第75話 赤の追憶⑤
皆が寝静まった頃。
僕は一人、火の番をしながら思いを巡らせた。
みんな、それぞれに夢や目標を持っている。
この残酷ながらも美しい世界で、明日も生きていくために。
”自分はどうだ?”
そんな疑念が大きく膨らんでいく。
武術の残酷さに目を背け、家を飛び出すどころか、元居た世界すら捨てた男が、平和になったこの世界で何を為せる?
所詮僕は、異世界人。世界にとっては余所者だ。
今は魔王を倒す使命を帯びて、明日も立ち上がれる。
しかし、魔王を倒した後の世界で、僕を待つものとは何か……。
見えない。
全くもって見えはしない。
異分子である僕が、この世界で幸せを掴む姿が全く想像できない。
今夜、皆の夢や野望を聞いていると、堪らなく不安になった。
この旅路が終わってしまうのが、恐ろしくて仕方がない。
「……出来れば、ずっとこうしていたいな」
僕のそんなくだらない呟きなど、美しく瞬く星空ですら、聞き届けてはくれない。
ある一人を除いては。
「私もそう思うわ」
優しげな声に振り返ると、テントからルイスが顔を覗かせていた。
もぞもぞとテントから身を出し、僕の隣に「よいしょ」と腰を下ろす。
「火の番、ご苦労。モーフいる?」
「いや、ルイスが使って」
「そう。ありがと」
彼女がモーフを肩にかけると、ふわりと甘い香りが広がる。
僕の視線は自然と、彼女の白い肌に。
「どうしたの? そんなに見つめて。やっぱりモーフ欲しい?」
「え!? いや、何でもないんだ! それは君が使ってくれ」
僕の下手な誤魔化しに首を傾げながらも、ルイスはモーフの端を向けてくる。
「一緒に使おう。はい、こっち持って」
「本当にいいって! それだとルイスが寒いでしょ?」
ルイスは一瞬、ムッと眉根を上げ、モーフの端を僕の顔へとぐいぐい押し付ける。
「いーから! 早く持つんだよ!」
「分かった! 分かったよぉ!」
パチリ! と焚き火が弾ける音がした。
二人でモーフを肩に掛けると、僕らはひたりと密着する。
「寒くない?」
「レンがあったかいからへーき」
あっけらかんと、微笑むルイス。
彼女の温もりに、僕は吹き出すような恥ずかしさを覚え、思わず俯いた。
「ねえ、レン。やっぱり貴方、何か悩んでるでしょ」
囁くようなルイスの指摘。
彼女は火を見つめたまま、何気なく聞いてくれる。
「……君には敵わないな。まあ、そうだよ」
「私達には言えない事なの?」
「……言葉にしてしまうのが怖いんだ。もし口に出せば、何かが変わってしまう、そんな気がして」
蒙昧な言い回し。
僕は異世界人で、彼らとは何もかもが違っていて……。
だからこそ僕に共感できる人などいる筈がない。ルイスにだって分かる道理がない。
怖かった。
僕の悩みを聞いた人が戸惑う様など、想像したくもない。
だが、彼女は、彼女だけは違った。
「口にしてみなさいよ。大丈夫。私が全部否定してあげる」
本当に何でもないように、言ってのけた彼女の微笑。
飾り気の無い優しさに、涙腺が緩んだ。
自然と僕は、口を開いていた。
「……ずっと考えてたんだ。この旅が終わったら、僕はどうなるんだろうって」
「どうって……魔王を倒したら、功績が称えられるに決まってるわ。銅像も建って、歴史に名前が刻まれる。それって凄いことよ」
「そうかもしれない。じゃあその後は? 讃えられえて、僕はその後何をしたらいい? 何をして生きればいい……?」
問い掛けると、ルイスの瞳が揺らめいた。
「それは……」と小さく言いかけたが、そのままギュッと口をつぐむ。
「僕にはね、ルイス。全部分からないんだよ。自分がこの世界で何をしたいのか、何が出来るのかさえ……だって僕は、この世界の人間じゃない。この世界には、最初から僕の居場所は、無い……」
言葉にしてしまった。
今まで目を背けてきた想いが、寂しさが、孤独が、津波になって心を満たしていく。
「……そんな、寂しい事言わないでよ……」
震える声。
彼女の頬に一筋の涙が伝う。
それを見た僕は、少し慌てた。
「ご、ごめん……泣かせるつもりは……!」
そう言ってルイスへ向き直った瞬間だった。
彼女の細い腕が首を回り、僕の頭を優しく抱きとめる。
彼女の鼓動。
切なく、鮮明な音だった。
「ル、ルイスさん……?」
「うるさい黙ればか。世界にまで遠慮してんじゃないわよ……貴方って本当に大バカよ……」
二回もバカと詰りつつも、彼女の声は涙でくぐもっている。
そして彼女は、ただただ僕の頭を優しく撫でた。
「レン。貴方は幸せになっていいの。求めてもいいの。我が儘でいいのよ。異世界人だろうと関係ない。貴方は貴方じゃない」
「ルイス……」
その言葉を受け止めるように、彼女の背に腕を回す。
そして暫く、僕は幼い子供のようにルイスの優しさに包まれた。
一頻り僕の頭を撫でていた彼女は、フッと腕の力を緩め、それに従って、僕も彼女の胸から顔を離す。
見上げると、ルイスの微笑。
満天の星空が彼女の涙を輝かせている。
「安心して。たとえ、この世界に貴方の居場所がなくても、私が貴方の居場所になる。約束よ……レン」
それは、世界で一番優しい言葉だった。
僕にとっては、その言葉も、彼女の想いも、存在も、全てが尊くて、心から欲しくて……。
今思えば、それが愛というものなのだと思う。
視界が歪む。
そして、彼女を失ったという現実が、彼女の思い出と共に襲いかかる。
記憶の鍵を開くといつもそうだ。
ずっと彼女の思い出に浸っていたい。彼女の居ない現実になど、戻りたくない。そう思ってしまう。
しかし、今回に限っては違う。
赤い閃光が解け、再び礼拝堂の景色。
僕の眼前に居るのは、愛した女性を殺した男、ガロード。
流れ落ちる涙はそのままに、僕は真っ直ぐ足に力を入れた。
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