第25話 呪い②
雨がポツリ、ポツリと私の顔にかかった。
気がつくと私は、仰向けに倒れていた。
体が、うまく動かせない……。
レンは……? 王子とスミスさんは……?
視界が霞んでいる。
足に力が入らない。
あれは一体何だったのか?
とにかくここに居続けるのは危険だ。
早くこの場を立ち去らなくては。
だがそれでも、足が言うことを聞かない。
ピクリとも動こうとはしない。
「おい! 2人とも無事か!?」
「おーい!! レン! ルイス! くそ! 馬が逃げちまった!!」
王子とスミスさんの声が聞こえる。土煙越しに2人の姿が見える。
よかった……。
2人とも無事みたい……。あれ? レンは? レンは無事なの?
「僕は大丈夫! ルイス! ルイスは!?」
ああ。よかった……。
またどこかへ行ってしまうかと不安になったが、彼はちゃんと生きているようだ。
そして、私も自分の無事を伝えるために口を開いて声を上げようとした。
「ごほ。」
しかし声が出ることはなかった。
その代わりに出てきたのは、大量の血液。
「ルイス!!」
私の姿を見つけたレンが追いすがってくる。
「ルイス!! 早く治癒魔法だ!! 王子! スミス! こっちだ! 治癒魔法使える!?」
彼が慌てて2人を呼び、走ってやってくる。
「おい! 大丈夫か!?」
「これは……。診せてくれ!」
王子がそう言うと、私のお腹に手が触れる。
私はその手の先を見て愕然とした。
お腹には拳ほどの大穴が開いていた。
そして、その傷口を見て確信する。
「ごめん……。ダメみたい……」
私の手を強く握って泣いている彼に語りかける。
これではもう時間がない……。
そうだ……最後に伝えるべきことを伝えなきゃ……。
空から雨が降り出す。
少しずつ雨音が木々をこだまして、森が騒がしくなる。
「王子! どうなんですか!?」
レンは私の言葉は聞かないフリをして、王子を問い詰めるように言った。
「……っ、すまない。私程度の治療魔法では無理だ。だが、出来る限りやろう」
そういながらも、王子の手には緑の光が灯り、傷口を照らす。
私はそれを見てしっかりと覚悟を決める。
そして、反対の手を伸ばし、王子の手を取る。
「やめて……、大丈夫……。治療魔法なら……、自分でかけるわ……」
息絶え絶えになりながらも、私は王子に嘘をついた。
「ルイス……! 本当に大丈夫なの?」
レンが泣きそうな顔を私に向けてくる。
「大丈夫……。でも……歩けないから……貴方の背中に……」
大丈夫なんかじゃなかった。
この傷はほとんどが焼けてしまって塞ぐのに時間がかかり過ぎる。
どんなに高位の回復魔法をかけても、傷が塞がる前に大量出血で私は死ぬ。
そんな私にかまって、この場に留まっていては、追手と鉢合わせてしまう。
今はこの場を離れることが先決だ。
「……すまない……」
王子はそう言うと、俯きながら立ち上がった。
どうやら私の意図を汲んでくれたようだ。
「先を急ごう。少々遠いが、歩いて行ける距離にエルフ族の里がある! レン、君が奥方を運ぶんだ!」
「分かった! ルイス、頑張って! すぐに里で休めるから!」
「うん……」
彼の広い背中に背負われて、私は考えていた。
この残りわずかな時間に、さて何を伝えようか……。
◇
先ほどから降り始めた小雨はだんだんと強くなっていた。
風がない分強調された森の雨音と、湿り気のある足音が私の耳に入ってくる。
私は、背負ってくれているレンの肩に力なく首をもたげている。
そんな中、私の手は少しずつ感覚が無くなっている……。
もう時間がない。
まだ彼に伝えるべき事がある。
それは、これからの彼の人生にとってとても重要な事だ。
私は彼に背負われながら、か細い声で耳元で囁いた。
「ねえ……。ごはんちゃんと食べてね……」
「ルイス! 喋っちゃダメだ! 今は回復に集中して!」
レンはいつも食事には無頓着だった。
『食事なんて毎日肉だけか、無ければ2、3日は食べないでいい』って豪語していたっけ……。
そんな事を言いつつ、私の作った食事は美味しそうに食べてくれてた……。
違う違う……。
言いたいのはそう言う事じゃない。
私は纏まらない思考を締め直す。
今度は腕に力が入らなくなってきた。
「あんまり……人を……しんよう、し過ぎない……こと……」
「ルイス……! 分かったから……!」
レンのお陰で何度詐欺にあったことか……。
彼がトラブルを引き起こすたびに、私たちパーティーメンバーは苦労したものだ。
お説教の後のションボリとした背中が可愛かったなぁ……。
ああ、そうじゃない。
どう言ったらいいの?
私はまた言葉を探す。
目が段々と見えなくなってきた。
「それから……。おんなのこを……かんちがい、させないこと……」
「ルイスっ……! 頼むからもうやめてくれ!!」
街に入ると必ず女の子に惚れられて帰って来ていた。
宿に押しかけたその子達に何度刺されそうになったことか……。
それでも逆に私がナンパされてるとすぐに助けてくれたっけ。
ある時期からちゃんと嫉妬もしてくれるようになったし……。
もう………違うのに……。
私はレンが幸せならそれでいいのに……。
雨音が遠くなっていく。
「あなたが……けんこうで、えがお……なら、わたしも……しあわせよ。私のことはいいから、しあわせになって……」
「馬鹿なこと言うなよ! 大丈夫! ルイスはちゃんと治るから……頑張れ!」
戦って、傷ついて、死にかけて。
そんな彼の姿を見るたびに、見を引きちぎられそうな思いだった。
ローグとの仕合。
私は死にかけてる彼を見てることしか出来なかった。
あの時私は、彼がこれ以上苦しまずに済むのなら……と思ってしまった。
心が砕けてしまった……。
しかし、彼は立ち上がった……。
そして無事にここまで逃げてこれた。
彼がもうこれ以上苦しむ必要なんてない。
このまま、どこかで穏やかに暮らしてほしい……。
ようやく言えた……!
ええと、後は、後は……。
私はぼやけ始めた意識をなんとか保ちながら、他に言い忘れはないか考える。
考えながら、彼と過ごした日々がキラキラと輝きながら、私の目の前を通り過ぎていく。
それらを見ながら私は、死にたくないなぁ、と思ってしまった。
その瞬間、これだけは言わないようにと固く栓をしたはずだった想いが溢れ出す。
それだけはダメだ……。
この想いを言えば、彼の人生に暗い影を落とす事になる。
それだけは……絶対に……。
そんな私の理性でも、心に溢れた思いを止めることは出来なかった。
そしてとうとう、口からこぼれ出てしまう。
「それと……。それとね……!」
「ルイス……!」
「わたしの、ことを…………わすれないで……!」
ボロボロと涙が溢れる。
このまま彼に忘れられていくのは嫌だ……!
そんな自分勝手な感情が涙とともに流れ出てしまった。
この感情が、言葉が、残されるレンへの呪いとなると分かっていて……。
「ルイス……! 忘れるわけないだろ! 君を愛する気持ちは、記憶を失ってもなくさなかった!!」
「……うん……」
そうだ。
闘技場の牢屋で話したレンは間違いなく私の知っているレンだった。
それなら、何も不安になる事はないじゃない……。
レンがレンのままなら、私は彼の中で一生、生き続ける……。
「だから、そんな傷治して元気になって! そうだ! 傷が治ったらデートしよう……! だから……、お願いだから弱気にならないで!」
「……うん、そうだね……。ありがと……」
私はすっかり安心していた。
これで、逝くことができる。
そして私は、再び彼の耳元で囁いた。
「つかれちゃった……。ちょっとだけ……ねむる、ね……」
「ああ! 里に着いたらすぐに手当てするからね! 今はゆっくり休んで!」
そのまま、私の意識は暗い暗い闇の中へと落ちていった……。
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