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第20話 立ちはだかる盾

ベルサック卿。国内では1、2を争う実力者であり、国王の盾とも称される。正真正銘の騎士である。


今僕らと対峙している姿は以前あったときとは違い、灰色に輝く鎧、左手には抜身の剣、右手には、その体が隠れるほどの大楯を携えている。


臨戦態勢、完全装備。

あの強者は本気で僕らと戦う気だ……。


その威圧感に、また冷や汗が出る思いだった。


ゴクリと唾を飲み込む。

ビビってる場合じゃない、僕は自分を奮い立たせた。


「どいてください! 僕らはここを出ます!」

「それを許すと思うかね?」


その言葉の重さに、僕とルイスは戦慄する。


「まずいわ。あの騎士は魔王軍幹部にも匹敵するほどの騎士よ。今の私で勝てるかどうか……」

「ルイス……。勇者時代の僕を知っているなら分かるだろ。接近戦なら僕の方が上手だ。勝てるよ」


そう。

一部とはいえ、記憶を取り戻した僕には分かっていた。


この世界は魔法戦闘が発達しすぎて武術の概念がない。

近距離戦闘であれば僕の方が有利だ。


それは勇者時代の僕だって気がついたはず。

きっと、人明流の技を駆使して数々の困難を乗り切っていたに違いない。


「うん。レンなら勝てるって信じたいけど……。レンが勇者だった時にはあんな動き見たことないもの」

「え??」


僕はやや衝撃を受けた。

この世界を冒険した時に”人明流を使用してないのか? 


一瞬色々な疑問が脳裏をよぎったが、ベルサック卿に声をかけられ、思考を止める。


「もういいかね? 大人しく捕まってくれると助かるのだが」


その声で僕とルイスの緊張が高まる。


「大人しく殺されての間違いでしょ!」


ルイスがそう叫んだ。

ベルサック卿は眉を潜ませながら、


「……その通りだ……。すまないがこれは王命なのでな」

「やっぱり……! 何で王様がわざわざレンを殺したがってるのよ!」

「君達に答える筋合いはない」


ルイスの必死の声にベルサックは冷徹に応えた。


その声を聞いた瞬間。

僕はベルサックに向かって走りだした。


もはや問答している場合ではない。

この集団のトップであるベルサック卿が先頭にいる今しかチャンスはない。


不意を付いて彼を倒し、全体の士気を低下出来れば、脱出の可能性はかなり上がる!


僕は飛び上がり、足刀をベルサック卿の首目掛けて放つ。


だがベルサック卿も僕に反応する。

盾をどっしりと構えて僕の足を受け止めた。


僕はそのまま着地し構える。

ベルサック卿もまた、盾と剣を構え直した。


「「…………!」」


この一瞬のやりとりに遅れて、兵士たちとルイスが反応する。


「レン! あんまり突っ走らないでよ!」


ルイスはやや焦りながらそう言って、一枚のスクロールを取り出した。


『アルぺウス様……!我が手に力を……!』祈りを唱え、魔法を展開する。


すると、数本の巨大な炎の柱がルイスの周囲に立ち登った。


これに対して、ベルサック卿の背後に展開した兵士たちは、遠距離から火球やら電撃や水球をルイスへと放つ。


しかし、その火柱の火力は凄まじく、それらの魔法攻撃を意に介さない。


「無駄よ。これは魔法学士サリーのとっておきなんだから!」


ルイスはそう言うと、操るように手をかざした。

すると火柱が兵士たちの隊列に襲いかかり、蹂躙していく。

兵士たちの悲鳴が闘技場にこだまする。


それにベルサック卿が反応し、魔法を使おうと祈りを唱えかけるが、僕がそれをさせない。


少しでも彼の注意がそれれば、鎧の隙間を狙って攻撃を仕掛ける。

それらは尽く防御されてしまうがそれでいい。


ベルサック卿は防御するのに精一杯である。

この場で最も警戒するべき相手の行動を制限出来れば御の字だ。


僕はベルサック卿と攻防を続けながら、ルイスへ叫ぶ。


「いいぞルイス!! こんなすごい魔法を使えたのか!」

「サリーから借りた奥の手よ! 本物はこんなものじゃないんだから!」


魔法学者のサリー。

今はしっかりと顔を思い出せる、大切な僕の仲間の一人である。


そして今、その魔法が僕らをこの窮地から救い出そうとしてる。

『早く仲間達に会いたい』そんな思いを体に巡らせ、拳に力を込める。


「ふむ。君の攻撃はよく分かった。魔人領の竜人族が使う闘法とよく似ている……。だがこれ以上は付き合えきれないな」


不意にベルサック卿が呟き、盾の先で地面を軽くトンと叩いた。

すると、僕の足元の地面が光り始めた。


危険を感じ、その場から回避しようと地面を蹴って横へ跳ぶ。


その瞬間を見計らったように、ベルサック卿の盾が僕の体を空中へと跳ね上げる。


「!?」


インパクトの瞬間、ふわりと風のようなものを感じた。

そして、急激な突風が巻き起こり、僕の体を跳ね上げた。


ベルサック卿がどんどん小さくなり、やがては闘技場全体が見渡せるほどの高度に至った。

その高さ、ゆうに20メートルほどだろうか。


あまりに予想外で早い攻撃に僕の思考は一瞬止まり、焦り始める。


「やばい! やばい! やばい!」


ゆるり、と僕を押し上げていた風が収まり、落下が始まる。

僕は空中で慌てたが、受け身の体勢をとる。


(出来るかどうかは分からないが、これしかない!)


僕は力をなるべく抜いて覚悟した。

そして恐ろしい速度で地面が迫ってくる。


弛緩した足先が地面に接する。


落下の衝撃を足裏で吸収。

その後、膝、腰、背中、肩の順番で地面に接地し、勢いを殺しきるべく何回転も地面を転がった。


僕はそうして衝撃を分散した。多少の擦り傷はもらってしまったが……。


これは人明流の『円転受身』という受身技だが、一般的には『五点接地回転方』という自衛隊でも使われている着地法だ。


「痛っ〜!」


僕は回転しながら、その勢いで立ち上がった。

ベルサック卿は既にルイスへと目を向けている。


やはり何かする気だ。


彼と僕との距離は約6メートル。

(間に合うか!?) 


全力で地面を蹴る。


『アルぺウス様……我が風に力を!』


ベルサック卿が剣を掲げて祝詞を唱える。

ガロード卿の時と同じだ。


あの言葉を使うということは、ルイスがかなり危険だ。


ベルサック卿の周囲に緑色の光が集まり、闘技場に風が吹き荒れた。

そして、巻き上げられた砂埃が、その正体を可視化する。


目前に巨大な竜巻が発生し、兵士達は飛ばされまいと地面に踏ん張っている。

そのあまりの突風に僕も這いつくばる。


一方のルイスは炎柱全てを束ね、一本のさらに巨大な炎柱に変える。

その大きさはベレサック卿の召喚した竜巻と同等である。


そして、巨大な竜巻と炎柱がぶつかり合った。


やがては混じり合い、一本のさらに巨大な渦となって闘技場を揺らす。


まだ残っていた観客達は熱風に煽られながら、逃げ惑っている。


兵士も僕も、一歩たりとも動くことができなかった。

巨大な渦は、ルイスとベルサック卿の間をゆっくりと蠢いている。

両者とも、手足に力を目一杯込め、渦の主導権を握ろうとしているようだ。


「ルイスーー!! いっけーーー!!」


僕はそう叫ぶも、轟々とした風音に阻まれていた。


やがて、先に膝をついたのは……。

ルイスだった……。


主導権争いに勝利したベルサック卿は、天に掲げていた剣をルイスへ向ける。

すると渦は形をぐにゃりと曲げ、真上からルイスに襲いかかり、ルイスは渦に飲み込まれる。


(まずい!) 僕はそう思い、渦の中のルイスを注視する。


「ルイスーーー!!!」


僕の声は届かない。

しかし、薄く見える彼女の姿は膝をつきつつも、両手を掲げ続けている。


あの中でも何とか抵抗しているようだ。

彼女はまだ諦めていない、僕だって!


幸い、渦が形を変えた時に突風は先ほどよりも収まっていた。

僕は強風の中、再び走りだし、ベルサック卿に再び攻撃を仕掛ける。


その途中で彼も僕の存在に気がついたらしく、難なく盾で防御される。


ルイスへの魔法を緩めることはなかったが、ベルサック卿は心底驚いていた。


「まさかあれを受けて無事でいるのか……? 魔法は使えないはずでは?」


どうやら僕に風魔法を放った後は僕のことなど気にしていなかったようだ。


「ずっと思ってたけど、あなた達は人体を舐めすぎだ」


僕はそう言って、盾を構えた騎士の膝目掛けて拳を放つ。

しかし、簡単に大盾でかわされる。


大盾の弱点である死角を狙った膝破壊の攻撃だった。


(なんて視野が広いんだ!)


一方のベルサック卿も驚いている。

「何という拳の硬さ……! 私の盾は最高の金属と魔法で加工されたものだ……! 

だが先ほどから何度も叩いているにも関わらず、君の手には傷一つ付いていない」


僕は側面を叩こうと激しくステップを踏むが、その度に盾が僕へと向けられる。

そのあまりに正確な動作は僕の攻撃を完全に無効化していた。


幾度となく盾と鎧の隙間を狙って蹴りや突きを放つも、尽く盾でかわされる。

そのあまりの硬さ、無条理さにベルサック卿が巨大な崖にも見える。


それでも僕は、その崖を必死に叩き続けた。


叩き続けながらも『武人』という言葉が脳裏を過ぎる。

彼はこの世界で最も武術の概念に近い存在かもしれない。


そう感じさせるの巧みさがベルサック卿の盾捌きに表れていた。


しかし、一方のベルサック卿も今は防御しか出来ない。

少しでも魔法を緩めれば、炎風の渦に閉じ込めているルイスが復活してくる。


かといって、僕に油断すれば手痛い一撃を喰らってしまう。

僕らは膠着状態に陥っていた。もはや集中力との勝負である。






「そこまでだ、ベルサック」


突然、客席方向から女の声が響いた。


攻防の手が止まり、僕とベルサック卿はお互いに客席を見上げた。

そこには、黒いドレスに、黒いベールで顔を覆われた女性が宙に浮いていた。


「お前は……!」


ベルサック卿は驚愕を露わにした。

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