第9話 強敵
それは、レンが野盗を蹴り倒し、エルフの少年を救った直後だった。
正面の茂みが揺れ、2人の男が現れた。
一人は細身で無精髭の男、もう一人はその背後にいる、棍棒を持った大男であった。
「くっ、新手か! 君は逃げてくれ……。門まで行けば仲間達がいる!」
「待ってよ! 一人にできないよ!」
「いや、ここは僕一人で大丈夫だ! 君は門にいる他の仲間達を助けるんだ! 今は里を守るために戦ってくれ!」
少年はそう言われて躊躇いながら頷き、里の方向へ走っていった。
「いいのかい? 2対1だぜ?」
無精髭の男が不吉な笑みを向けてくる。
レンはそんな笑みに寒気を覚えながらも、相対する2人を睨んだ。
「いいさ。それよりも、一体なんの目的でこの里を襲うんだ!」
「え……そんな事を聞かれるのは初めてだぜ……。野盗が集落を襲う理由なんて一つだろ」
「略奪か……!!」
つい先ほどまで平和に過ごしていたエルフ達の日常が瓦解していく。
レンにとって、あんなにも心優しいエルフ達にこの仕打ちはあまりにも残酷で、無慈悲である。
「平和に暮らしてるエルフ達を傷つけていい訳ないだろう!!」
「流石の正義漢だな、全く話にならない。まあ、今回は少し特別でね……。出来ればゲストが来る前に終わらせたいんだが……」
「僕を知ってるのか?」
「ああ、色々とな。それにだ、栄光の頂点にいた“あの勇者“が今となっては全領手配の賞金首だ。有名だぜ、あんた。」
「何だって!?」
レン達が王都を出てから既に4日を超えている。
今まで考える余裕がなかったが、改めて事実を突きつけられ、レンは自分が追われる身であると再認識した。
そして、無精髭のは笑みを溢しながら、思い付いたかのようにこう言った。
「そうだ! 同じ賞金首同士、この里で略奪しないか? お互いに利のある話だ。
色々あの子から聞いてるだろうけど昔の事は水に流そうぜ」
男のふざけた態度に怒を抑えきれず、レンは思わず飛びかかった。
地面を蹴り、足刀をの無精髭の顔面に叩き込もうとした。
しかし、その攻撃は背後の大男の持つ巨大な棍棒に受け止められた。
「グリア。もういいか?」
「ああエバルコ、いつも通り後は任せた。本当に話にならねぇぜ……。
俺は前の様子を見てくるよ。そこに居るかもしれねぇしな」
「ああ、分かった」
レンの足を受け止めた棍棒はそのままレンを打ち返すように振り切った。
受け身を取りながら地面を転がり、レンは構え直す。
そして、立ち去ろうとする無精髭の男を止めようとした瞬間、エバルコと呼ばれた大男の棍棒がレンを襲った。
「くっ……! お前待て!」
エバルコの攻撃をかわしながらレンは叫ぶも、グリアと呼ばれた男はエルフ達の守る門の方向へと歩いていった。
そんな後ろ姿にレンの勘が危機を告げている。
奴を行かせてはならないと。
だが、このエバルコという男、非常に厄介である。
エバルコはその巨体に見合わない速度で次々と棍棒による攻撃を繰り出してくる。
レンはあまりの振りの速さに、避けることしかできない。
間合いを見極め、全て紙一重で回避する。
しかし、エバルコの速度が尋常ではない。
躱したと思えば、また次の攻撃がレンの身に降りかかる。
そんな連続攻撃の雨に対して、レンは攻め手を見失ってしまった。
「くっ……! 反撃の隙がない……!」
「お前、速いな……。そういう奴は、こうだ」
エバルコはそういうと、地面を蹴り上げた。
その大きな足が地面に突き刺さり、土をめくり上げる。
レンの眼前に、大量の土砂が降り注いだ。
その土砂どこ、エバルコの棍棒が何度も、何度も振り下ろされた。
そして棍棒の攻撃により大地に幾つもの大穴が空いた。
「……これもダメかぁ」
エバルコはそう呟くと、遠くに離れたレンの姿をジロリと見た。
レンは、エバルコが地面を蹴り上げた瞬間、これは回避も困難と悟り、棍棒の射程範囲から大きく後退したのである。
もしそこに踏みとどまって入れば、レンの体はタダでは済まなかっただろう。
長い手足に巨大な体と棍棒は、エバルコの制空権を広くしている。
そして、その巨体に見合わない速さ。
「なんて厄介な……」
急いでいるというのに、この男には苦戦を余儀なくされてしまう。
だが、レンに残された手がない訳ではなかった。
「行くぞ……!」
「おう、こい」
レンがそう言うと、エバルコがゆっくりと応じた。
そして、レンはじわじわとエバルコの制空権に近づく。
やがて、レンの体が内に入った。
既に棍棒の射程内である。
その瞬間、エバルコはレンを叩き潰そうと棍棒を振り下ろす。
レンはそれを待っていたとばかりに、その棍棒を半身になって躱した。
そして、振り下ろしたことで下げられた顎目掛けて右拳を放つ。
ガロード卿よりかは読みにくいが、エバルコもまた“動作の起こり“は分かりやすい。
レンはその“起こり“を見極め、一撃のカウンターに賭けたのである。
レンの鉄拳がエバルコの左顎に衝撃を与える。
しかし、その衝撃に面食らったのは、レンの方だった。
(硬い……!)
その硬さは、以前戦ったローグの比ではなかった。
レンは拳を戻して、エバルコの間合いから退避する。
「あーー、いってーー」
エバルコは顎をさすっている。
ダメージを受けた様子はまるで感じられなかった。
そんな反応を目の当たりにしたレンはエバルコの姿を闘技場で戦ったローグと重ねた。
「防御魔法か……!」
「あーー。そういうのはグリアに任せてるから俺も知らない」
レンはそう言われて、先ほどの無精髭の男の姿を想起した。
そういえばあの男、立ち去る前にエバルコに触れていた。
「まさかあの男、エバルコに付与魔法を……?」
レンの持っている数少ない記憶の中には、確かに付与魔法の概念があった。
付与魔法はこの世界の人間であれば誰でも会得している基本魔法である。
エバルコの硬さも、恐らくは速さも、あのグリアという男の『付与魔法』である。
その効果は術師の力量次第ではあるが、エバルコの硬さ、速さからは、尋常ではない実力を伺わせた。
そしてもし、そんな付与魔法が門周辺で戦っている野盗達全員に使われたらエルフ達の守りは崩壊するだろう。
レンの脳裏には、そんな危機感が巡っていた。
(あの時、真っ先に仕留めていれば……!)
後悔の念を感じながら、目前の敵を見る。
このエバルコという男もまた、強敵であることには違いない。
レンは、エバルコの攻撃を警戒しながら、構えを取り直す。
そして、この状況を打開できる技を少ない記憶の中から探し始めた。
◇
エルフの里の門前は、辛うじて守り固められていた。
アルドの的確な指揮によって、状況は優勢ではあるものの、油断を許さない状況は続いていた。
エルフ達は門の通路に続く道の前にしっかりと防衛拠点を作り、負傷したエルフは下がって治癒魔法を受けている。
闘える状態であれば再び前線へ復帰する。
その繰り返しであった。
一方で指揮系統のない野盗達は攻めあぐね、バラバラに攻撃を繰り返しては返り討ちに合っていた。
「ようし! 守り切れるぞ!」
エルフの族長が檄を飛ばす中、アルドは後方から指示を出し続けた。
途中から合流したスミスも防衛拠点に入り、盾を持って野盗達を退けている。
しかし、アルドとスミスは焦りはじめていた。
レンがいつまで経っても帰ってこない。
「くそ! 早くレンを助けに行かなくちゃなんねぇのに!!」
スミスはそう叫んで襲い掛かる野盗の剣をを盾で受け止める。
そして、スミスの背後にいるエルフの男が、槍で野盗の肩を突く。
そんな攻防が続いていたが、いつまでも野盗の攻撃が止むことはない。
野盗達の限界が来るまでこの膠着状態が続くと、誰もが思っていた。
しかし……。
「何ちんたらやってんだ、お前ら……」
茂みの奥から、低く鋭い声が聞こえた。
野盗達は、その声に敏感に反応し、倒れて動けないものさえも、その方向へ顔を向ける。
「「お頭!」」
野盗達がそう呼んだ男、キャリバン一家の頭目グリアが、ゆっくりと茂みから現れる。
その姿を見た野盗達の表情は明らかに恐怖を示していた。
「さっさと仕事を片付けるぞ」
野盗団キャリバン一家の長、グリアの冷徹な声が野盗達の恐怖をさらに煽った。
彼らは武器を持ち直し、エルフ達を睨みつけた。その瞳には焦りも感じられる。
長い夜はまだ終わらない。
そう覚悟し、スミスはサリーから預かった“レンの記憶の鍵“を握りしめた。




