第80話 姐さん
十数分前、リース達の頭に奇怪な声が響いた。
『アルド王子と元勇者よ。ウルド王子は無事じゃ、礼拝堂で保護しておる。だが待つのは嫌いじゃ、あと十分で来なければ、預かり物は破棄するのでそのつもりで』
礼拝堂で荒事が起こる。
どう考えても、そんな予感しかしない。
学園では誰もが魔女アズドラの苛烈さを知っている。
だからこそ、この念話は生徒への警告としても効果的であった。
だがここ数日、レンと触れ合ったリース達には、一抹の不安が過った。
逃亡中の元勇者と同じ名前の生徒、レン。
魔女の奇怪な警告が気に掛かって仕方がない。
自然と彼らの足は礼拝堂へ向いていた。
レン達が礼拝堂に到着してから遅れること数分。
リース達がこっそりと覗き込んだ先にあったのは、魔女に剣を突きつけられているノエルの姿だった。
さらには、女神像に磔になったウルド王子、蛇に拘束されたスミス、血だらけの床と騎士、脚から血を流すレン。
礼拝堂は、もはや戦場と言ってもいい場所に成り果てていた。
そのまま殴り込もうとしたメラルを、リースは宥めた。
相手は魔女。無策では太刀打ちできない。
早急に戦略を講じ、隙を伺った。
彼女らにとっても大きな危険を伴っていたが、クレアにも、リースにも、礼拝堂の惨事を見過ごせなかった。
◇
そして現在、礼拝堂の屋上テラス。
白髪の少女リースは、ゆっくりと蠢く魔女の魔力に目を見張った。
本人の姿は建物の影に隠れて見えないが、天高く立ち昇った魔力がその存在を報せている。
じわりと、冷たい汗が額に浮き出る。
「……魔女、メラル!!!! 魔女が来るわよ!!!!」
リースがその場で叫ぶと、「おう、すぐに行く!!!!! リースは屋上で隠れてろ!!!」とメラルの声。
彼は闘う気だ。
声の威勢だけでも闘志が伝わって来る。
そして再び立ち昇った魔力を見る。
その禍々しさ、その脅威、その圧倒的な魔力量。
戦闘など、どう考えても自殺行為だった。
「ああ、もう!! あのバカ!!」
メラルを止めようと、テラスから飛び降りようとした時だった。
「貴方がリースね」
力強い少女の声が聞こえた。
リースの目の前に、魔杖に乗った白いローブが現れる。
「……え?」
その少女から淡く溢れた魔力は、陽光のようにリースを包み込んだ。
「メラルなら大丈夫よ。大人しくするよう言い含めておいたわ」
「……ありがとうございます? あの、もしかして貴方が姐さん??」
思わずそう尋ねると、少女は少し頬を赤らめた。
「そう呼んでるのはアイツだけよ。サリーって呼んで頂戴」
「は、はい。でも、メラルの子分達にもそう呼ばれてましたよ」
「……そう、連中には後で話しておこうかしら……」
少しだけ殺気だったが、サリーは魔女の脅威へ向かい直す。
「魔女は任せなさい。貴方達はここで待ってて。多分、下手に逃げるより安全よ」
それだけ言うと、サリーは飛び去っていった。
白いローブがはためく背中。
圧倒的な脅威へ向かったその後ろ姿は、まさしく英雄のそれであった。
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