第12話 ルイスの未来
野盗団の頭目であるグリアの号令で一斉に野盗達が襲いかった。
対するエルフ達も、レンの時間稼ぎの間に立て直された陣形でこれを迎え撃った。
激しい怒号と金属音が再び森を支配する。
その中央にいるレンとスミス、グリアとエバルコもまた激しい攻防を行なった。
スミスは真っ先にグリアを狙って剣を振り向ける。
真上から切りつける一撃を前に、しかしグリアは微動だにしなかった。
そこへ、その攻撃を阻むようにエバルコの巨大な棍棒がスミスを襲った。
まともに食らってしまったスミスは後方へ吹き飛ばされた。
それを見てレンが叫ぶ。
「スミスーー!!」
間を開けずに、エバルコはレンに向かって棍棒を振り下ろす。
スミスへの攻撃に動揺しつつも、レンは間合いを大きくとる事でそれを躱す。
早くスミスへ駆け寄りたい気持ちを堪えながら、レンは目の前に居る二つの脅威を見定める。
エバルコが居る限り、グリアの付与魔法は止められない。
だがグリアが居る限り、エバルコの猛威も止まらない。
(くっ……! これが彼らの戦術か!)
打開策が見出せない。
レン一人でグリアとエバルコを同時に相手するのは、どう考えても無理があった。
だが次の瞬間、エバルコの体にに異変が起こる。
突然、彼の体に衝撃が走り、その身を押さえて膝を付いたのである。
「エバルコ! どうした!?」
「うう……何だこれ……!」
レンが後方に飛ばされて仰向けに倒れているスミスを見ると、彼は腕だけ上げてこちらへサムズアップをかましている。
「『ブラッキー・ネイル』くそ、7本も使っちまった……」
その上げられた親指の爪が黒い煙のようなものがたちのぼっている。
エバルコの異変がスミスによる魔法攻撃であるとレンもグリアも分かった。
しかし、スミス自身、限界を迎えているようだ。
もう立ち上げる事もできない様子だった。
彼はエイオンとの戦い、野盗達との防衛戦で消耗していた。
そして、今のエバルコの強烈な一撃はいかに打たれ強いスミスでも許容できないダメージであった。
一方のエバルコも蹲って動けない様子だった。
「スミス! 休んでて!」
「……ぉぅ」
スミスはまともに返事もできない程に深刻な状態だ。
レンはそんなスミスの姿を確認すると、グリアへと向き直り構えをとる。
「おいおい……待ってくれよ……」
エバルコという武力を失った今、彼は大した脅威ではない。
それはグリア本人も理解している。
彼は両手を前に出しながら、引きつった顔で小さく汗をかいていた。
そんな表情も、声も、レンは聞く気にならなかった。
この惨状を生み出したのは、他でもないこの野盗団の長だ。
レンは無力な付与魔法使いに怒りの鉄槌を下そうと駆け出した。
「お、おい! 止めてくれって!」
「今更何を言おうともう遅い!!」
握りしめた拳がグリアの顔面に直撃する、はずだった……。
レンの体が動きを止める。
彼の意思とは関係なく。
感じていたのは痺れるような僅かな痛み。
体が……全く動かない……。
「こういう罠には引っかかるのな」
グリアは表情を崩し、ニヤニヤと笑う。
「……なにを……!」
「『サンダー・エンチャント』だよ」
グリアはそう言うと、地面に落ちている鋼の粒を拾い上げ、体を動かせないレンの顔にそれを見せた。
「この小さい粒に電撃を付与して地面に落としたんだよ。その上を通った生き物は電撃を受けて動きを止めるって訳だ。
もっとも普通の人間には魔法があるから、あんまり効果は無いがな。だからいつもは獣を狩る時に使ってんだ。
お前じゃどうにもできんだろ? 何せその辺の獣と同じでお前には魔力無いからな」
「くっ……!」
完全に手詰まりだった。
いかに人明流の技があっても、体が動かせないのでは意味がない。
「さて、殺す前に聞いておこうかな? ルイスはどこだ?」
「一体何なんだ……何でルイスを知っている……!」
「おいおい、聞いてんのはこっちだぞ……」
腰から抜いた刃先まで真っ黒なナイフをレンの頬に当てる。
「……ルイスはどこかな? 勇者様……?」
「知ってたって……お前らなんかに、教えるもんか……」
「本当にオレ達のことを聞いてないのか……しょうがねぇな……」
グリアはナイフをゆっくりと離す。
「なら先に教えてやるよ。俺たちとルイスの関係について。その方がお前も話しやすいだろう」
そう言って、グリアは悠々と語り始めた。
彼らとルイスの過去を。
◇
グリアは人間軍と魔王軍との戦火の中で生まれた。
彼の故郷は防衛前線に程近い街であり、軍事的な要所とされていた。
そのため幾たびも軍同士の激突に巻き込まれ、時には魔王軍に占領される事もあった。
そんな絶え間なく続く争いに、多くの住民達は故郷を捨て去った。
そして、故郷と共に捨てられていったのが、幼い子供達である。
グリアは両親の顔すら分からず、気が付けばスラムで盗みを働きながら生きていた。
一度でも大人や兵士達に捕まれば、ただでは済まない。
子供であろうとも、容赦なくリンチに合った。
まだ幼い子供の体が、大人の膂力を受け切れるはずなどなく、その亡骸は路上に打ち捨てられた。
たった一つのパンで命が失われる世界。
それが彼らの日常であった。
まだ幼かったグリアとエバルコは、そんな残酷な世界しか知らなかった。
そしてそれは、ルイスも同様であった。
彼女もまた、グリア達と同じく身勝手な大人や戦争に唾棄された子供の一人であった。
悪さをする事しか生きる術を知らない、暗く、惨めであり、時には害虫ともなる彼らを、大人達は嫌悪感を持ってこう呼んだ。
‘前線の落し子“と。
そんな歪んだ日常の中で、彼らの心が唯一安らぐのは仲間達と一緒にいる時だけであった。
同じ境遇の子供達は自然と寄り集まり、一つの家族となった。
これが、キャリバン一家の始まりである。
『あたしたちは、家族だ! だから、みんなで助け合って生きようよ!』
まだ幼いルイスは、汚い路地裏で彼らを率いていた。
リンチに合っている子供が居れば、躊躇わず助けに走った。
空腹の子がいれば、自分の食べ物を分け与えた。
軍同士の戦闘が始まれば、自分より幼い家族達を先に逃し、ルイス自身はいつも最後だった。
彼女はその行動を持って、助け合う事を、家族を、愛を、子供達に示した。
だからこそ、グリア達にとってルイスとは、かけがえのない家族であり、姉であり、母だった。
だが、激しい戦火は子供達に安らぎを許さなかった。
ある日起こった戦闘によって、子供達の隠れ家が爆破されたのである。
数少ない穏やかな世界は一瞬で地獄に変えられた。
当時そこに居たのは、グリア達よりもずっと年下の子供達と、ルイスであった。
そして、それ以降、ルイスの消息は分からなくなった。
爆破された痕には何も残っていなかった。
それこそ、最初から何も無かったかのように。
その痕跡を見て誰もが、ルイスは死んだと自覚した。
だがグリア達は奪われた多くの命のために、何もしてやれなかった。
幼い彼らに唯一出来たのは、汚い大人達を睨む事だけであった。
どんなに悔しく、惨めで、悲惨でも、睨むことしか出来なかったのである。
◇
「ルイスはな、この腐った世界で唯一信頼し合える大切な友で、母で、家族だ」
グリアは語った。
彼の生い立ち、ルイスの過去、この世界の醜さを。
語っている彼の表情には何もなかった。
痛みには慣れた。
そんな空虚な感情だけが伝わってくる。
「勇者のパーティーに入って戦っていたのを知ったのは、あいつはこの国に帰ってきた後のことさ。
驚いたが、ルイスが生きていることに心底感謝した……! それで、迎えに行った!」
「迎え……?」
「そうさ。あいつの隠れ家を探すのには苦労したが、ルイスは俺たちの顔を見て大いに懐かしんでくれた。
そんで、また一緒に暮らそうって、誘ったんだがな、そこにはお前が居た」
それでレンは思い出す。
闘技場の牢獄でルイスが悔しそうに、自分は野盗に攫われたと語ったのを。
「そうか……君たちが僕を攫って奴隷商人に売ったのか……」
「そこまでは聞いてたんだな。あの時、ルイス本人に留守を頼まれたんでな、ゴミ掃除をしてやったんだ」
「僕が居なければルイスは君たちのところへ行くと……?」
「お前というお荷物を抱えてルイスが幸せになれたとでも?」
その言葉はレンの心の傷を大きく抉った。
だがそれでも、言わなければならない。
「確かにその通りだ! だがね、それは君たちも同じだ!
こんな非道をやっている君たち野盗が彼女を幸せにできる訳がない! エルフ達に罪はないだろう!!」
「俺たちだってそうだったさ! 違うのは、生まれた場所が地獄だった。それだけだ!」
「だからって!!」
「黙れ!! いいか? 不幸ってのはな、リレーのバトンみたいな物だ。
この世界は人生のどこかで不幸のバトンを持たなくちゃならない時がある。俺たちは、たまたまそれを最初から持ってた……。
だからよ、次の奴にこれを渡さないといけないだろう?」
レンは全てを呪うように話すグリアを見て、歯がみした。
どんなに言葉を尽くしても、この男とは決して分かり合えない。
お互いに同じ人を思っているのに、どうしてこんなにも違うのだろう、とレンは自問した。
「最後だ。ルイスはどこにいる?」
グリアは空虚な目でレンを見下ろし、黒いナイフを首に突きつける。
しかし、レンの心は諦めていなかった。
ルイスが生きていれば、彼らを止めただろう。
そんな確信が彼の砕けそうな心を突き動かしていたのだ。
レンはグリアの過去を聞いている間にも、体の動く部分を探っていた。
その結果、この罠からの脱却を図るための方法も思いついていた。
そしてレンは、その言葉を言い放つ。
「ルイスは死んだ! 王都からの脱出で命を落とした!!」
「……!!!」
グリアにもレンにも深い傷を与えるその言葉。
案の定、グリアから激しい怒りの色が溢れ出る。
そして、そのままナイフがレンの皮膚を貫こうとした瞬間、レンは体幹を捻って皮膚の上でナイフの刃を逸らした。
その勢いのまま、グリアの人差し指に思い切り喰らい付いた。
観察では、先ほどからグリアが魔法を発動させる時には必ず手をかざした。
エバルコに付与魔法を使う際にも、手で触れる事で発動していた。
この世界の一般的な魔法使いは手を媒介として術式を起動させる。
そして今、レンはグリアの魔法術式の起点である、指を狙ったのだ。
グリアは咄嗟にナイフを落とし、思わず一歩後ろへ下がってしまう。
そして付与魔法が解かれ、レンの体の硬直も解かれた。
「痛ぇな……!!」
「はぁはぁ……」
レンは息を切らしながら構えを取り直す。
痺れが若干残っているが、立ち上がれる。
しかし、レンが構え直したのと同時に、ダウンしていたエイオンも立ち上がり、グリアを守るように立ち塞がった。
「させない……」
「くっ……何度だってやってやる!」
レンは、睨むエバルコに拳を握って応じた。
だが、二人の睨み合いをグリアは止めた。
「おい! 待て、エバルコ……まだ話すことがある」
「何だぁ?」
グリアが再びレンを見つめて問い直した。
「さっきの話は本当か……?」
「……ああ、本当だ……最後は僕の背で……」
レンは自分で言いながら、辛さに押しつぶされそうだった。
それを聞いたグリアが叫んだ。
「お前が……! お前がルイスの未来を奪った!!! お前さえ居なければ!!!」
野盗とエルフ達の攻防の最中、グリアの悲痛な叫びがこだました。
先ほどまで空虚だったその瞳からは、滝のような涙が流れていた。
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