第4話 エイオン
エルフの里ではアルド達への歓迎の酒宴が催されていた。
宴会用の長テーブルには森の収穫物で作られたご馳走の数々が並んでいる。
数ある宴席の中央にはキャンプファイアーが灯され、エルフ達とアルド、スミスの顔を賑やかに照らしていた。
既に宴会は始まっており、アルドとスミスは次々注がれる酒と大量の皿に奮闘しながらも、この騒がしい宴会を大いに楽しんでいた。
エルフ達の盛り上がりは尋常ではなく、もはや祭りの様相を呈していた。
美しいエルフの女性達による妖艶なダンス、機敏なエルフの男によるド派手なファイアーパフォーマンス、筋骨隆々な大男達の相撲勝負。
まるで伝統的な音楽と、笑い声と、歓声が一つとなってエルフの里を包んでいるかのようだった。
そんなエルフ達の賑やかな祭りばやしを聞きながら、レンとサリーが会場にやって来た。
彼らの頬にはくっきりと涙の跡が伺えたが、エルフ達は敢えて気にせずに明るく声をかける。
「お! レンさん! 待ってましたよ!! さあ、お席はこちらです!」
「あら」
サリーは声をかけてきたエルフに何となく見覚えがあった。
「? 何ですお姉さん?」
サリーに見つめられているエルフの仕事は里の門番である。
彼女がこの村に侵入する際に昏倒の魔法で前後不覚にしたのである。
「覚えてないでしょうけど。さっきはごめんなさいね」
「???」
可哀想な門番のエルフは2人をアルドとスミスのいる席へ案内すると、騒ぐ他のエルフ達に混ざりに行った。
レン達が席にやって来ると、スミスは既に出来上がっており、真っ赤な顔でエルフの美女達から酒を注がれている。
一方のアルド王子は、村長や若いエルフ達と楽しそうに話し込んでいた。
「おいおい!! 遅いじゃねえか! さあ、座って手伝ってくれ! 俺たちだけじゃ食い切れないよ!」
「言われなくても……はへてるわお」
サリーは座るなり、料理を口に詰め込んだ。
小さかった口は既に料理でパンパンになっている。
2人とも長い間泣き続けていたので、レンもサリーもすっかり空腹だった。
レンも席につくなり、エルフ達がお皿を差し出してくる。
それらをありがたく口に運ぶ。
そしてレン達が食べながらもエルフ達は料理の説明やこの里の魅力、森の豊かさなどを語ってくれる。
泣き疲れた心と体に、美味しい料理達が染み渡ってくる。
そして、こちらを気遣い、次々と料理を出しながらお喋りもしてくれる。
エルフ達なりの歓迎の心をレンは感じ取っていた。
そして、よそ者であるはずの自分たちをここまで歓迎し、同時にルイスを失った悲しみに共感してくれるエルフ達の暖かさに、また泣きそうになった。
◇
「あ、お姉さん。おかわり」
サリーはものすごいペースで食べ続けていた。
彼女の座るテーブルだけ積み重ねられた皿が山になっている。
既に満腹になったスミスはその姿を見て若干引いていた。
「そんな小さい体のどこに、そんな量が入るんだよ……」
「貧弱ね。もっと胃袋を鍛えなさいな」
サリーは誇らしげにそう言って、ローストされた猪肉にかぶりついた。
「なあレン。サリーって本当に魔法学士なの? あまりにも行動が職業のイメージとかけ離れているというか……」
スミスはヒソヒソとレンに聞いた。
「そこまでしっかり思い出してないけど、そのはずだよ」
レンもヒソヒソと返した。
「ちょっと聞いてみてくれよ!」
「ダメだよ! そんな事聞いたら、多分殺される!」
二人はなんとなく気がついていた。
サリーは怒らせたらいけない系だと。
「何話してるの〜〜? おかわり」
そんな二人のヒソヒソ話にニコりと笑いながら、サリーは次の皿に手をつける。
「い、いえ! 何にも!」
「ばか、聞こえてんのよ。はむ」
サリーは手を休めずにサジを口に運ぶ。
「ま、私の実力は近いうちに分かるわよ。きっと驚いて腰抜かすんだからね」
「そうよ! お二人とも! この里の隠匿の加護を通り抜けて来るなんて、よっぽどの使い手よ! このサリー様は!」
そう言って、サリーにエルフの女性がサリーに次の皿を渡した。
「んふふ、そうよ。このサリー様は魔法都市ベルクで魔法技術研究所に勤めてたんだからね」
サリーは褒められて調子に乗り始めたようだった。
「えー! あの魔法都市でしかもマギ研の職員だったんですか!?」
スミスと近くのエルフ達も非常に驚いていた。
魔法技術研究所研の魔、技、研をとって、マギ研かな? とレンは思った。
「それって有名なの?」
「ああ、かなりな! 国内でも特に優秀な魔法使いが集まる所だぜ!」
さっきよりも酔っ払っているスミスが教えてくれた。
「そう。私はとっても優秀なのよ!」
ますます調子に乗るサリー。
褒められすぎて鼻が伸びているように見えるのは気のせいだろうか。
「本当に頼もしいよサリー!」
レンもおだてる。
「私にかかればその辺の魔法使いなんてチョチョイのちょいよ!」
そう言ってサリーは堂々と胸を張った。
そして、それを見たスミスが、酔って据わった目をしながらこう言った。
「ない胸をそれ以上張るなよ……小さく見えるぞ」
次の瞬間、スミスの顔面にサリーの拳がめり込んだ事は言うまでもないだろう。
◇
その頃、エルフの隠れ里に程近い森の中。
月光の届かない鬱蒼とした木々を人間の集団が進んでいる。
数は数十名ほどであるが、ほぼエルフの里の人口と同じであった。
彼らはそれぞれが何かしらの装備品を身につけていた。
それは青銅の兜、鉄製の小手、錆び付いた胴などであり、あまり統一感はなかった。
唯一、の特徴といえば、全員体のどこかに蛇を模したタトゥーを入れている事だ。
そして、縦に伸びた隊列の中央にいる人物が指示を出した。
「お前ら、ここで止まれ」
乱れた長髪に無精髭を蓄えたその男が命令すると、隊列が緩やかに動きを止める。
「お頭! まだ霧が出てませんぜ!」
「分かってる。ちと待っとけ。トビー! なんか分かるか?」
急かす部下を宥めながら男は先頭付近にいる男に声をかけた。
トビーはこの中で最も鼻の効く男である。
「ダメですお頭。ひたすら森の匂いが続いてます」
「そうか……。隠れ里ってのは本物らしいな」
男はそう言って両手を腰に当ててため息ををついた。
腰のベルトに下げている数本の刃先まで真っ黒な短剣がジャラり、と音を立てた。
どうやら、どんなに離れた場所であろうと匂いを嗅ぎとれるトビーの鼻を持ってしても、エルフの里にかかっている隠匿の加護は破れないらしい。
「こりゃ、エイオンの野郎に期待するしかないみたいだな」
男はそう言うと、再び行進を指示した。
「よし。行くぞ。霧が見えたら止まれ」
「へい! おら、お前ら! 進め!」
隊列は動き始めた。
その動きに合わせ、ガチャガチャといくつもの金具の擦れる音がした。
その音の不気味さは森に不穏な風を呼び込んでいるようだった。
◇
一方のエイオンは里の上層に登るための階段を上がっていた。
お頭から預かった呪具を携えて、一段一段ゆっくりと……。
この隠れ里に入るためとはいえ、足の骨を折るなんて……。
エイオンはそう思い、この仕打ちに腹を立てた。
だが一方で、彼らの非道さをよく知っているからこそ恐怖で体が動いている。
彼ら『キャリバン一家』は王国全土にその悪名を知られている野盗集団である。
エイオンはそのキャリバン一家の構成員の一人であった。
彼は、平穏で豊かな農耕地の出身である。
両親との不和が原因で14歳の時に家を飛び出し、商業都市メルクでスリとして生計を立てていた。
しかしある日、自分の腕を過信していたがために失敗した。
軍の高官のポケットに手を出したところを近衛の兵に見つかってしまったのだ。
複数人の兵士に路地裏でめちゃめちゃに打ちのめされた彼は、ボロ雑巾のように死にかけていた。
そして、自分のあまりの無力さを嘆き悲しんだ。
だが、その翌日、メルクの中心街に自分を打ちのめした兵達が吊し上げられていた。
その犯人こそ、野党団キャリバン一家だった。
そして、その犯行の理由は、兵達のマントに、でかでかと血で書かれていた。
『我らの前で地獄を語った。だから、本物の地獄を見せてやった』
この事件は軍も重く受け止め、すぐさまキャリバン一家討伐隊が編成された。
やがて討伐隊はキャリバン一家の潜伏先へと出発したが、メルクの街に帰って来ることは二度となかった。
それ以来、エイオンはキャリバン一家を羨望の目で追い続けた。
彼らの噂を耳にすると、すぐさまその土地へ出向いて彼らの姿を探した。
そんな事を繰り返しているうちに、とうとう彼らと出会うことが出来た。
前線から程近い廃墟を彼らはアジトとしていた。
そこへ足を踏み入れたエイオンはもちろん殺されかけた。
しかし、結局はその度胸を認められ、一家に入る事を許されたのである。
夢にまで見たキャリバン一家への加入。
彼はそれまで以上にスリによる成果を挙げ、一家へと献上していった。
だがそうして、一家の信頼を獲得していくにつれて、エイオンは違和感を感じ始めていた。
キャリバン一家の頭目であるグリアの異常さに。
彼は構成員達を家族と呼び親しんでいる。
だがその反面、部下の失敗や裏切りには残酷なまでに容赦がない。
エイオンは一度だけ見たことがある。
グリアがヘマをした部下を躾けと称して拷問している姿を。
『俺だってこんなことはしたくないんだ……!!』そう言って涙ぐんだグリアの声と、その声とは正反対の悲痛な叫び声。
そんな声がエイオンの頭の中で忠実に再生された。
失敗は決して許されない……。
もし失敗すれば、死よりも恐ろしい苦痛が待っている。
そう思うと、恐怖で身がすくんだ。
(何としてもやり遂げなければならない。たとえ、誰かを殺してでも……!)
エイオンは片足に力を入れて上を見上げた。
エルフの隠れ里の加護の中心地、要石まであと数段。
エイオンの仕事は里を隠匿している加護を破り、ここに門を開く事。
そのための魔道具を渡され、足を折られた。
これで仕事がまっとうできる……。
そう、安堵したその時だった。
「よう。あんたも涼みに来たのかい?」
階段を上がった木の上に、浅黒い肌の男が座っていた。
その男、スミスはアザだらけの顔でニヤリと不敵な笑みをエイオンに向けた。
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