第74話 赤の追憶④
ザグラムから亜人特区ゼラスを繋ぐ大街道。
昼は艶やかな草原が揺れる喉かな道であるが、夜となれば灯り一つ無い漆黒の世界に様変わりする。
唯一頼れるのは焚き火と、空に輝く美しい星々だけだ。
ルイスが入れてくれた紅茶を一口啜ると、渋みがゆっくりと鼻を抜ける。
その余韻を楽しみつつ、夜空を見上げると満天の星空。
実にいい気分だ。
出来ればずっとこうしていたいな。
「なに黄昏てるの? 考え事……?」
焚き火を囲んで正面に座るルイスが声をかけてくる。
「……いやあ、星が綺麗だと思ってね」
「なにそれ」
彼女は不思議そうな顔で首を傾げた。それに合わせて艶やかな金の長髪がふわりと揺れる。
「レンは本当に星が好ね。そんなに珍しいものでもないのに」
右隣から話すのは魔法学士のサリー。
白いローブを肩に掛けて、紅茶の入ったカップをフーフーしている。
「僕の居た世界では、こんなに明るい星空は滅多に見れないから、ついね、引き込まれちゃう」
「レンはロマンチストだな!」
鎧を脱いだ素朴な青年、騎士のミルコが言った。
口元がニヤけている。さてはバカにしてるな。
「ふふ、ロマンの分からない男にはなりたくないからね?」
即座に言い返す。
途端にミルコの馬鹿でかい笑い声が、夜空に響いた。
「はっはっは!! 言うじゃないか!」
暫しの談笑。
緩やかな炎と冷たい風。温かいお茶に満たされる心。
夜が更けていく。
「みんなはさ。この旅が終わったら何をするの?」
それはふとした疑問だった。
焚き火に照らされた女子二人が一度顔を見合わせ、からかうような視線を向けた。
「いきなり何よ」
「ロマンチストは本当みたいね」
そんな視線を振り払うように、僕は付け加える。
「みんなの事はよく知ってるけど、ちゃんと聞いた事はなかったな〜と思ってさ」
「それ、重要な事かしら?」
「言いたくないならいいけどさ」
サリーはあまり乗り気ではないようだ。
無理強いもしたくないので切り上げるかと思ったその時。
「俺は言いたい!! よくぞ聞いてくれたな、レン!!!」
ミルコのでかい声が耳を擘く。
「はいはい、じゃあミルコからどうぞ!」
キーンと耳に残った反響音を気にしつつ、僕は話を促した。
「この旅が終わったら。つまりは魔王が倒れたなら、魔王軍との前線は崩れるだろう」
「そーね」
素っ気ないサリーの反応。
一方でルイスはコクコクと頷いている。
「そこから先、人々の平和を維持するのが、俺たち騎士の仕事だ。そのために魔人領との境に新たな都市を作る。そこで二度と人類に手が出せないよう、徹底的に抗戦する。その名も、防衛都市。第一王子ガルド様の構想だ」
「第一王子の下で働きたいんだ」
「いやレン、少し違う。俺の目標は、戦争で起こる悲劇や惨劇をこの世からなくす事だ。ガルド様の理想は、必ずそれを叶えてくれる! だから騎士を志し、このパーティーにも志願したんだよ!」
彼らしい立派な理由だ。
普段からストイックな熱血漢だが、なるほど理由が分かった。
彼がこの世界で成し遂げたい事、生きる理由。それら全てが、明確な使命感となって現れているようだ。
「だからミルコは強いんだね」
僕はその結論を、意図せず口に出していた。
聞いたミルコは目を丸くしたが、すぐに豪快な笑い声をあげる。
「ははははは! 勇者様に言われるとは、光栄だな!!」
やがて大笑いが引くと、ミルコは耳を塞いでいたサリーへ顔を向ける。
「では次はサリーだ! 俺はサリーの話が聞きたい!」
「ちょっと、いつから指名制になったのよ!」
「俺が話したんだ、俺が決めるのが当たり前だろう。さあ話せ」
詰め寄るミルコに押し切られ、サリーは大きくため息をついた。
「……簡単に言うわよ……魔女になる事」
皆、彼女の次のセリフを待った。
草原を撫でる風の音。
虫達の小さな囁き声が聞こえる。
だがサリーは、顔を赤らめて俯くばかりだ。
静寂を破ったのは、ミルコの一言。
「……それでそれで?」
「以上よ! 理由まで話す気はないの! 次はルイス! アンタはどうなの!?」
サリーが誤魔化すように話を投げると、ルイスは明るい笑みを浮かべた。
「もう、しょうがないなサリーは。私にだけでも教えてね。無神経男には言わないから」
「バッチリ気になってんじゃないわよ!」
荒ぶるサリーを宥めつつ、ルイスも野望を語り出した。
「私のは、二人ほど大それたものじゃないわ。ただ、戦争のせいで身寄りのない子供達が今より安心して生きられる……そんな世界になればいいなって思ってる」
「それは俺の目標とも通じるな! 前線に近い土地で生まれた子供達は、いつの時代も戦火に巻き込まれる。本来あってはならない事だ」
言ったミルコに頷いて、ルイスは続ける。
「そうね、本当にその通り。だから私は、魔王を倒した後は孤児院を経営したいの。親の居ない子供達が安心できて、やがて立派に独り立ちできる。そんな素敵な場所を作るのが夢よ」
ルイスの顔にはささやかな微笑。
これまでの道中で、皆の出自は大体曝け出している。
そしてルイスは、前線の戦火に巻かれた街の出身。この中の誰よりも、魔人や、戦争に対する恨みがあってもおかしく無い。
だがしかし、彼女が掲げた旗は復讐などではなく。
あまりにも純信な彼女の願いに、その場の全員がウルッときてしまった。
「……やるよ、俺、やってみせるよ、必ず魔王を倒して、子供達が、ずっと、笑顔でいれるような……そんな、平和な世界を〜〜!」
真っ先に男泣きに落ちたのが、ミルコだった。
「ちょ、ちょっと! 泣くような事じゃないわよ!」
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