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第87話 第6位


 魔女の目の前で爆ぜたサリーの新魔法。

 それは打撃とも斬撃をごちゃ混ぜにしながら、魔女の全身を襲う。


 「グアああアア嗚呼アアあああ!!!!!!!!」


 皮膚に、血管に、内臓に、ありとあらゆる衝撃が駆け抜ける。

 その壮絶なる痛みは、魔女の意識を魔力から完全に遮断した。

 魔女の明晰な脳でさえ、全身を覆った激痛には、”思考の遮断”という方法でしか対応できなかったのだ。


 結果として、魔女は落ちた。

 遥か上空から真っ逆さまに。

 同時にサリーもまた限界を迎えた。

 本来ならば浮遊を続けるだけの魔力は辛うじて残っている。

 しかし、新魔法は高度な魔力操作と演算を要求する。発動のために消費する魔力は軽微とはいえ、脳の出力は激しく摩耗していた。


 「あーーーー」


 ゆるりと、サリーの落下も始まった。

 すっかり疲れ切った彼女の口から出た言葉は、成し遂げた喜びでも、無情な復讐への悲しみでもなかった。


 「甘い物食べたーーい!!!!!!!!!」


 糖分。

 差し当たって彼女に必要なのは、それだけだった。



 大の字になってザグラムの大空を見つめる。

 雲一つない澄み切った青色が、サリーの瞳に反射する。

 

 上空からの着地は酷く乱雑だったが、消耗しきった彼女にはそれが限界だった。

 寝そべるサリーのすぐ近くには、深紅の魔女アズドラも倒れ伏している。

 動く気配は全くない。


 横目でそれを確認すると、唐突な気怠さが襲ってくる。


 「は、はは……やばいわ。このまま寝ちゃいそう……」


 一人の乙女としては、地べたで就寝するなどあってはならない(野宿だろうと)。

 彼女は緩みきった体を奮い立たせ、意地でも立とうと、魔杖を握り締めた。


 だがその時、彼女の横で異変が起こる。


 「ーー!!」


 咄嗟に魔杖を構え直し、足を踏ん張る。

 

 既に限界を迎えつつあった彼女には、立ち上がる事すら苦労する。

 そんな状態でも、今立たなければならない理由が、目の前にあった。

 

 「なんてしつこい……!」


 そう吐き捨てたサリーの眼前に、魔女アズドラが立ち塞がっていた。

 膨大な魔力を携えて。


 「起きたか。しかし相応に疲弊してるようじゃの」


 冷徹な声だった。

 研ぎ澄まされた刃物のような殺気が、サリーの全身に悪寒を走らせる。


 「まあね。そういうアンタは何? 随分と元気そうじゃない?」


 無理矢理にでも飄々と言ってのけたが、今この状況は、サリーにとっては不可解この上ない。


 アズドラは散々空中戦を演じ、最大火力魔法”太陽の儀式”まで使っている。

 魔女とはいえど、相当に魔力をすり減らしたはず。


 にも関わらず、今目の前で立ち込める魔力は、膨大。

 明らかに戦闘前よりも膨れ上がり、先の戦闘で負った傷は塞がっていた。

 

 サリーの疑問はたった一つ。

 (一体どこからこんな魔力を引っ張ってきた……?)


 「サリーよ。お前はワシが考えた以上の才覚を持っておるようじゃ。故に、侮った」


 暗い視線がサリーへ向く。

 それは、これまでの家畜でも見るような瞳ではなく。

 まさしく競い合う敵対者を見るそれである。


 「これまでが本気じゃなかったとでも言いたげね」

 「その表現は半分当たりじゃ。最初からもっと貴様を警戒しておれば、この”術式”を起動せずに済んだというのに」


 魔女が言った”術式”の正体。

 話しながらも観察を続けていたサリーは、魔力の流れが全て地表から魔女へと移ろっている事に気が付いた。

 そして、彼女の脳裏に一つの仮説が浮かぶ。


 「地下迷宮か……!」

 「おや、もう解ってしまったか」



 同時刻、サリーとアズドラの真下に位置する地下迷宮。


 空洞の中は、亡者達の吐息が反響している。

 汚臭を撒き散らしながらも、一体の亡者が大の字に横たわった。

 それに釣られるように、一体、また一体と迷宮の通路に整然と並んで寝そべる。


 やがてその連鎖が数百に達しようとした時、迷宮は静まり返った。

 

 彼らは生気のないままに、まるで愛し合うように互いに手を繋ぎ合った。 



 ザグラム地下に深く巡った地下迷宮。

 過去、凶悪なリッチーの発生によって魔法都市は混乱に陥った。

 しかし、勇者レンの手によって討伐。

 以降は厳重な管理の下、地下に蠢く亡者とごと、魔法都市上層部によって封印されている。

 無論そこには、魔女アズドラも含まれる。


 「魔力吸収術式、起動」


 そう唱え、アズドラは指先から一滴の血を垂らす。

 ポタリと地面に落ちた瞬間、サリーは大地が歪むような感覚を覚えた。


 「!?」


 フラつく足では踏ん張り切れず、サリーは思わず地面に手を着いた。

 すると途端に強烈な悪寒が襲う。

 地面に着いた手を媒介に、魔力がジワジワと奪い取られる感覚だった。

 咄嗟に手を離し、そして彼女は全てを理解した。


 「地下迷宮に術式を仕込んだわね。それもとびっきり厄介な」

 

 呼吸を荒げながらも、サリーは敵を睨みつける。

 魔女は微動だにせず、しかして魔力はさらに膨れ上がる。

 

 「ああそうとも。貴様さえ来なければ、こんな中途半端なまま起動せずに済んだのじゃがな」

 

 (中途半端って……この魔力吸収が術式効果なら、本来はもっと早く吸収するってことかしら?)


 サリーは考える。

 この術式の本来の使用用途を。

 そして、思い至る。


 「……まさか、ザグラムを滅ぼすつもり!?」


 その結論に、魔女は不気味な笑みで返した。


 「サリー。手負であろうと、貴様だけはもう侮らん」


 魔女アズドラから発する魔力が、今後はドス黒い煙となって渦を巻く。

 さながら暗黒の竜巻のように魔女を覆い、ベキベキという音と、風圧の轟音が響く。


 やがて風が止み、サリーの眼前に怪物が現れる。

 正真正銘。

 人類を苦しめる仇敵がそこには居た。


 「何よ……その姿……」

 

 驚きを隠せず呟くサリー。


 今、彼女の目の前には、とぐろを巻く光沢のある鱗。

 そして頭上に輝くのは、黄色く鋭い二つの瞳。


 「あんた……魔人……だったの?」


 呆然とするサリー。

 それを見下すのは、アズドラそのもの。しかし、瞳はまさに異形の怪物”バジリスク”。


 「どちらでもないさ。人間でも、魔人でも。しかし今日からは違う。ワシは、ワシこそが!!」


 黒衣のドレスを破り捨て、身体中を鱗で満たす。

 人間の頭部はそのままに、怪物は高らかに叫ぶ。


 「魔王継承権第6位!! ルーン・バジリスクのアズドラじゃ!!!!!」


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