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第16話 初代口伝

真っ白な空間は段々と現実の色を取り戻していく。


ざわめく森、門前に掲げられた松明、動揺するエルフと野盗たち。

そして僕の目の前で眩しさに目を瞑っているグリアとエバルコ。


僕は追憶の世界から再び現実へと引き戻された。

だが、背中に感じる彼女の重さという幻想は残ったままである。

その重さをヒシヒシと感じながら、僕は居るはずのない彼女に語りかける。


「分かったよ、ルイス。覚悟は決まった……!」


野盗とエルフたちの戦闘は一時中断されている。

彼らの注目は突然周囲を包んだ眩い光の発生源である僕に集まっている。

それらの視線を意に返さず、僕は靴を脱いで捨て、構えをとる。


「クソ! ただの目眩しだ、ビビんなエバルコ!」

「お、おう。そうだな」


グリアがそう言うと、眩しさに片手で目を押さえていたエバルコが再び棍棒を構えた。

そして、オークと化した彼の腕に力が漲る。


その丸太のような腕に血管が浮き出てている。

まるで僕を威嚇している様だった。


次の瞬間、棍棒が振り下ろされた。


ズドン! と地面を揺らすほどの衝撃が周囲に伝播した。


その圧倒的な膂力と速度は野盗たちに僕の死を確信させ、エルフたちは呆然を呆然とさせた。

しかし、その一撃を僕が喰らう事はなかった。


「な、なに!?」


その事に最初に気がついたのはグリアであった。


僕は全力で地面を踏み、恐ろしい速度の一振りをかわした。

そして、巨大になったエバルコの股下を抜けて背後へ。

エバルコの後方に居たグリアの目の前で立ち止まったのである。


「貴様……!」


グリアはナイフを片手に襲いかかってくる。


「ちょっと大人しくしてて」


刃が届く前に、僕の左足がグリアの金的、顎をほぼ同時に射抜く。


「……!!」


音にはできない苦痛がグリアを襲い、彼はそのまま地面へ倒れ込んだ。

そして僕は振り向き、エバルコへと向き直す。


エバルコが振り向いた時には既にグリアが倒されていた。

彼は更なる怒りを腕に込め、棍棒を振り回す。

先の戦いとは比べるまでもなく強烈な一撃を、恐ろしい速度で連打してくる。


だが、僕の体には届かない。

再びエバルコの足元に一瞬で移動したためだ。


『人明流 初代口伝:打震竜歩』その型の一つ。

打震と一対の技であり、究極の運歩方。

その名も『竜歩』。


僕は今しがた思い出したばかりの記憶を振り返る。




僕の家の大きな庭で祖父が話す


「いいか、蓮。初代口伝『打震、竜歩』には、二つの技がある。

その内の『打震』は先ほど説明したが、今から説明するのはもう一方の技、『竜歩』だ」

「うん、どんな技なの?」

「特殊な運歩方だ。一歩目から自身の最高速度へ持って行き、2歩目には完全に停止する事を可能にする歩法と言ったとろか。

これから訓練するのは助走無しで最初から全速とするための瞬発力だ。次に、その勢いを停止させるだけの体幹を鍛える」

「難しそうだね……。どうすればいいのか全然想像つかないや」


僕は簡単に足を動かしてみる。


「そうだな、だからここへ来た。イメージを掴んでからの方が分かり易いだろう。これを見てみろ」

「なにそれ。あ、バッタだ!」


そう言って祖父が地面の芝生から小さな飛蝗を手に取って見せた。

バッタは開かれた祖父の手から逃げ出し、芝生の上を飛び回る。


「この動きだ。一足目で全力、二足めには停止。この動きは、捕食者から効率的に逃げるために彼らが編み出した歩法だ。

これぞまさに自然の知恵。そして初代はこの動きを武術の中に当てはめて考えた。それが『竜歩』だ」

「よく分かんないけど、そうなんだ! でも何で『竜歩』って名前なの? 竜って虫じゃないでしょ?」


そういうと、祖父は少し困った様子になった。


「そ、そうだな、それはワシも不思議に思うが、理由は多分こうだ」


祖父はその場で裸足になり、構えをとった。

そして、僕の瞬きほどの間に一足で芝生から近くの砂地で停止した。


祖父の説明通り、全く淀みない、まさに先ほどの飛蝗のような動きだった。


「おおおー!」

「蓮、ワシの足元を見てみろ」


そう言って、祖父の接地した地面を見に行く。

そこにあったのは、祖父の足とは思えない程大きな足跡。

前足底の部分は竜の鍵爪で引っ掻いたようだった。


「一歩めに踵を踏み込む、二歩目に前足底にて接地する。細かい部分を省いて話せばそう言う事だ。

そしてワシの考えでは、開祖がこの技に竜の文字を用いたのにはこの二歩目が理由だ」

「確かに! まるでドラゴンの足跡みたい!」

「ああ。そうだろう」


祖父は自慢げにそう答えた。

だが、次の僕の言葉で、ますます困った顔になった。


「そっか! ていう事は初代が生きていた時代には竜がいたんだね!」

「ん? どういう事じゃ?」

「だって、実際に竜の足跡を知ってなきゃ、『竜歩』なんて名前をつけないでしょ?」




『竜歩』によってエバルコの連続攻撃を掻い潜り、足元で停止した僕は、エバルコの足に打震を放つ。

その感触と衝撃が体を通る感覚を指に伝播させ、エバルコという怪物の弱点を察知する。


「この!」


エバルコは憤慨しながら足を上げて踏みつけてくる。

しかし彼の足が地面に着く頃には僕の体は『竜歩』によって背後に移動していた。

そして、僕は打震によって判明した情報を頭の中で整理する。


右膝関節の緩み

左肋骨の古傷

両肩は強固だが角度次第で外せそう


落ち着いて息を整えると、エバルコがこちらを振り向いて、棍棒を中段に構えた。

その構えから、横なぎの一閃が来るだろう事は予想できた。

縦方向の一撃では簡単に避けられる事を理解したのだろう。


そこで僕は、エバルコが動く前に動いた。

先の先を取り、エバルコの攻撃をしようという意思を働かせた瞬間を狙って竜歩を使った。


先の先を取られた場合、相手はその予想外の動きに動揺し、体が硬直してしまう。


例えるなら、街を歩いている際、正面から歩いてくる人を避けようとしたら、相手も同じ方向に避けたために、一瞬お互いの動きが止まってしまう。

武術の達人は、この現象を戦闘中に利用する。


エバルコも例に漏れず、一瞬だけ硬直してしまった。

その隙を利用して、僕は彼の足元に至った。

そして、右膝の皿の手を置き、ある角度に思いっきり押し込んだ。


ガコッ! と、オークの巨大な骨の外れる音が森に響いた。


「グオオオオオ!!」


棍棒とエバルコの体が、ズドン、と落ちて地面が揺れる。

エバルコは自重を支えきれなくなった右足と共に地面へ倒れ伏したのだ。


痛みで立つ事さえままならないエバルコは地面に蹲って棍棒から手を離した。

ダメ押しの一撃を放つ準備をしていた僕はその様子を見て体を止める。


その様子は野盗達も見て同様していた。

僕はそんな彼らに向けて声をかける。


「フッーー! さて、野盗たち! まだやるかい!?」


戦いを見ていた野盗たちは、地面に這いつくばるエバルコとグリアに目を移し、武器をその場に捨てた。

エルフたちはそれを固唾を飲んで見ている。


そして、門の方向からエルフ族の族長の大きな声が聞こえる。


「私たちの勝利だ!!」


次の瞬間、エルフたちの歓声が森にこだました。

野盗達は、その歓声をきっかけに次々と森の闇へと逃げ出していく。


僕は、その場に座り込み喜ぶエルフたちを眺めていた。

本当に大惨事にならなくて良かった……。


するとズシリ、と再び背中が重くなる。

青白い肌のルイスが僕の肩に手をかけている。


「分かってるよ、ルイス……」


僕は背後に乗った彼女の幻想に小さく呟いた。


「君のために記憶を全て取り戻す。君を忘れたままになんかにしない」


そして、こう付け加える。


「全部思い出したら、僕もそっちへ行くよ」



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