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第21話 覚悟の代償

野盗とドラゴンがエルフの里を襲撃してから3日が経った。

エルフの里では未だに物々しい雰囲気が続いていた。


今まで里を守るように覆い隠していた霧が解かれ、襲撃のリスクが高まったためである。

またいつ野盗達が襲撃してくるかも分からないため、門衛の数を増やし、昼夜問わず交代で警備にあたっていた。


そんな中、レンは里内にある診療所で目を覚ました。


「……ここは?」


そこは、白壁作りの清潔そうな部屋であった。

整理の行き届いた室内には、余計なものは一切無い。

レンの枕元にある小さなテーブルには見舞いの品なのか、赤い木の実や、良い香りのするハーブの束が水に刺されて置かれていた。


そして、ベットの傍に顔を突っ伏していたエルフの少年が顔を上げてこちらを見る。

見覚えがあると、レンは思い出した。

彼は、レンがグリアから助け出した少年であった。


「あっ! お兄ちゃん起きた! 先生〜〜!」


少年はレンと目が合うと騒ぎながら寝室を駆けていった。

そんな少年を見ながら、レンはまだぼんやりとしている眼で天井を見上げた。




レンの意識が戻ったと聞きつけた仲間達は、すぐに彼の元に集まった。

彼らは回復魔法でその日のうちに歩き回れる程度には回復したらしい。


一方のレンは回復魔法の効きが薄く、この3日間は薬による療養が続けられていた。

その間、レンは眠り続けていたらしい。

エルフの医師の診断によると、過度な疲労による昏倒であった。


「全く、いつまでも寝ているから心配したぞ!」

「うん。皆、心配かけてごめんよ」


スミスがそう言うと、レンは一言謝った。

診療所に集まったスミス、アルド、サリーはレンの姿を見て安心した様子であった。


レンは、寝ている間にすっかり強張った足の筋肉をほぐすべく、腿の経穴を押圧しながら話を続けた。


「それで、僕が寝ている間に何かあったかい?」

「ええ。まずはエルフの里を守っていた加護が壊れてしまっているわ。今は見張りを増やしているけど警戒は続いてる」


サリーはそう言いうと、レンへの差し入れで持ってきたはずの菓子を口に放り込んだ。


「あっ……サリーさん? それ、レンに持ってきたやつ……」

「いいしゃない。ほんなにいっぱい、はるんだから」


菓子を頬張りながらスミスに答えるが、菓子の入った箱は彼女の腿に置かれ、レンどころか誰も手を付けられない。

独占する気満々である。


「全部食う気だろ! ずるいぞ! 俺にもくれよ!」


菓子を奪い合うサリーとスミスを横目にアルドが捕捉してくれる。


「里の加護については安心したまえ。そこはサリーが術式の補修と補強をやってくれている。直すことはできるそうだ」

「古代の術式だったけど意外と複雑でね。完全に直すにはあと2日はかかるわよ!」


菓子を取ろうと手を伸ばすスミスを顔ごと押し除けながら、サリーは言った。


「そっか……良かったよ。そういえば捕まえた野盗達は?」

「ああ、彼らは牢に閉じ込めている。加護の修復が完了したのち、開放する予定だ」

「逃すんだね。僕もそれでいいと思うよ。」

「あんた本当に甘いわね。タダで逃すんじゃないのよ。」


サリーがそう言うと、スミスは菓子からレンに視線を戻して続けた。


「そうだ、奴らの襲撃の目的を話すって条件でエバルコと交渉したんだ。これがビックリする様な話でな」

「え、エバルコから聞き出せたの!?」


レンは驚いて足をマッサージする手を止めた。


「ああ。サリーが睨んだ通り、奴らは魔王軍に協力していたらしい」

「魔王軍……。それで、どうしてこの里に? 僕が居たからかな?」


それを聞いて、アルドはレンの懸念を察して否定した。


「いいや、それは違うようだ。奴らの目的は王都の襲撃だった。そのために王都に近いこの里で門を開く必要があったそうだ」

「ええ。門の起動には信仰の力が必要なの。そして、王都に近く、信仰の力が集中しているこの里を狙って動いたそうよ」


サリーがそう捕捉した。

それを聞いてレンは青ざめる。


そう、竜はグリアと共に逃げてしまっている。


「じゃあ、今頃王都は……!」

「レン、そこは私たちにはどうする事もできない。それに王都には私たち以上の戦力が揃っている。彼らの奮闘を願うしかできないよ」


アルドは冷静に、悔しさを噛み殺すように言った。

レンはそんなアルドを見て、現実を見つめ直した。


確かに今の自分が駆けつけたところで、事態は好転しない。

むしろ自分と仲間達を危機に晒すだけである。


「あそこには騎士も魔法使いも山ほど居るわ。安心していいでしょう。気がかりなのは魔王軍が門を使った戦略を取り入れてきたことよ。

元々、門を使った転移魔法は勇者が魔王討伐に使っているものなの。それを魔王軍は真似てきた。これは今までにない事よ……」

「サリーの言う通りだ……。だが、私たちにできるのは、この事実を知らせる事ぐらいだろう」

「うん、そうだね。どうやって伝える? 普通に伝えにいっても聞き入れてくれるとは思えないけど……」


レンがそう言うと、アルドはすかさず応えた。


「ああ、そこは考えがある。まず商業都市メルクへ行こう。あそこは国中の物と情報が集まってる。

そこに住居を構えている私の師に伝えれば国中に警告してくれるはずだ。それに、君の記憶の鍵についての情報を得られるかもしれない」


レンは話を聞いて頷いた。断る理由など無い。

自分のためにも、最適な方法だと納得した。




2日後、レンはエルフの里の下層にある牢屋を訪れていた。


普段この牢屋は儀式のやために捕らえた野生の獣などを閉じ込めておくのに使っている。

今は、獣でなく、数人の野盗達のために使われている。

そのいくつかある牢の内の一つにエバルコは捕らえられていた。


今日、レンがここを訪れたのには理由がある。


サリーが加護の術式を修復し、正式に野盗達を追い出す準備が整った。

そこでレンは、外したエバルコの膝をはめなおしに来たのである。


仲間とエルフ達はその必要は無いと言ったが、彼は頑固に聞き入れようとはしなかった。

エルフの一人に牢屋を案内してもらい、レンはエバルコと対面した。


そして、エルフに牢の鍵を開けてもらい、中に入った。

エルフは牢の外から見張りをすると言って中に入ろうとはしなかった。


「やあ」

「何の用だ」


レンが挨拶するなり、エバルコは不機嫌そうに言った。

彼は両手両足を魔法の縄で縛られている。

その巨体は牢に見合っておらず、かなり窮屈そうだった。


「君の膝を治しに来たんだよ。これから森を歩くには不便だろう?」

「何が目的だ? 俺が知っていることは全て話したぞ」

「安心して欲しい。本当に膝を治しに来ただけだ」


エバルコはレンの顔をじっと睨むと、ため息をついて、「理解に苦しむ」と言った。


レンは牢の外からエバルコの足の拘束魔法だけを解除してもらい、治療に移った。

エバルコも顔を背けながらも大人しくされるがままにしている。


レンは膝の状態を確認しながら、会話を始めた。


「君はルイスと同郷なんだよね」

「……そうだ」

「ルイスってどんな子供だったの?」

「聞いてどうする。もう彼女はいないのだろう?」

「いないからさ」


エバルコはレンに顔を向けた。

そしてレンもその表情を見返す。


「最後に彼女に頼まれたんだ。“私のことを忘れないで“ってね。だから僕は彼女のことを思い出さなくちゃ」

「そうか……それは、随分と酷なことだ」


エバルコは事情を話す際に、サリー達からレンに関する大まかな事情は聞いていた。

レンに記憶が無く、あの鍵はそれを取り戻すことができる品であることもサリー達からの尋問で初めて知った。


だがエバルコはレンに同情した訳では無い。

ただ、ルイスがそこまでしてレンを助けた理由が分からなかった。


「一つ聞きたい。ルイスが死んだ時の事だ……。どうやって死んだんだ?」

「君こそ残酷なことを聞くね」

「大事なことだろ? それを聞いたら話してやってもいい。彼女の子供時代の武勇伝を」

「いいね! 乗った!」


レンはエバルコの足をマッサージしながら話した。

あの時何が起こったのか。

レン自身、辛いので思い出さないようにしていたが、話しながら、あの時起こった出来事を自分の中で整理できた。


「そうか、お前を庇って……。しかし、王都からの攻撃か……」

「うん。恐らくは何らかの魔法だけど、それ以降は打ってこなかったよ」

「その魔法に心当たりは無いのか?」

「え」


エバルコの言葉に思わず言い淀む。

だが、レンは話しながらも気が付いていた。


「う、うん。でも確証は無いんだ。ただ、闘技場で戦ったガロード卿魔法はあれに近い現象だなと思う」

「ガロード卿か……。閃光の異名で知られる騎士だな。前線でも随一の戦力の奴なら不思議では無い」

「……そっか」

「勘違いするなよ。仮に奴が手を下したとしても、お前がルイスを巻き込んだことは変わらない」


レンはそう言われて苦笑した。


「うん、それは十分わかっているよ」

「ふん、信用ならないな。分かっているなら、どうして笑っていられる?」


レンはそう言って憤慨しているエバルコの耳に顔を近づけた。

そして、エルフの見張りには聞こえない声でそっと耳打ちした。


「ルイスの記憶を全て取り戻したら、僕は死ぬ……。それまでは懸命に生きるつもりだ……」

「何!?」


エバルコは目の前で笑っている男の心が全く分からなかった。

その瞳に写っているのが一体何なのか、男が何のために生きているのか、全く理解できなかったのだ。


死ぬために生きる。


この男の語っていることは大きな矛盾を孕んでいるとエバルコは思った。

だが、一方でルイスを思う気持ちや彼の深い後悔の念も感じ取れた。


「そうか……狂ってしまったんだな、アンタ……」

「自分でも分かっているさ。さあ、膝入れるよ! 力抜いて!」

「あ、ああ……」


一瞬の痛みと共に、ゴキッ、と音が鳴りエバルコの膝がはめ直された。


「暫くは腫れてると思うからあまり体重をかけないでね」


レンはそう言って牢を出ようとした。

それをエバルコは止めた。


「待て、今度は俺の話を聞いていけ。彼女の話をな」


そう言われてレンは嬉しそうに振り向いた。


読んでくださってありがとうございます。


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