第87話 第6位
魔女の目の前で爆ぜたサリーの新魔法。
それは打撃とも斬撃をごちゃ混ぜにしながら、魔女の全身を襲う。
「グアああアア嗚呼アアあああ!!!!!!!!」
皮膚に、血管に、内臓に、ありとあらゆる衝撃が駆け抜ける。
その壮絶なる痛みは、魔女の意識を魔力から完全に遮断した。
魔女の明晰な脳でさえ、全身を覆った激痛には、”思考の遮断”という方法でしか対応できなかったのだ。
結果として、魔女は落ちた。
遥か上空から真っ逆さまに。
同時にサリーもまた限界を迎えた。
本来ならば浮遊を続けるだけの魔力は辛うじて残っている。
しかし、新魔法は高度な魔力操作と演算を要求する。発動のために消費する魔力は軽微とはいえ、脳の出力は激しく摩耗していた。
「あーーーー」
ゆるりと、サリーの落下も始まった。
すっかり疲れ切った彼女の口から出た言葉は、成し遂げた喜びでも、無情な復讐への悲しみでもなかった。
「甘い物食べたーーい!!!!!!!!!」
糖分。
差し当たって彼女に必要なのは、それだけだった。
◇
大の字になってザグラムの大空を見つめる。
雲一つない澄み切った青色が、サリーの瞳に反射する。
上空からの着地は酷く乱雑だったが、消耗しきった彼女にはそれが限界だった。
寝そべるサリーのすぐ近くには、深紅の魔女アズドラも倒れ伏している。
動く気配は全くない。
横目でそれを確認すると、唐突な気怠さが襲ってくる。
「は、はは……やばいわ。このまま寝ちゃいそう……」
一人の乙女としては、地べたで就寝するなどあってはならない(野宿だろうと)。
彼女は緩みきった体を奮い立たせ、意地でも立とうと、魔杖を握り締めた。
だがその時、彼女の横で異変が起こる。
「ーー!!」
咄嗟に魔杖を構え直し、足を踏ん張る。
既に限界を迎えつつあった彼女には、立ち上がる事すら苦労する。
そんな状態でも、今立たなければならない理由が、目の前にあった。
「なんてしつこい……!」
そう吐き捨てたサリーの眼前に、魔女アズドラが立ち塞がっていた。
膨大な魔力を携えて。
「起きたか。しかし相応に疲弊してるようじゃの」
冷徹な声だった。
研ぎ澄まされた刃物のような殺気が、サリーの全身に悪寒を走らせる。
「まあね。そういうアンタは何? 随分と元気そうじゃない?」
無理矢理にでも飄々と言ってのけたが、今この状況は、サリーにとっては不可解この上ない。
アズドラは散々空中戦を演じ、最大火力魔法”太陽の儀式”まで使っている。
魔女とはいえど、相当に魔力をすり減らしたはず。
にも関わらず、今目の前で立ち込める魔力は、膨大。
明らかに戦闘前よりも膨れ上がり、先の戦闘で負った傷は塞がっていた。
サリーの疑問はたった一つ。
(一体どこからこんな魔力を引っ張ってきた……?)
「サリーよ。お前はワシが考えた以上の才覚を持っておるようじゃ。故に、侮った」
暗い視線がサリーへ向く。
それは、これまでの家畜でも見るような瞳ではなく。
まさしく競い合う敵対者を見るそれである。
「これまでが本気じゃなかったとでも言いたげね」
「その表現は半分当たりじゃ。最初からもっと貴様を警戒しておれば、この”術式”を起動せずに済んだというのに」
魔女が言った”術式”の正体。
話しながらも観察を続けていたサリーは、魔力の流れが全て地表から魔女へと移ろっている事に気が付いた。
そして、彼女の脳裏に一つの仮説が浮かぶ。
「地下迷宮か……!」
「おや、もう解ってしまったか」
◇
同時刻、サリーとアズドラの真下に位置する地下迷宮。
空洞の中は、亡者達の吐息が反響している。
汚臭を撒き散らしながらも、一体の亡者が大の字に横たわった。
それに釣られるように、一体、また一体と迷宮の通路に整然と並んで寝そべる。
やがてその連鎖が数百に達しようとした時、迷宮は静まり返った。
彼らは生気のないままに、まるで愛し合うように互いに手を繋ぎ合った。
◇
ザグラム地下に深く巡った地下迷宮。
過去、凶悪なリッチーの発生によって魔法都市は混乱に陥った。
しかし、勇者レンの手によって討伐。
以降は厳重な管理の下、地下に蠢く亡者とごと、魔法都市上層部によって封印されている。
無論そこには、魔女アズドラも含まれる。
「魔力吸収術式、起動」
そう唱え、アズドラは指先から一滴の血を垂らす。
ポタリと地面に落ちた瞬間、サリーは大地が歪むような感覚を覚えた。
「!?」
フラつく足では踏ん張り切れず、サリーは思わず地面に手を着いた。
すると途端に強烈な悪寒が襲う。
地面に着いた手を媒介に、魔力がジワジワと奪い取られる感覚だった。
咄嗟に手を離し、そして彼女は全てを理解した。
「地下迷宮に術式を仕込んだわね。それもとびっきり厄介な」
呼吸を荒げながらも、サリーは敵を睨みつける。
魔女は微動だにせず、しかして魔力はさらに膨れ上がる。
「ああそうとも。貴様さえ来なければ、こんな中途半端なまま起動せずに済んだのじゃがな」
(中途半端って……この魔力吸収が術式効果なら、本来はもっと早く吸収するってことかしら?)
サリーは考える。
この術式の本来の使用用途を。
そして、思い至る。
「……まさか、ザグラムを滅ぼすつもり!?」
その結論に、魔女は不気味な笑みで返した。
「サリー。手負であろうと、貴様だけはもう侮らん」
魔女アズドラから発する魔力が、今後はドス黒い煙となって渦を巻く。
さながら暗黒の竜巻のように魔女を覆い、ベキベキという音と、風圧の轟音が響く。
やがて風が止み、サリーの眼前に怪物が現れる。
正真正銘。
人類を苦しめる仇敵がそこには居た。
「何よ……その姿……」
驚きを隠せず呟くサリー。
今、彼女の目の前には、とぐろを巻く光沢のある鱗。
そして頭上に輝くのは、黄色く鋭い二つの瞳。
「あんた……魔人……だったの?」
呆然とするサリー。
それを見下すのは、アズドラそのもの。しかし、瞳はまさに異形の怪物”バジリスク”。
「どちらでもないさ。人間でも、魔人でも。しかし今日からは違う。ワシは、ワシこそが!!」
黒衣のドレスを破り捨て、身体中を鱗で満たす。
人間の頭部はそのままに、怪物は高らかに叫ぶ。
「魔王継承権第6位!! ルーン・バジリスクのアズドラじゃ!!!!!」




