第22話 神託
エルフの里を清々しい風が吹き抜けていく。
晴天の空は、雲ひとつなく澄み切っていた。
旅立ちには絶好の日和である。
レンと仲間達は、エルフ達から譲り受けた荷馬車に乗り込み、里を出ようとしていた。
出入り門には里中のエルフ達が集まり、盛大に見送ってくれようとしている。
食料などの荷物も積み終わり、御者席にスミスが乗り込むと、後はアルドが乗るだけであった。
アルドは、エルフ達に囲まれながら族長と最後の挨拶を交わす。
「本当に何から何まで、感謝しかありません!」
「いいえ、アルド様。これもエルフ族の掟、そしてご恩返しでもあります。
あなた様がこの閉ざされた里にしてくださった事を思えば、この程度では足りませぬ」
「はっはっは! ではまたご厄介になりに来ますよ!」
「ええ! いつでもどうぞ! それと……」
族長はそう言って荷台からその光景を見ていたレンとサリーに目を向けた。
「あなた方もいつでもいらして下さい。きっと、ここで眠っているルイスさんも喜ばれるでしょう」
「ええ! そうさせてもらいます!」
「ありがとう。あの娘もここなら安らかに眠れると思うわ……」
レンとサリーは優しい笑みを族長に返し、深く感謝した。
レンは思い返す。
ここに来たばかりの時は、戸惑って、悲惨な気持ちにしかなれていなかった。
しかし、エルフ達の優しい気遣いと自分たちを尊重する態度には、どれだけ助けられたか分からない。
今も、またここに戻れるようにこちらの気持ちを汲んでくれている。
スミスもまた、御者席から身を乗り出して応えた。
そして、アルドは荷台に乗り込み、エルフ達に向かって声をあげる。
「みんな! ありがとう! また恩返しに戻って来る!」
それを聞いて、エルフ達は両手を組んで旅の安全を祈ってくれた。
彼らの笑顔は絶えず、どこまでも明るく賑やかな出発だった。
「よし、出発だ! 商業都市メルクへ!」
「おうさ!」
アルドがそう言うと、スミスが馬に鞭を入れ、荷馬車が動き出す。
そんな荷馬車の背後からエルフ達の感謝の言葉が投げかけられた。
レンもサリーも、スミスもアルドも、皆で両手を上げてその歓声に応えた。
里の入り口が霧の加護に覆い隠されるまで、ずっと。
◇
エルフの里は霧に隠れ、既に見えなくなった。
サリーは荷台の後ろからそれを確認すると、息を吐いて座り直す。
「はー、よかったわ〜。上手く機能してくれたみたい」
「お疲れ様、サリー」
レンは彼女の肩をポンと叩く。
アルドとスミスもまた彼女を労った。
神の加護の修復。
字面だけでも困難な事は誰にでも分かる。
それを行えるのは、魔法学士という専門知識を持つサリーにしかできない事だった。
なので、何やかんやでエルフの里に一番貢献し、苦労したのは彼女であると、皆分かっていた。
「さて、一息ついたし、メルクでの目的を話しておこうか」
「そうそう、里では全員揃う機会があまりなかったしな」
スミスが御者席からそう言った。
エルフの里では、サリーを含めて復興作業などで忙しかった。
そのため、旅の目的は知っていても詳細までは共有できていなかったのだ。
なのでアルドの提案に皆うなずいた。
「メルクに着いたら、まず私の師匠の邸宅へ向かおうと思う。そこでエルフの里で起こった事を話し、金を借りよう」
「先にお金の工面かぁ。まあ、宿代もないしねぇ」
レンがそう呟くと、アルドは頭を抱えた。
「ああ、そこが問題なんだよ。師匠は大商人なだけあって、無償で金を貸したりする人ではない。確実に交渉になる」
「大丈夫なのかそれ? レンを突き出されたりしたら大変だぞ!」
野盗のグリアから、レンは指名手配されているらしい事が分かっている。
スミスの懸念は最もであった。
「懸賞金の額がいかほどかによって内容は考えよう。街道の途中に小さい町があるはずだ、そこで額を確認しなければな……だが、私は師匠を信じたい。無償は無理かもしれないが、恐らくは協力してくださるはずだ……!」
「そうか……。とにかく分かった! 交渉は後で考えよう」
「交渉上手なアルドとスミスなら大丈夫! 僕は心配してないさ」
真剣な二人に対して、レンが呑気な事を言う。
スミスは眉を潜めた。
「あのなぁ……」
「ははは! その信頼に応えられるよう頑張らせてもらうさ!」
アルドはそう言って、話を続けた。
「次に情報収集だ」
「ええ、この旅をするに当たって必要な情報がいくつかあるわよね」
サリーは指で空中を指でなぞる。
すると、赤く光る文字が現れた。
「まずはコレよ」
サリーはそう言って、描かれた文字を投げるように浮かべた。
レンには何と書いてあるのか分からないが、レン以外の3人には理解できる。
”記憶の鍵”
「これについて分かっているのは3つ」
1、レンの記憶が封印されている事
2、レンが持っていれば何かのきっかけで封印が解ける事
3、神の力? を吸い出して魔人領に繋げる機能がある事
サリーはそう言いながら、次々と文字を浮かべる。
「ああ、メルクは物と情報が行き交う都市だ。もしかすれば、似たような情報が出てくれかもしれない」
「そうだといいけどね。まるで雲を掴むような話なんだもの。
ただ、少なくとも私とレンの旅の目的は記憶の鍵を探し出して、記憶を完全に取り戻す事よ。いいわよね? レン」
「うん。サリーこそいいの? 僕に付き合ってて」
「今更何言ってんのよ、もう腐れ縁みたいなモンよ。それに、ルイスとの約束があるし」
「約束?」
レンは引っ掛かったがサリーは、「自分で思い出しな」と一蹴した。
「ああ、確かに”記憶の鍵”についてはもっと知る必要があるな。
そこでだ、サリー。私の目的も付け加えてくれないか? ”神を倒すための方法”についてだ」
レンとスミスに少しの緊張が走ったが、サリーは平然として応える。
「ええ。言っとくけど、記憶の鍵以上に難問よ。これ」
サリー文字を描き空中へ漂わせた。
「ああ、もちろん分かっているさ。だが、神にはレンの動きが捕捉出来ないという点は重要だろう。
ついででもいいから、記憶の鍵を探る中で意識しておいてくれると助かる」
アルドはそう言って腕を組んだ。
彼の目的に関しては、ヒントどころか問題文さえないような状態だ。
彼自身、焦っている部分もあるのだろうと、サリーもレンも感づいていた。
「俺もいいか、サリー? 安心してくれ。皆のよりは集めやすい情報だと思う」
「何かしら?」
「俺の家族についてだ」
レンはスミスの真剣な眼差しを見た。
そう。彼の故郷は野盗に襲われ、一家全員、奴隷市場で離れ離れになった。
レン自身、スミスの事情が気がかりではあったが、彼の性格を考えると下手に言えばムキになる。
なので、スミス自身から話してくれるのを待つことにしていた。
「大事なことね。分かったわ」
全員、サリーと同じく頷いた。
アルドもレンも、想いは同じである。
サリーは空中に文字を書いた。
”スミスの家族探し”
その後も話し合いは続いた。
そして、カブレス山脈を降りきり、メルクへと続く街道へ到達する。
山を降りたことで、強くなった風が荷台の幕を揺らす。
「さあ、ここからが長いぞ」
アルドは暖かな夕焼けの中、そう呟いた。
◇
王都サンドレアは王城を中心として周囲に教会、街、田畑が広がっている。
この構造は人類が初めて女神アルペウスの加護を受けた時から変わっておらず、風光明美な街なみは、人々に懐かしさを感じさせる魅力に溢れていた。
そんな王都の中心にそびえる王城は国内のどの城よりも巨大で豪華絢爛であった。
壁面や屋根、室内の細かい装飾に至るまで、その全てが王都に住む一流の職人達総出で作り上げたものである。
その王城の中にあって、一際神聖な場所がある。
地下に設えられたその場所は王族と一部の聖職者のみが知る秘密の空間であった。
国王アルフは地下へ赴き、その空間へ繋がる扉を開いた。
扉を開くと、そこには広大な草原が広がっていた。
柔らかな風が草を撫で、さらさらと流れていく。
アルフ王は扉を閉め、暫くその穏やかな風景を歩いた。
やがて、空が陰り、不穏な積乱雲が上空に現れる。
そして、力強い風とともに、猛烈な勢いで雨が降り始めた。
するとアルフ王は風雨に濡れるのを気にせずその場に立ち尽くした。
彼の足元に、水たまりが作られ、雨の勢いが増すとともにその水たまりは嵩を増し、やがては巨大な泉になった。
風雨が止み、アルフ王の目の前に形作られた泉が蒼く輝き始める。
彼はそれを見て、跪き、両手を組んで祈りを捧げた。
『女神アルペウス様……。どうか我らをお導き下さい……』
すると、泉に小さな波がたった。
「おお! ペルセウス様! 我らは如何すればよいのでしょう?」
アルフ王の頭の中に女神の美しい声がこだまする。
しかしながら、その空間にはアルフ王の声しか響かない。
まるで目の前の泉と会話するかのように、アルフ王は耳を傾ける。
「では、元勇者はどこへ?」
泉が波立ち、アルフ王の爪先を濡らす。
「やはり……。以前の御信託通り、やつを始末出来なかったのはそういうことだったのですね。であれば、早急に手を打たなくては……」
すると泉が凪いだ。
「は、ではその通りに。今世の魔王は討伐出来ておりませぬので、問題は無いかと。まずは軍部の連中を宥めねばなりません」
泉は再び小さい波を立たせた。
「御信託、しかと拝受しました。お任せ下さい。直ぐにでも次代の勇者召喚に移ります」
アルフ王がそう応えると、泉は段々とその姿を小さくしていき、やがては蒸発するように消えていった。
雲が晴れ、空間に風が戻ってくる。
そして、柔らかな風に頬を撫でられながら、草原を踏む。
やがて、アルフ王は入ってきた扉の取手に手をかけた。
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