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第72話 赤の追憶②



 「舞、さっきはあんな事言ったけど、白状するよ。僕、本当はこういうのダメなんだ」

 「もう。そんな事知ってますよ。だって先輩、さっきから声が震えてましたから。でも、もう遅いですよ。ほらほら〜座って座って♡」


 彼女はそう言って、隣に座席をバシバシ叩く。

 その声は普段以上にトーンが高く、怯える僕とは対照的に、随分と機嫌が良いようだ。

 

 それでも怖じける僕を見て、舞は言った。


 「それとも下に降りますか? この行列の横を通って」


 振り向くと、そこには順番待ちの長い列。

 目に映る範囲を超え、およそ二階建の高さはある鉄製階段までぎっしりと人が並ぶ。


 ここは東京郊外の遊園地。

 絶叫系に特化したマシンが揃い、都内、圏外から多くの人が集まるレジャースポットだ。


 そして今、僕が乗り込もうとしているのは、国内最恐との呼び声高い絶叫マシン『スリラー』だった。

 最初はただの興味だった。

 だが今では、気軽に並んでしまった事を深く悔やんでいる。マジで。 


 気がつけば行列からは視線が集まっている。

 どうやら直前で足を止めている乗客は僕だけらしい。


 「恥ずかしいですよ〜。これだけの人に見られて逃げ出すのは」


 その一言で、男としてのプライドが勝った。

 良くも悪くも舞のお陰で、係員に声をかけられる前に座る事ができた。



 数日前、僕は学校の職員室の前に立っていた。

 今日も舞と無事に登校した事を、彼女の担任教師に伝えに来たのだ。



 僕の後輩、舞の下駄箱に狂気じみた愛のメッセージが届いたあの日、僕らの日常は一変した。


 ”いつも貴方を見ている”


 得体の知れないメッセージが、太陽のように明るい彼女を曇らせた。

 

 毎朝、彼女の自宅へ迎えに行くと、玄関から怯えた顔を覗かせる。

 そして僕の姿を見つけてパッと明るい表情に変わるのだ。


 胸が痛んだ。

 彼女がどれだけ怖い思いをしているのか、男の僕は想像もできない。


 いつも通りに登校し、授業を受けて、部活をし、下校する。

 そんな退屈過ぎるルーティーンが、今の舞にはとても難しい事だ。

 

 それでも、彼女はいつも通りに振る舞い続けた。

 どこにいるかも分からないストーカーに怯えながら。


 友人や両親に心配をかけまいと、心に負担をかけ続ける彼女が不憫だった。


 力になってやりたいが、残念ながら所詮は僕も生徒の一人。できる事は限られている。


 舞の担任であり、人明流道場の門下生でもある四島先生は言った。


 『こういう事は大人に任せておけ。何より、私たち教師は指導のプロだ。これ以上、舞を傷付けるような事にはならないよ』


 頼りに出来るのは、四島先生しか居なかった。

 

 だからこそ、舞の登校の付き添いを快諾した。

 微力ながら彼女の力になれるし、密かに尊敬する四島先生に頼られるのは嬉しい事だ。



 ガラガラと職員室の引き戸を開ける。


 「おはようございます。四島先生、居ますか?」


 朝の職員室はいつも忙しない。


 バタバタと教材を準備する先生、教頭と何やら真剣に話し合ってる先生、テスト用紙を恐ろしい表情で睨む先生。

 なお、最後の先生は僕のクラスを受け持つ数学教師なので、背筋が凍りついた。あの答案用紙はこの前の小テストだろうか?


 「おう、蓮。すまんな、今朝も変わりないか?」


 忙しない朝の職員室で、ゆったりとお茶を啜っていられるのは、この人だけだろう。

 出入口から中に入ってすぐのデスクで、四島先生は片手を挙げた。

 それを見て、「失礼します」と言ってから入室した。


 「先生、おはようござます。今朝も同じですよ。やっぱり舞のやつ、無理してると思う」

 「そうか。無理に登校する事もないとは言ってるんだがな……」


 舞を教室まで送った後、四島先生へ報告に行く。ここ最近のルーティンだった。

 日々彼女と接し、事情も知っている僕だからこそ、彼女の変化はよく分かる。

 何でもいいから、舞に変化があれば伝えるよう、四島先生に頼まれているのだ。


 キーンコーンカーンコーン。

 予鈴が鳴った。

 ホームルームまで後十数分だ。


 「じゃ、先生。舞は今日も部活みたいだから、帰りはよろしくね」


 簡単に言うと、僕は踵を返す。

 

 だが、「待て、蓮」と四島先生は僕を呼び止める。


 少々急ぎたい気持ちを抑えて振り返ると、四島先生はカバンをガサゴソしていた。


 「いやな、頼んでばかりではなんだからな……礼、という訳じゃないが、舞と息抜きでもしてきたらどうだ?」

 

 そう言って先生が取り出したのは二枚のチケット。


 「今週の休みは二人で楽しんで来い」


 そう言って押し付けられるように渡されたのは、遊園地のチケットだった。



 「ああ、地上が恋しい」 


 座った時はシートが体にフィットし、安心感を覚えたが、マシンの機軸が動き出すと恐怖で足がすくんだ。

 乾いたモーター音と共にジワジワと上昇する。

 上がれば上がる程、寒風が強くなる。


 「先輩、高いとこダメだったんですかー?」

 

 楽しそうな声。

 隣で舞がニヤニヤと僕に問いかけた。


 「高いのは平気……平気だよ!」

 「え〜?? ホントにぃ〜〜??」


 事実、高いのは多少大丈夫な方だ。これも祖父の厳しい指導の賜物だろう

 だが、このマシン。これがマジで信用ならない。


 これだけ厳重に体を固定されていては、もし仮に落下でもした時に受身の取りようがない。

 そう言う意味で、僕は恐ろしかった。どうして皆、嬉々としてこんな鉄の塊に乗りたがるのか。理解出来ない。


 「フフフッ、先輩が”ジェットコースター 事故”で検索し始めた時からこうなるのは分かってましたよ!」

 「何で面白がってるの?? そ、それに、そんなの単なる安全確認だし??」

 「いつもクールぶってるからですよ。全く、本当は”怖がりさん”なんだから、先輩はしょうがないなー!」


 聞こえるのはガラガラという音と強い風の音。

 舞はそれらの音でかき消えないよう、思い切り声を張り上げた。


 「先輩、ありがとう!! 今日はほんっと楽しいよ!!」

 「舞……」


 晴天に輝く舞の瞳。

 いつもの明るい彼女を見れて、僕の恐怖心が逸れた。


 「僕も、楽しいよ。舞と一緒に……」そう言い掛けた時だった。


 股座に透明な感覚。それが落下開始の合図だった。

 そして、轟音と烈風が顔に叩きつける。


 「きゃ〜〜〜〜〜〜!!!♡」

 「うごおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!」


 もう二度と絶叫マシンには乗らない。

 そう誓った。


ご拝読ありがとうございます!


よければ、ブックマーク、ご評価、ご感想いただければ嬉しいです!!

創作の力となりますので、何卒お願いします!!

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