第24話 呪い①
午後の日が雲で陰り、薄暗い天気になっている。
先ほど突然闘技場に現れた太陽は結果的に市民達の避難を促し、闘技場とその周辺には兵士の姿しか見当たらない。
レンと王子達が去った後の闘技場では、慌ただしく兵士達が集められていた。
ここを逃げた荷馬車を追って、数騎の騎馬が出て行ったが市場と街中で気絶しているのが見つかった。
遠見の兵によると既に南門を出た姿が確認されている。
ベルサック卿は市内に緊急招集をかけて動かせる兵をかき集めており、兵の用意が出来次第、荷馬車を追うよう指示を出していた。
そんな中、白く輝く鎧を身につけた騎士が、黒いドレスの美女と共に市内一高い塔に登っていた。
階段を上がるたびに風が強く吹き付ける。
空気の湿り具合からは間も無く雨になりそうな雰囲気である。
白い鎧の騎士ことガロード卿は未だ癒えていない鼻を抑えながら、憎々しい表情で階段に足をかける。
動くたびにレンに折られた鼻骨がうずく。
一方で、黒衣の美女ことアズドラは足は全く動かさず宙に浮きながらガロード卿の後ろについていく。
「本当にそんなことが出来るのか?」
ガロード卿は長い階段にイラつきながらアズドラに問う。
「先に言った通りだ。疑うのなら塔を降りればいい。
お前がいなくとも私が捕捉できればいい。後は下の兵達に任せるだけだ」
アズドラは興味もなさげに軽く答える。
「くっ! 足元を見やがって!」
「元々は貴様の失態が原因だろうに。慢心してさっさとトドメを刺さないからこうなる」
冷酷な口調だったがその事実は確かに騎士に責がある。
仕合開始すぐに、彼の得意とする魔法を使えばこんな事にはならなかっただろう。
だからこそ、ガロード卿にその言葉は響く。
「黙れ!! だからこうして俺がトドメを刺しに行くのだろうが!!」
「ついさっきまで、下でうな垂れてたくせに現金なやつだな」
アズドラはそう言って魔力の込められた宝石をいくつか取り出した。
騎士はドスンと最後の階段を踏むと腕に力を込める。
「さあ! 着いたぞ!!」
この塔は市内で最も高く、普段は物見の塔として警備兵に使用されている。
市内の南側の街全体を見渡せる高さにあり、望遠鏡を使えば南門の向こう側まで見る事ができた。
だが既にレン達は望遠鏡で確認できる範囲からは遠く離れている。
「準備はいいかしら?」
「ああ! 早くしてくれ!!」
イラつきながら騎士は催促する
それを聞いて、アズドラは宝石に込めた魔力を自身の手に集め、ガロード卿の両肩に置いた。
『アルぺウス様……我が眼に力を……追貫の魔眼』
アズドラがそう唱えると、周囲の魔力が騎士の両眼に集まる。
それに続いてガロード卿も祈りをささげる。
『女神アルペウスよ! 我が剣に光を!』
騎士の持つ細身の剣に光が満ちる。
その光は周囲の光も吸収し輝きを増していく。
ガロード卿は剣を後ろに構え、レン達の乗った荷馬車を探す。
彼とアズドラの視線は既に南門を超えて、遥か先を物凄いスピードで移動していた。
そして、ある場所で視線が止まる。
その先の砂道には比較的新しい馬と車輪の跡。
「これだ!!」
ガロード卿は握った剣に怒りを込める。
打ちのめされた時に地面から見上げたレンの姿を想起した。
それはまさに屈辱のイメージ。
その痕跡を追い続け、やがてレン達の乗る荷馬車の姿を捉えた。
そしてその中から顔を覗かせるレンの姿を。
「見つけたぞ!!」
「見つけたな。思ったよりも離れているようだが」
アズドラも同じ視線を共有しているのか、同じタイミングでそう言った。
「問題ない!! いくぞ!!」
ガロード卿は眩い光を纏った剣先をその標的に向ける。
『大いに輝け!! 大刺突の閃光!!!』
剣が高熱を発しながら輝きがさらに増す。
そして突き出された剣から光が放たれた。
その光は流星のように真っ直ぐと突き進む。
レンの心臓。
その場所目掛けて。
◇
私たちの乗る荷馬車は平坦な道を抜けて、上り坂に差し掛かっていた。
雲の色が濃くなっており、もうすぐ雨でも降りそうだ。
ここまで走り通しだった馬達も流石に疲れている。
レンのやつは、ここに来てさらに登り坂は馬達もキツいだろうと休憩を打診したが、王子にあっさり却下されたようだ。
「いつ追手が来るか分からない。この馬達と君の命。どっちが大事かね?」
「そうは言ってもこのままじゃあ、可愛そうですよ!」
「ふむ。言い換えようか。奥方の命と馬の命だ」
そう言って王子は荷台で休む私を指す。
奥方と言われてドキッとしたが、まあ、悪くない気分だ。
むしろ嬉しいかも……。
「うっ……」
レンは王子にそう言われて大人しく荷台に引っ込んだ。
「ばーーか」
俯くレンに私は言ってやった。
馬にまで同情するなんて、流石に甘すぎる。
「だって……、可愛そうじゃん」
王子の言ういい場所とはカブレス山脈の東側にあるらしい。
確かあのあたりには亜人の集落が点在している。
王子曰く、今日はその中でも王子が特に懇意にしている亜人の里にお邪魔するようだ。
傾斜になって結構登ってきた。
荷台の後ろから景色を見ると視線がやや高くなっている。
遠くには王都の小麦畑と街並みが見渡せた。
私が景色を眺めていると、レンが私の隣に見を乗り出してくる。
「うわー! もうあんなに小さいよ!」
「うん。結構遠くまで来たわね!」
「そうだ! 結婚式が楽しみだね!」
こいつはまた……。
私は照れながらも、レンの無邪気な笑顔で許してしまう。
「そーね」
「ああ! 素っ気ない!」
「十分喜んでるわよ……。実感がないだけ」
私がそう言うと御者席からスミスさんからかう。
「仲良いなお二人さん! チューはもうしたのか!?」
「そうだな、それも聞いておこうか。大事なことだ、うん」
王子もそれに便乗してこちらを向いた。
「何でそんなことまで教えなきゃいけないのよ!」
私は御者席へ声を投げかけながら、少しだけ懐かしくなっていた……。
レンと仲間達との冒険の旅もこうしてからかわれてたっけ……。
その度にレンは今のように屈託なく笑っていた。
本当に楽しい旅路だった。
またこんな感覚になれるとは思っていなかっただけに、少し涙目になってしまう。
その瞬間、ゾワりと鳥肌が立つ。
何か不吉なものに睨まれているような感覚。
3人は全く気がついていないらしく、まだ笑い合っている。
私は荷台の後ろから顔を出して周囲を警戒する。
「どうしたのルイス?」
レンが私の唐突な行動を心配したのか一緒に荷台から身を乗り出した。
「ちょっと待って。気を付け……」
私は外を警戒しながら、この不快な視線の気配を辿っていた。
そして、遠くに見える王都の方向で輝く粒のような光を見た。
そして、全く同じタイミングでレンも気が付いた。
「ん? 何だろ。あのひか……」
「……! だめ! レン!」
次の瞬間、白く輝く光の帯が、強烈な爆音と共に荷馬車を破壊した。
荷台は跡かたもあなく消滅し、それを貫通して地面に巨大に焼け焦げた穴を開けた。
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