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第2話 メルクへの旅路①

町から少し離れた草原に一台の荷馬車が止まっていた。

秋になったばかりの涼しい風を受けながら、2頭の馬が地面の草を喰んでいる。


荷馬車の前にはアルドとサリーが地面に腰を下ろしていた。

二人が見つめるその先には、構えを取るレンがいる。

彼はエルフ達にもらった動きやすい作業服を着て、その足元は裸足であった。


アルドとサリーが見つめるなか、レンは構えを崩さずに何かを待つように目を閉じていた。

ぶわり、とやや強い秋風がレンの髪を撫でる。


それがきっかけの様に、レンは空中に拳を突き出す。

右拳、左拳、回し蹴り


続いて3つ連続で右の蹴りが宙を舞う。

サリーとアルドはその動きの滑らかさ、速さに驚嘆する。

だが、その軌道は金的、鳩尾、人中の順番を綺麗に沿った凶悪な連撃である事には気がつかない。


その後も次々と空中を打ち、切り、蹴り、投げた。

その度に、アルドは目を輝かせ、サリーは興味深げな表情で観察していた。


レンは一通りの動きを終え、最初の構えに戻って深く息を整える。


「ふーーっ。一部だけどこれが人明流の技だよ。因みにこうやって空で型をする事を”演武”って呼んでる」

「いやいや! 素晴らしい動きだったな!」

「ええ。本当に何なのかしら。近しいのは南部民族の舞踊? それで、その動きのどこにドラゴンを倒す秘密が……」

「確かに君の動きはまるで舞踊のように流麗だったよ! 本当に誰でもあんな動きが出来るのか!?」


サリーの言葉を遮って、興奮しきったアルドが立ち上がる。

サリーはそんなアルドをジロリと睨んだが、今の彼の目にはレンしか映っていない。


「もちろん! 老若男女、あらゆる人が修練を重ねれば出来るようになる!」


レンはニコッと笑顔を作ってアルド向けた。

アルドそれを聞いてますます目を輝かせる。


「いいなぁ! それ、私にも教えてくれ!」

「いいよ」


すると、アルドの肩に白い手が置かれる。

彼の背後には恐ろしい笑みを見せるサリーがいた。


「待ちなさい。その前に確認する事があんでしょう?」


サリーはそう言って、肩に置いた手に力を加えた。


「いたたたた! わかった! わかったよぉ!」

「あら、ごめんなさい」


強化魔法も使っていないにも関わらずこの握力。

サリーが手を離すと、アルドはその場に崩れ落ちて静かになった。


そんな光景を目の当たりにして、馬鹿力、ゴリラ、パワー系魔女という言葉がレンの脳裏に過ぎったが、そんな事は口が裂けても言えない。

言えば次に握り潰されるのは自分だと分かっていたからである。





エルフの里を出て2日ほど走り、レン達はカブレス城と商業都市メルクを結ぶ中継地点の田舎町に来ていた。

もっとも、サリー以外は手配書が出回っているため、簡単に町に入るのは躊躇われた。


そこで三人は買い出しをサリーに頼んだ。

しかし、彼女は『レディに重い物を運ばせる気?』と断り、スミスに変身魔法をかけたのだった。


姿は別人となったスミスは、諦めて町へと歩いて行った。

出発の間際にサリーには聞こえないよう小声で『全く……無い乳め……』とぼやいていたのは、レンもアルドも聞かなかった事にした。

彼らも寿命を縮めるのはごめんだ。


スミスを待つ間、各々の能力を共有し始めたのは、サリーの魔法の多様さにアルドが興味を示したためである。


アルドが使えるのは治癒系統の魔法。

医師レベルではないと言ったが多少の傷なら治癒できるとの事。

従軍経験はあり、ある程度の戦闘指揮は出来る事。


エルフの里での見事な指揮を見ていたレンは分かっていた。


サリーは炎系統が得意だが、使えない魔法はほぼ無いと言い切った。

なお、『治癒の魔法は苦手……』という声は小さくなっていた。


そして今はレンの番。

能力、というよりも彼の使う『人明流』の技を説明している最中だった。


肩を強く握られ、静かになったアルドをよそに、サリーはレンに問いかけた。


「魔法も使ってないのにドラゴンの硬い鱗をどうやって貫いたの?」


その目には深い興味の色が浮かんでいた。

ドラゴンと対峙し、いくつもの魔法攻撃をものともしなかったドラゴンの鱗。

サリーにとっては一番大きな謎だった。


「うん。あのドラゴンの鱗は上から下に流れるように重なっていた。だったら、その逆の方向から刃を通せば鱗なんて関係ないよ」

「魚の鱗を取るみたいな事?」

「それと似てる。鱗の一枚一枚は大きいから槍を通すのは簡単だったよ

どんな生物にも弱点がある。それを突けば魔法は無くともなんとかなるもんさ」


説明しすぎては口伝の説明をしなければならない。

思わずレンは誤魔化そうとしていた。

そんな誤魔化しは見抜いたようで、サリーはそれを聞くと、レンに一歩近づいてさらに聞いた。


「待って。それだけじゃないわ。ドラゴンの攻撃を躱し続けたのは? 単なる身体能力で片付く事じゃないわよ?」

「ごめんサリー。そこまでは教えられない」

「何でよ?」


サリーは追求するかのように睨んでくる。

レンは少々困りながらも、今の自分がわかる範囲で理由を話した。


「僕の一族の掟みたいなものでさ。ドラゴンに使った技は口伝と言って、一族の次期当主にしか伝えない決まりなんだ」

「その口伝、誰のおかげで思い出したと思ってんの??」


サリーはレンの間近に顔を寄せると、鋭い眼光で睨む。

レンは今にも触れそうなサリーの白い頬から目を逸らしながら言った。


「ご、ごめん……。でも本当にダメだよ。せめて過去の記憶を思い出してから決めさせて」

「私に待てと? 未知の技術が目の前にあるのに??」


レンはサリーがここまで食い下がる理由を察した。

やはり彼女は魔法学士。未知の物事には目がないようだ。

レンは観念して言った。


「もう分かった! 約束する! ある程度思い出したら、改めて教えるよ! お願いだからそれで勘弁してぇ!」


少女に情けない声を出したレンを見かねてか、サリーもそれで納得した。


「ふーん……まあいいでしょう。そこまで言うなら我慢するわ。それに、アンタと旅してれば観察する機会はいくらでもあるでしょうし」


そしてサリーはレンから顔を離し、後ろのアルドに目を移す。

だが思い出したように再びレンへと顔を戻し言った。


「そうだ、レン。言っておくけど、アンタが勇者やってる時は”ジンメイリュウ”なんて技術、使ってなかったわよ。そんな素振りも見せてなかった」

「そっか。ルイスも同じ事を言ってたよ……」


それは、レンにとっても不思議な事だった。

ルイスの名前を出した事で、変な沈黙が生まれたが、サリーは続けた。


「……。やっぱり口伝ってやつだから?」

「いや、口伝は教えないってだけだから使う時は使うと思う」

「そ。まあ、あの時は神器があったし、必要ないって思ったんじゃない?」

「うーん、そうかもね」


最初の記憶を取り戻した頃からの疑問だった。

なぜ技を、武術をあえて使わなかったのか。

レンは、どこか引っかかる思いで考えようとしたが、


「おーーい! 帰ったぞーー! 大ニュースがあるーー!」


草原の遠くから、大荷物を抱えた老人スミスが手を挙げて歩いて来ていた。


今考えても解決しない、レンはそう思い、思考を止めた。

そして、スミスに向かって手を振って答えながら走っていく。


「おかえりーー! 荷物手伝うよーー!」


走っていくレンの後ろ姿を見送り、サリーは後ろに座り込むアルドに向き直った。

そして、アルドの肩に手を置いて「ほらほら、痛くない、痛くない」と優しくさすった。


アルドはそんなサリーに向かってはっきりと言った。


「いや、痛いんだが?」



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