第84話 サリーの過去②
研究職の人間を戦場へ送るなど、異例中の異例。
というよりも、無謀であった。
魔法と術式研究に心血を注ぐ研究者は、戦闘用の術式運用を想定していない。
私が習得した大規模魔法”太陽の儀式”も、所詮は研究の一環だ。
実際の戦闘で使おうにも詠唱時間が長く、魔力消耗が激しすぎる。
対応力が必要な四人パーティーでの運用など不可能だ。
私は魔女の意図を理解した。
『戦場で死んでこい』そう言っているのだ。
一介の魔法学士である私が王命に逆らえるはずもなく、追い出されるようにザグラムを出た。
人生二回目の追放だった。
そうして、王都から始まった魔王討伐の旅路。
当然、私にやる気なんて出るはずが無い。
道中を共に過ごす連中なんて、最悪だと思った。
ヘラヘラした優男、無駄に暑苦しい不男、妙に馴れ馴れしい女。
旅の最中の泥臭い戦いや、硬い地面での野宿、
ましてコイツら、魔法のど素人だ。
私がサポートしなければすぐに死んでしまう。
必死になって戦闘用の術式へ調整した。
今日も四人で生きるために。
その度に消費する魔力と時間。
旅なんてしてなければ、どれだけ有意義な研究ができた事か。
そんな私の癇癪の所為で、迷惑をかけることも、困らせることも、たくさんあった。
その度にする表情には見覚えがある。
私の両親や学園の妬み屋達、魔女アズドラはいつだってそういう表情を私に向けていた。
しかし連中、いえ、仲間達は、私を廃するような事はしなかった。
怒ってくれたのだ。
お婆ちゃんがそうしたように。
◇
「サリー。もし私に何かあったら、貴方がレンの居場所になってあげて」
王都の闘技場に捕らえられたレンを救いに闘技場へ向かう直前。
薄暗い隠れ家で、ルイスはそんな事を言った。
「あら、随分弱気ね。いつもの勇猛果敢なルイスはどこに行ったのかしら」
私の憎まれ口に、彼女は薄くはにかんだ。
しかし、すぐに真剣な顔つきになると、真っ直ぐに私を見据えてくる。
「サリーお願いよ」
「……言われなくても分かってるわ」
向けられた視線に、私も目で応える。
レンが捕らえられた闘技場は非常に危険な場所だ。
王子が宿泊しているせいか、普段よりも警備が厳重な上、不運にも騎士団まで訓練に来ている。
レンを助け出すにはそれら全てを掻い潜らなければならない。
私達二人で議論を重ねた結果、ルイス一人で密かに潜入する事となった。
何度もついて行くと言ったが、ルイスは聞き入れなかった。
「脱出後は農業都市に逃げるんだから、サリーはその準備担当!」と、そんな役割をあてがったルイスだったが、魂胆は見え見えだった。
この娘は生きていて欲しいのだ。レンにも、私にも、ミルコにも。
たとえ自分の命を投げ打ったとしても。
『レンの居場所になれ』なんて遺言のように言ったのがその証拠だ。
絡ませた視線を切り、私は深くため息を吐いた。
「どこまでも我儘な女ね、アンタ」
「む、サリーに言われたくないかも」
これから命懸けの舞台に赴く身でありながら、ルイスの表情には一切の陰りはない。
普段と変わらない、陽光のように明るい少女がそこに居た。
「じゃあ、行くね」
そう言って振り返った背中は、酷く寂しそうに見えた。
「……待って」
「何?」
呼び止めたルイスは振り返る。
「アンタがお願いしなくたって、いつだってレンの居場所になってあげる。でもね、レンにとって、私やミルコにとっても、ルイスは一人しか居ないのよ。それだけは忘れないで」
少し顔を逸らしながら、私は言った。
「そっか、そうだね……」
そっと呟くと、ルイスも頬を染めながら笑ってみせる。
「約束するよ、必ず帰ってくる。だから、サリーも約束して。必ずまた生きて会うって」
そう言って、ルイスは隠れ家を出て行った。
だが結局、約束は果たされなかった。
どうしてあの時、意地でもついて行かなかったのか。
もし私が側についていれば、彼女は死なずに済んだ。
間違いなく、ルイスを失った一因は私にもあるのだ。
しかしレンは、傷ついた心のまま旅を続けている。
なら、私に出来る事はただ一つ。
ルイスとの約束を守り続けることだけだ。
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