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第19話 作戦変更


誰かが拍手をしていた。

図らずもその拍手は自然と周囲の観客にも伝播し、闘技場全体に浸透するほどの波になった。


その拍手の意味を僕は分かっていた。

そこに込められた願いは決して僕の生還ではなく、間違いなく次なる仕合への期待である。


「はぁ、はぁ、もうごめんだよ!!」


観客には聞こえないだろうが一応そう言っておく。


先ほどの王の檄など忘れて、観客たちは夢中に手を叩いていた。

王の護衛兵が鳴らしている鐘の音すら飲み込んでしまっている。


鳴り止まない拍手の中、僕はルイスの元へ走っていた。


「ルイス! 大丈夫!?」


倒れるルイスをそっと抱き寄せる。


「うん……。生きてるよ」


目に涙を溜めながらもルイスがはにかむ。

本当によかった。


彼女が笑顔になるだけで僕の疲れは吹き飛ぶような気がした。


「勝ったね……! やったね……!」


ルイスは感涙に咽びながら、僕の首に手を回した。


ずっと排水溝からしか聞けなかった声が近くにある。

彼女が確かに、ここにいる。


その事実だけで僕は満足だった。

僕は嬉し涙で濡れた彼女の頬にそっと手を触れた。


「ルイス。いつも助けに来てくれてありがとう」


僕がそう言うと、ルイスは抱擁を解いて僕の顔を見つめる。


「ううん。もしかして全部思い出したの?」

「うーん……多分ほんの一部だけどね。少なくとも……旅立ちの日の君の笑顔は思い出した。僕にとっては一番大切な記憶だ」


そう言うと、ルイスはほのかに顔を赤くして目を丸くする。


「もう! 今はいいから! そういうの!」

「じゃあ、後でね!」


そう言うと、ルイスはさらに赤くなった。



僕の勝利から数十分後。

仕合終了の鐘が鳴らされ、観客達は兵士達に促されてほとんどが席を立った。


今の客席はすっかり閑散としている。

しかし、僕とルイスは未だに闘技場内に取り残されている。

入場ゲートの鉄格子が開かないためだ。


ただ、その間にルイスは傷の治癒に専念し、ある程度動き回る程度には回復した。

傷口は何とか塞がったらしいが、それは応急処置程度のようで、しばらく、“羽“という飛行魔法は使えないらしい。


「作戦変更よ」


ルイスは立ち上がり、傷の具合を確認しながらそう言った。

「こうなったら強行突破よ。もう、堂々と門から出てやりましょう。

この状況を見るに、もうすぐ兵士が私たちを捕縛するためにここへ入ってくるわ」

「うん、今の僕なら大丈夫。足手纏いにはならないと思う」


僕らは短い作戦会議をして、迎えの到着を待った。

そうしなければあの鉄格子は開かない。



やがて前後の鉄格子が開かれ、十数人の兵士がそれぞれの入場ゲートから入ってくる。

僕とルイスはお互いに背中を預け合い、逃げずにその場で彼らを迎え撃つ。


これが、ルイスが提案した作戦。

『下手に動かず正面突破作戦』である。


警備兵の配備はこの闘技場全体に広がっており、それら全員をこの場所集めるにはある程度時間がかかる。

そこで、僕らを捕まえに来た連中だけを即座に倒し、そこから真っ直ぐ外へ逃げると言うものだ。


空から出られないのであれば、もはや正面しかない。

シンプル過ぎる作戦だ……。

作戦……?


「もはや作戦じゃないけど、これしかないね!」

「うっさい! 策があるだけありがたいと思いなさい!」


いや、だから策にもなってないって、と思ったが黙っておいた。


前後のゲートから入ってきた兵士たちは円形になって僕らを取り囲み、じわじわと距離を詰めてくる。


そして、そのうちの2名が『チェイン』唱えると、光を纏った鎖がその手に現れた。


「ルイス。あの鎖には気を付けて」


そう言うと、ルイスは一瞬真顔になったが、不敵な笑みを返す。


「私達がどんな冒険をしてきたかまだ思い出せてないみたいね。

こんな傷を負わなければそこに倒れてる騎士より強いんだからね!」


ルイスはそう言って、仰向けに倒れているガロード卿を指した。


「そうか……そうだよね! じゃあ後ろは安心だ!」


僕がそう言った瞬間、僕の前方にいる鎖を持った兵士が手をこちらへ突き出してくる。

すると、白く輝く鎖が生き物のように僕に絡み付こうと飛びかかってきた。


それが戦闘開始の合図だった。


僕は空中に飛び上がり、襲いかかる鎖を躱す。

そして、鎖の根元にいる兵士の顔面に足刀を叩き込む。


『飛び足刀蹴り』人明流の技の一つである。


足刀をもろに喰らった兵士は後ろ向きに倒れ、僕はその手前に着地した。


必然的にその左右にいた兵士に挟まれる。

そして、間髪入れずに左右の兵士が僕に斬りかかる。


僕は、右方から迫る兵士の足元へ向けて滑りこむように、身を低く低く屈めて体を当てる。


兵士はバランスを崩して前方へ転んだ。

どうやら顔面から着地したようで、そのまま動かなくなった。


これもまた『底石流』という人明流の技である。


僕の動きに恐れたのか、兵士たちは剣を構えながらこちらの様子を伺った。

僕はその隙にちらりとルイスの方へ目を動かし、言った。


「僕の方は、あと3人。ルイスは……!?」


傷を庇いながら苦戦しているようだった。

しかし、既に足元には3人の兵士が倒れ伏している。


「私なら大丈夫!」


それだけ言うと彼女は腰から刃まで真っ黒なナイフを3本取り出し、彼女を囲んでいた残り3人の兵士の影へ投げ刺した。

すると兵士の動きが石像のように固まった。


(何だあれ?)


僕はそこまで見ていたが、前方の兵士が襲いかかってきたので目を切って、目の前の危機に専念する。


襲いかかってきた兵士の剣には電気のような光が走っており、触るだけでも危険だと分かる。

兵士は僕を両断せんとばかりに、その雷光の剣を振り下ろす。


僕はその振り下ろしに合わせるように、右足を上げる。


そして僕は、右足刀を兵士の小手へと軽く当て、足で半円を描くように時計回りに力を流す。

すると、剣を振り下ろす力はあらぬ方向へと流され、兵士の体が崩れた。


崩れた瞬間、右足をひるがえし、前足底を兵士の顔面へ叩き込んだ。

基本技、下段受け(外)の応用である。


その兵士はそのまま後方に力なく倒れたが、今度はその背後からランスを持った兵士が1人突っ込んでくる。


避ける暇がない、仕方なくランスを両腕で受け止め、穂先が腹に突き刺さることを何とか回避した。


しかし、この兵士は身体強化の魔法を使っていたようで、力で押し切られそうになる。


そこで僕は一瞬腕の力を緩め、角度を付けるようにランスを持ち上げた。

それによって、後ろへ崩れたところに顔面目掛けて前蹴りを放つ。


兵士はその衝撃には耐えられず、意識を飛ばして地に伏した。


「ふー。終わったよ! ルイ……」


その瞬間、僕の背後から剣を振り上げた兵士が現れる。


「とったあぁぁぁぁーー……」


ダーツくらいの針が兵士の頬に刺さっていた。

そのまま兵士は眠るように倒れていった。


「全く。油断しないでよ」

「ありがとう」


にこりと笑いかけながらルイスにお礼を言った。

今のはちょっと危なかった。僕は内心冷や汗をかいた。


「さあ、早く逃げましょう!」

「うん!!」


僕たちは入場ゲートへ走り出した。

そしてゲート間もなくゲートを潜ろうとしたその瞬間、ガラガラと音を立て、再び鉄格子が閉まる。

それを見て、僕らは足を止める。


「まいったな! どうしよう!」

「反対側は空いてるわ……! でも待って! あれって……!」


反対方向のゲートからは、見覚えのある騎士を先頭に、数十人の兵士たちが続々と押し寄せていた。


「見事だ……。貴公にとっては鎧も、武器も、魔法すら脅威ではないのだな……」


先頭の騎士はそう言ってこちらに近づいてくる。

彼のことは知っている。


2日前、アルド王子と牢獄へ面会に来た騎士団長、ベルサック卿だ。

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