第5話 修道女ノエル①
日は沈み、レン一行は穏やかな夜を迎えていた。
遠く瞬星空の元で、仲間達と囲む焚き火は、筆舌に尽くし難い趣きがある。
ふわふわと揺らめく火に照らされながら、食後のお茶を片手に星空を眺める。
時間がゆっくりと流れていく。
長い旅路の疲れを癒してくれるのは、こんな落ち着いたひと時である。
「きゃああああああああああああああああ!!!!!!」
……いつだって平穏な時が壊れるのは簡単なものである。
今回の場合は、騒がしい修道女の叫び声。
レン達のリラックスタイムはぶち壊された。
「いやああああああ!!! 誰かーー!!」
レン達の後方にある荷台から、絹を裂くような悲鳴が続いている。
「だからやめとけって言ったのよ……」
「ははは、まさか本当に起こすとはな。恐れ入ったよスミス」
時間は少し遡る。
金髪の修道女が気絶した後、彼女を乗せて、荷馬車を進めた。
やがて、夕刻になっても彼女は目を覚まさなかった。
あまりにも起きないので全員心配したのだが、彼女はむしろイビキをかき始めた。
全員呆れて、夜まで荷台に転がしておいたのだ。
だが食後になっても起きてこないので、スミスが様子を見に荷台へ顔を出した。
その瞬間に、激しい悲鳴がこだましたのであった。
穏やかだった、雰囲気はすっかり騒がしくなる。
「ぎゃああああ!!! 変態!! 痴漢!! 野蛮人んんん!!!」
「サリーー!! 助けてぇーー!!」
昼に続き2度目の悲鳴にスミスの心はすっかり傷ついてしまったようだ。
彼の目にはうっすらと涙が浮かんでいる。
「はいはい、全く」
サリーはため息をつきながら立ち上がり、ぎゃあぎゃあ喚く荷台へと足を向けた。
◇
「うう……。本当にスミマセン……。まさか荷馬車の外がそんな事になってるなんて……」
修道女は申し訳なさそうに、俯いている。
サリーから状況を説明してもらい、先ほどの大騒ぎがまるで嘘のように落ち着いた様子になった。
彼女がこれだけ落ち着いたのも、サリーが自分のマントをかけてあげ、あやしながらお茶を飲ませたおかげであった。
今でも、落ち込む彼女の背中をサリーは優しくさすっている。
「気にしなくていいのよ。あの野蛮人の顔が怖いのがいけないんだから」
「ヘイヘイ。どーせ俺は悪人ズラですよ……」
スミスはすっかり拗ねて焚火に背を背けていた。
「い、いえ、そんな事は……」
「え? 本当に……?」
スミスが目に輝きを戻して振り返る。
その顔を見て、修道女は口をつむんで目を逸らした。
がーーん、という音が確実に聞こえた。
スミスは再び顔を背けて肩を落とす。
アルドはレンに軽く目で合図する。
スミスのフォロー、よろしく。という事だろう。
レンは軽く頷き、スミスの肩に手を置いて慰めた。
そしてアルドは修道女に向き直り、本題に入る。
「うん。今度はこちらが説明して欲しいのだが、君は何者かな?」
「あ、これは失礼しました。私はノエル・ブリゲート。商業都市メルクの教会に住む、一応は修道女です」
彼女はそう名乗ると、小さな手を組んで祈りの姿勢をとる。
「この度は凶悪なスライムから守ってくださりありがとうございました。アルペウス神もあなた方の善行はご覧になっている事でしょう」
「そうあっては困るのだがね。なるほど、やはり商業都市の住人か」
アルドの発言に不思議そうな表情をするノエルに、サリーは疑問を口にした。
「修道女が何だって商人の荷馬車に? しかも何で樽の中?」
「あ、あの、それには色々と理由がありまして……」
ノエルは恥ずかしそうに顔を赤らめる。
組んだ手をもじもじとさせながらこう続けた。
「実は私、冒険者になりたくてメルクを逃げ出してきたのです」
「「「へ?」」」
全員の頭の?マークが浮かぶ。
修道女と冒険者。
前者は神の教えを説き、広める清廉な職業。
後者は定住、定職を持たず、その地域のクエストをこなして報酬をもらって暮らす根無草たち。
まさに彼女の言うところの野蛮人のイメージが強い。
そのあまりのギャップに理解が追いつかない。
「へぇー。何だってまた?」
皆の疑問を代弁するようにサリーは真っ直ぐ質問を続ける。
「え、うーん……」
「なに、なに?」
サリーが食いつく。
女の子同士だからか、先ほどあやしたからなのか、やけに親しげな様子だ。
「あの……実は、私、11台目勇者様の大ファンでして。ずっと憧れているんです!
私も勇者様のような冒険をしてみたくて、旅に出ようと決意したのです」
「へー、それで冒険者ね」
「ええ。でも、それを神父様に止められてしまいました。
しかし旅路に困難は付き物です。私は機転を利かせて、教会に出入りしてる商人の荷馬車に紛れて逃げ出してきたのです……。
メルクを出て、カブレスの街まで行けば、修道女としての自分を捨てて、冒険者として生きて行けると思ったのですが……」
「こんなことになっている、と」
「はい……恥ずかしながら……」
ノエルは顔を赤くしながら話した。
その表情はあどけなさを残す少女そのものであった。
レンは彼女の話を聞いて、無計画すぎるとは思ったが、”挑戦する”という事はそういう事かもしれないと、一人で勝手に納得していた。
だが、サリーがこちらをニヤニヤと見ていることに気が付く。
(そうか、まずいじゃないか……。ファンというなら、手配書が回っている事も知っているはず……!)
野盗のグリアも言っていたが、レンは国中に手配書が回っている。
それに、先日立ち寄った町でもアルドとスミスも指名手配されている事が判明していた。
レンはなるべく自分の顔を見られないように俯いた。
「だがそれは危篤なことだ。あの勇者は死刑判決を受けて逃げ出した男だぞ。ましてや今も逃亡中の大罪人だ」
アルドが世間話のように言った。
彼女を試している事は仲間達も察したが、
(お前が言うのか……)
(アルドが言うのか……)
(アンタにそれ言う資格ないでしょ……)
皆の意見は一致していた。
だが、そう言われてもノエルは語調を弱めることはない。
「いいえ! 勇者様なりの理由があったんだと思います! 死刑判決だって、私は納得していません」
「なるほど。ではお聞かせ願いたいのだが、どんなところが納得いかないのかな?」
「ええ!」
そう言ってノエルは立ち上がり、その膨らんだ胸をはる。
そして堂々と語り始めた。
「まずは、神器紛失の件です。確かにそれ自体は罪ではありますが、それだけで死刑にする理由にはなりません。
実際勇者様は必死になって魔王城へ討って出られたのですから!
私たちのために命を投げ打って赴かれた勇者様ご一行に誰が後ろ指をさせましょうか!」
その言葉を聞いて、勇者本人のレンはちょっとだけ泣きそうになる。
そのパーティーメンバーだったサリーもうんうん、と肯いている。
「次に、魔王城から逃げ帰ってきたという王国の言い分です! 先ほども言ったように、勇者様は人類のために戦ってくださったのですよ!
感謝こそあれ、どうして責め苦を受けねばならないのでしょう!
命があれば、それで良いではありませぬか! どうして恩人の命を奪うようなことを、王国は簡単に決めたのでしょう。私には理解できません!」
だらーー、とレンの瞳から涙が漏れ出る。
闘技場ではいわれもない理由で市民達から石を投げられ、剣闘士や騎士達に殺されかけた。
そんな経験から、レンは一般市民には嫌われているものと、完全に受け入れていた。
だからこそ、ノエルの言葉はレンの胸に深く響いた。
先ほどまでレンに慰められていたスミスだが、今度は立場が逆転した。
ノエルはふんす、と鼻を鳴らして堂々としている。
そんな彼女にサリーは称賛の言葉を送る。
「いやー、いい事言ったわアナタ。ほんとにその通りよ」
「ああ、全くだ。とはいえ、私にその件を肯定する権利はないので黙っておくよ。みんな、失礼したな」
アルドはそう言って頭を下げる。
「いや、いいよ! こうしてここまで一緒に逃げてこれたじゃないか!」
アルドの態度を見て、レンは思わず口走った。
「逃げてこれた……? あの、皆さんはどういうご関係なのでしょう……?」
「あっ……」
しまった……という表情で再び俯くレン。
ノエルは不思議そうにレンの顔をじっと見た。
レンは手で顔を隠し、背ける。
「あの、ちょっと……」
じぃーー……
「いや、あのね……」
じぃーーーー……
「だ、だからさ……」
じぃーーーーーー……
「そいつが勇者よ。アンタが憧れてる」
あっさりと、何でもないようにサリーが口を出した。
スミスが驚いて反応する。
「うおい! サリーー! 言っちゃっていいのかよ!」
「別にいいじゃない。ファンなんだし、兵士に突き出すようなことはしないでしょ」
言いながらお茶を啜るサリー。
随分と落ち着いたものである。
一方で、そんな事実を突きつけられたノエルはガッチリ固まっている。
「え、え、え、ゆうしゃ、さま……? あの? 冒険譚の? ご本人?」
彼女は壊れたロボットのように呟いている。
完全にパニックのようだ。
「ええそうよ。因みに私はそのパーティーメンバーの一人、魔法学士のサリー。そこの怖い顔は元剣闘士のスミス。そんで……」
「申し遅れてすまない、私はアルド。この国の第3王子で、ご存知の通り今は追われる身だ。
因みに君の故郷のメルクの管理も任されていたのだが、この顔に見覚えはないかな?」
「あ、あ、あ、あるど、さま……。たたた、確かに、その、ご尊顔は、見覚えがぁ…………フッ」
ポンコツロボと化したノエルは、情報処理が追いつかず、最後に薄い笑みを作って後ろへゆっくりと倒れる。
「おっとっと」
サリーがそれを片手で見事にキャッチ。
もう片方の手に握られたお茶を啜る。
「ホント、よく気絶する子だこと」
「誰のせいだよ、誰の」
スミスはため息をついた。
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