第86話 魔女になる
「がはァァァァーー!!」
激痛に全身を捻り、絶叫と共に溢れる血液。
槍は彼女の体を貫通し、背からは穂先が生えている。
その色は元の朱色か、魔女の血か、もはや判別出来ない程に真っ赤に染まっている。
「サリィィィーー!!!!!」
恨みがましく叫んだ端から血が飛び散る。
「そんなに叫ばなくても、聞こえてるわよ」
眼前には、宙を漂うサリーがあった。
今、魔女の思考は、痛みよりも宿敵へと変じた魔法学士へ向いていた。
魔女は誰よりも恐れていたはずだった……この天才の更なる覚醒を。
自分の油断か、慢心か。
その要因は、アズドラには一生分かり得ない。
仲間や信頼とは無縁だった、孤独な天才、魔女アズドラには辿り着かない境地。
「アズドラ。アンタには散々酷い目に合わされたし、唯一無二の親友まで殺されたわ」
サリーは人差し指をピンと立て、魔力を収縮する。
指先に集まった魔力は小さな球となる。
途端、アズドラの額にどろりと冷えた汗が滲み出る。
「でも、敢えて感謝するわ。ありがとう。アンタのお陰で、確信できた」
「サリー、やめろ、その魔法は……‼︎」
指先で展開した魔法。
それは神秘的な輝きを放ちながら、回転を始める。
「私は魔女になれる。これがその証明よ。受け取りなさい」
一言と共に放つ斬光。
この世界に新たな魔法が生まれ落ちた瞬間でもあった。
◇
商業都市メルクで行ったレンの講義。
そこで鮮烈にサリーの興味を引いたのは、人明流二代口伝、穿打の技法であった。
レンは解説した。「衝撃は、二種類ある」と。
講義を聞きに来た生徒はそれなりに多く、軽い人集りができている。
サリーは、その後方の塀の上から、観察するようにレンの言葉を聞いていた。
「一つは、外側に走る衝撃。これは叩けば誰でも出せる」
そういうと、レンは五つ積み重ねた煉瓦へ、軽く手刀を放つ。
ーーバリン!!
高く鈍い音をたて、一番上の煉瓦が割れる。
「では二つ目。これはもうお分かりでしょう。外側の衝撃の反対。内部へ浸透する衝撃です」
再びレンは、手刀を放つ。
バキ!!
鈍い音が鳴るも、一段目は割れていない。
割れたのは、上から三つ目の煉瓦だけだった。
「おおおおお!!」観衆は、先程以上にどよめいた。
続けてレンは言った。
「衝撃を内部へ浸透させるには、標的の内部を感じ取る事、そして自分自身の内部を理解する事が重要です」
そう言うと、レンは大きく手を開き、目の前で合わせて見せる。
「握手は、もう片方の手が無ければ成立しません。内部へ浸透する力も同じです。内部への衝撃は、皆さんの内側でしか創造出来ない。だからこそ、鍛錬によって感覚を研ぎ澄ませ、出力するための練習をするんです」
レンの現代的な説明は、サリーでも明確に理解出来なかった。
しかし、絶体絶命の瞬間に思い浮かんだのは、レンこの言葉と技。
穿打の技法を、感覚とセンスのみで、魔法の世界へと落とし込んだ。
結果、生まれた新たな魔法。
対”太陽の儀式”魔法とも呼ぶべきそれは、術式の核を貫く為だけに特化した、内部浸透の術式である。
後に、サリーによって命名されたこの魔法。
その名も”洛陽の朱槍”。
これによって、アズドラの放った”太陽の儀式”は完全に破壊され、捧げた膨大な魔力は露と消えた。
だが、サリーは止まらない。
危機を乗り越え、魔法使いとして大きな進化を遂げた今の彼女に、不可能など存在しない。
「私は、魔女になる」
その言に、さらなる新魔法を解き放つ。
外側へ走る力と、内側へ浸透する力。これらを纏めて琴線のように繊細な挙動で圧縮。
光と影を混ぜ合わせるに等しい、まさに神業である。
故に、そこから生まれる爆発力は、絶大。
魔力切れにより辛うじて浮遊できているだけの魔女には、防御も回避もなく。
ただただ、サリーの偉業に見惚れるしかなかった。
「ーー‼︎」
魔女が気がついた時には既に遅く。
臨界に達した球が炸裂した。
時間が空いてしまい、申し訳ない!
お久しぶりの投稿です!
ゆっくりですが、続きを書いていくのでどうぞ、よろしく!




