第4話 メルクへの旅路③
秋風が草原を撫でる中、レンのピンチは続いていた。
スライムに単身挑んだ結果、彼は記憶している限りで最大の危機を迎えていた。
スライムの目の前に立ちはだかり、口伝”打震”によってその内部構造を把握しようとしたが、打震を放った右手をそのまま飲み込まれた。
片方の左拳を使って突きを放ったが、その衝撃は柔らかく流動するスライムの体には通用しなかった。そして左拳も飲まれた。
蹴りを放とうと、頭突こうと、無意味だった。
気が付くとレンは、その緑色の体液で逆さまになって溺れていた。
そんな姿のレンをアルドは引っ張り出そうと慌てながら剣を振り回す。
「あわわわ! スミス、サリー! 急いで魔法を!」
「ヤバイわね」
「ヤバイわね、じゃねーよ!! 早くレンを助けなきゃ!」
相変わらずなサリーをよそにスミスは駆け出す。
しかし、スミスの目の前にももう1匹のスライムが迫った。
それはスミスを包んで飲み込もうと、体を大きく広げて飛びかかって来る。
「くっ! この!!」
覚悟を決めて剣を握ったスミスだったが、その意気は無駄に終わった。
スミスの頬を赤く煌めく閃光が掠めた。
彼の背後から放たれたそれは、スライムのど真ん中に命中すると、体内に吸収される。
だが、その攻撃でスライムの動きが完全に停止した。
「何だ何だ!?」
スミスの目前に迫ったスライムは、時間が止まったように動きがない。
目の前で起こった現象にスミスは混乱した。そして、閃光を放ったであろう人物を振り返る。
その瞬間、固まっていたスライムが、雷のような怒号と共に爆散した。
巻き上がった土煙の中、もう2本の閃光が残りのスライムに突き刺ささる。
そして、先ほどと同じく落雷のような爆音と共にスライムは飛び散った。
べちゃ! とアルドの目の前にレンが唾棄される。
ベトベトの体のまま、レンは仰向けになって必死に呼吸をした。
「はあはぁ、ゴホッ……死ぬかと思った……」
「無事で何より。あまり無理するなよ」
アルドは苦しそうなレンの手を握り、そのまま引き起こした。
そしてそのまま肩を貸して荷馬車へと歩く。
草原に風が吹き、先ほどの衝撃で舞い上がった土煙が晴れた。
アルドの視線の先には、御者席に立つサリーの姿があった。
「今のはサリーの魔法かな?」
「ええ! そうよ! すごいでしょ!?」
渾身のドヤ顔を披露するサリー。
スミスとアルドは呆れたような、驚いたような微妙な表情である。
スミスが呟くように言った。
「すごいよ……、すごいんだけどさ……。もっと早く助けてやってよ……」
そう言ってから、スミスとアルドはスライムの体液でデロデロの、可哀想なレンを見やった。
◇
サリーの供述はこうである。
・レンの技の限界を観察したかった。
・流石にスライムには勝てないだろうとは分かっていた。
・反省している。でも、もう少しパターンを検証したいので、レンにはあと3戦はスライムと戦って欲しい。
「それを反省とは言わないよ。サリー」
アルドが淡々とした口調で諭す。
現在サリーは御者席から降りて地面に正座させられている。
その真正面に立って腕を組んだアルドに絶賛説教を受けていた。
「あによう……。ちゃんと、反省してるわよぅ……」
涙目でもじもじしているサリーは俯きながらも反論する。
「いいや。本当に反省していれば、またスライムと戦って欲しいとは言わない。もう一度彼を見てあげなさい」
アルドが指したその先には、地面に倒れてぐったりしているレンの姿があった。
流石にベトベトの状態で荷台に乗せるのは躊躇われたので、外の陽光と風で乾燥中である。
その姿は、哀れな干物のようであった。
「確かに、無理をして前に出た彼にも責任はあるだろう。だが、ああなる前に助ける事は出来たはずだ。
少なくとも、魔人領まで攻め込んだ経験のある君の力量であれば、容易かったのではないのかね?」
「ううう……、分かったわよぅ。ちゃんと謝るから……、もう許してよぅ……」
「許すもなにもない。私は質問しているんだよ。そもそも君は、この中で最も彼との付き合いが長いはずであり〜〜」
アルドの説教はどこまでも続く。
彼の元従者でメイド、ドーラ直伝の説教はサリーにも効果覿面であった。
連打される小言と正論の嵐に、普段は傲慢な彼女も泣きべそをかいている。
一方、スミスはというと先にスライム達に襲われていた荷馬車の様子を見に行った。
車輪が破壊された荷馬車をぐるりと1周回り、その破損状態を見る。
御者席に手綱は無く、人の姿は見えない。
状況を鑑みるに、どうやらこの荷馬車の主人は荷台を捨てて、馬に乗って逃げたらしい。
スミスはさらに、車輪が外れた荷台を覗き込む。
そこには、絹織物や糸などの服飾に関わる品々がごちゃごちゃに入り乱れていた。
「あーあ……。こりゃ大変だ」
スミスは呟きながら荷台に入る。
既に主人が捨てたものとはいえ、一応これも他人のもの。
スミスはこの荷馬車の主人に繋がるものはないかと物色し始めた。
ガサゴソと音を立てて、散乱する物を漁る。
ガタ、とスミスの背後の樽から物音が聞こえた。
「ん?」
スミスは振り向き、その樽を見た。
それは何の変哲もないただの樽。
「樽……。食料か? ここで腐らせるのは勿体無いし、貰っておくか。サリーが喰うだろ」
スミスは何気なく、その樽の蓋を開けた。
結果から言えば、そこにあったのは食料ではなかった。
潤んだ瞳でブルブルと震える修道女がそこには居た。
「……えっ」
「きゃあああああああああああああああ!!」
樽の意外な中身に驚く暇もなく、スミスは泣き叫ぶ修道女に思い切り頭突きを喰らう。
「ぐへぇ!!」
「きゃああああああああ!! 変態! 野蛮人!!」
訳もわからず頭突かれて鼻血を垂らすスミスをよそに、修道女は荷台を飛び降り、周囲を見回す。
恐怖に怯える彼女の目の先には、アルドと正座しているサリーに、地べたに倒れるドロドロのレン。
普通であれば、誰もが目を逸らすであろう光景だが、この修道女にはそんな余裕はない。
「そこの方々〜〜!! 助けて下さい!! 野蛮人に襲われてます!」
「ん?」「何?」「うう、気持ち悪い……」
アルドとサリー同時にそちらを見やった。
レンは未だに不調のようだ。
アルド達に走ってくる修道女の背後の天幕が陰り、スミスが怒鳴り声をあげる。
「てめぇ!! 誰が野蛮人だ!!!」
「いやあああああ!! 助けてください、そこの方!!!」
いかにも野蛮人な声を上げて怒るスミスと、パニックになって、その野蛮人から逃げて来る修道女を見ながらサリーは立って膝を払う。
「こっちよ」
サリーはそう言って両手を広げ、修道女を抱きとめた。
「たたたた、助けてぇ……」
「大丈夫、大丈だから」
ガタガタと震え、泣きじゃくる修道女を宥めながら、サリーは自分がさっきまで泣いていた事が馬鹿らしくなっていた。
人間、自分以上に慌てる者を見ると、逆に落ち着くものである。
「よしよし……。何なのよ、この子」
「さあ? 野蛮人に聞いてみようか」
「だから誰が野蛮人だ!!」
追いついたスミスがそう叫ぶと、修道女はピィ!と小さく唸って気を失った。
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