこと。
レンとアルドの正体を明かし、ノエルは再びパニックになり気絶したが、今回はすぐに意識を取り戻した。
起きてからも、なかなか興奮が冷めなかった彼女を宥めたのは、もちろんサリーである。
ようやくノエルが落ち着いたところで、アルドはこの旅の目的について話した。
”記憶の鍵集め”、”エルフの里での襲撃騒動”、”魔人領からやって来たドラゴン”、”アルドの師匠へ襲撃事件を報告”
なぜアルドがレンを闘技場から逃したのかは「彼の扱いが不当であると感じたから」と誤魔化した。
アルドの目的である”神の打破”については、修道女である彼女には伏せるべきだと思ったからだ。
彼女は話を聞きながら目を丸くして驚いていた。
「だが、そんな話を軍部直轄のメルク城に持っていったところで、指名手配されている私たちを信じてくれるはずがない。
という事で、商業都市メルクに住んでいる大商人、ギルベル師にその情報を国に流してもらおうと、こうして旅してる訳だ」
仲間たちに目配せし「補足はあるかな?」と伝えながら、アルドは簡潔に説明を終えた。
「なるほど……つまりは国の危機を救うためにメルクへ向かわれているのですね!」
「そういう事だ」
そう応えると、ノエルは手を組んで感謝を示す。
「アルド様、皆様。ありがとうございます。私程度の感謝では足りませんが、一人の国民としてお礼申し上げます」
目を瞑って祈るように、彼女は言った。
星空に照らされたその美しい姿勢には、神々しさを感じずにはいられない。
「い、いや。いいんだよ。追われているのも身から出た錆のような物だ。それより、君はどうするのかね?」
流石のアルドも思わず息を呑んだようで、珍しく言葉を言い淀む。
一方でノエルは、アルドの唐突な質問に理解が追いつかないようで、手を組んだまま頭を傾ける。
「はい? どうするとは……?」
「私たちはメルクへ向かう。君はカブレス。お互い目的地が違うのだが、正直その……」
「その装備じゃ、野垂れ死ぬわよ貴女」
アルドに被せるように言い放ったのはサリーであった。
「ええーー! そうなのですか!」
「当たり前じゃない。カブレスまでは馬車でも4日はかかってるわ。徒歩ならその倍以上かかる。
でも貴女、ろくな装備もしてないじゃない。ナイフは? カバンは?」
ノエルも痛いところを突かれたようで、目を泳がせる。
「ええと……。荷馬車に乗っていれば着くかと思っていたので……その……」
「下調べもしてなかったのね」
「ううっっ!」
ギクリ! という音が聞こえる。
少なくとも、ノエルの表情が克明に語っていた。
先ほどまでノエルに甘いくらいに優しかったサリーの態度の変化に、レン含め、男どもは少々驚いていた。
「サリー、言い過ぎだよ」
思わずレンがそう言うが、サリーは睨みを効かせる。
「アンタは黙ってなさい。これはとっても大事な事よ。そうでしょ? スミス?」
「うーーん……。すまん、レン、ノエルちゃん。こればっかりはサリーのいう通りだわ」
都市暮らしのノエルとは違い、スミスは田舎の村出身。
壁と堀で囲まれ、モンスターや野盗の襲撃とは無縁の彼女とは全く生活観が異なる。
外の危険性をより深く理解している彼も、ノエルがとてつもなく無謀な事をしていると思っていたようだ。
「それにまだあるわ」
「ええ?」
サリーはノエルに目を向け直して続ける。
「ノエル、貴女親御さんは?」
「えーと、私は孤児です。教会に拾われて、神父様に育てられました」
サリーはそれを聞いて、「そう」と応える。
この世界では孤児などは珍しくない。
だからとって、サリーにとっては不躾すぎたと感じたのか、一瞬だけ目が逸れる。
「なら、教会を出る時には神父様に一言いったのかしら?」
「い、いえ! 絶対に止められると思ったので手紙だけ置いて出てきました! なので、心配はいりません!」
サリーはそれを言われて頭を抱える。
「ノエル……。本当にそう思う?」
「へ?」
「神父様が本当に心配していないと思うかしら? 神父様の立場になって、よく考えてみて」
サリーは諭すように言う。
それを受けて、ノエルの表情は固まる。
「よく思い出して。貴女を育ててくれた神父様はどんな方なのか」
「そんな、急に……言われても……」
ノエルはそう言いつつも、ポツリ、ポツリと言葉を紡ぎ始めた。
「神父様は、私の父親といってもいいお方です。厳しくて……時には優しく褒めてくれて……。
誰に対しても慈悲を持って接する方。頑固で、曲がったことが嫌いで、いつも……」
サリーは、言い淀む彼女の言葉を優しい眼差しで待った。
そんなサリーを見て、ノエルは、言葉を絞り出す。
「いつも……私のことを……想いやってくれていました……」
いつしかその声には嗚咽が混じる。
彼女を育てた神父が今頃何を想っているのか。
その事に気がつき始めたようだ。
皆も、サリーの言いたいことには共感していた。
確かにノエルには無鉄砲なところがある。
だが、彼女の感謝する姿勢や誠実な態度を見ていれば容易に感じ取れた。
彼女を育てた神父の深い愛情を。
そして、ノエルは下を向いて考え込む。
しばらくして、ぼそりと口を開いた。
「心配、されてると思います……。神父様なら、必死になって、私を探してると思い、ます……」
俯きながらも彼女は膝に乗せている両手を震わせる。
目からは大粒の涙が落ちていた。
それは己の間違いに気がついた後悔の涙か、それとも育ててくれた神父への感謝の涙か。
その想いを測ることなど誰にも出来ない。
だから、サリーはそんなノエルの頭を優しく撫でた。
「うん。私もそう思うわ」
ただ一言。
サリーは優しくそう言った。
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