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第70話 笑うな


 斬雨の直前、レンが感じ取ったのは、膨大な量の殺意だった。


 それはまるで、数百の剣に取り囲まれたような圧迫感。

 あと0.3秒後には降り注ぐそれを、レンは認識した。

 そして、恐るべき嵐から逃れるべく、体は躍動した。


 竜歩による即時の加速。

 少しでも早く射線から離れようと、倒れ込む勢いで踵を踏んだ。


 『我が剣に輝きを!!』


 ガロードの祝詞が天井からこだまする。


 空中から放たれた刺突の光雨。

 それは眩い輝きをもって、無力なレンへと襲いかかる。


 皮膚を掠める幾つもの閃刃が無数の切り傷を作る。

 何の抵抗もなく皮膚を滑ったその感触。

 痛みと共に分かるのは、鋭利さである。


 直撃したらどうなるか、どんな痛みか、想像に容易い。


 レンは必死に足を動かし続けた。

 そんなレンを追尾するように、執念深い刃が迫り来る。


 そして、レンにとっては無限かとも思える時間が、終わりを迎える。


 あと一歩、足りなかった。

 数コンマ早く動けていれば。


 「!!!!」


 レンの腿を、最後の一閃が貫いた。


 飛び散る血しぶき、叫ぶアルドとサリー、魔女の声高な嘲笑。


 激痛と共に、彼は地面に方膝を付ける。

 と、同時に、ガロードは着地し、見下すような視線をレンへ向けた。


 「ようやくだ……貴様は這いつくばり、私はそれを悠々と眺める。これが本来あるべき姿だ!!」


 傲然と言い放ったガロードの口が歪む。

 まるで愉しむように、血だらけの腿を抑えるレンを見つめた。


 当のレンは、苦しみに肩を震わせていた。


 一見それは、激痛に耐える姿に映る。

 だが、そうではない。


 彼は、腿に刻まれた傷を睨み付けていた。


 「ハッ! そんなに痛いか? 安心しろ、これから味わう苦痛に比べればそんなもの……」

 「ガロード卿」


 レンは静謐に言った。

 冷徹さすら帯びたその声に、騎士は一瞬言葉を失う。


 「一つ、聞く」

 

 意図せずに拳を深く深く、握り込む。

 爪が皮膚を切り裂くほど、深く、深く。


 「王都から、僕らの荷馬車を攻撃したのは」


 想起する。

 遠く王都から放たれ、彼女を貫いた閃光を。


 追想する。

 雨の中、無残に傷付いた彼女の体を。


 そして、確信する。

 自身の腿に刻まれた鋭い傷が、彼女の体にも刻まれた事を。


 「僕の恋人、ルイスを殺したのは……お前だな」


 少しずつ紡がれたレンの言葉に、ガロードの表情が警戒心を露わにするが、最後の一言で一変した。


 笑ったのだ。


 レンの血走った瞳に、ニヤつくガロードの姿が映る。


 「そうかそうか……あの一撃は不発に終わったと思っていたが、恋人に当たっていたのか……もしや、あの時仕合に乱入してきた小娘か?」


 レンの方足を潰したせいか、ルイスが死んだと知ったおかげか、騎士の声には余裕が出始める。


 「今思えば、素晴らしい金髪に透き通るような肌をした女だったな。顔立ちも美しいし、何より目が強かった。自分の芯を貫くだけの強かさと、何より貴様を想う心が、あの瞳にはあった。記憶の無い貴様には、さぞかし支えとなった女だったろう……」

 「お前が彼女を語るな!!」


 レンの叫びが虚空に響く。


 「もう死んだんだ。いいだろ?」

 「貴様……!!」


 ガロードは勝ち誇るように見下し、レンも顔を上げて騎士の声を噛み締めている。


 そして騎士の言葉は続く。


 「フフ……確かに王都から、貴様らの乗った荷馬車を射抜いたのはこの私だ。魔女の助力はあったがな」

 

 彼の背後に悠然と立つ魔女も、肯定するような笑みと視線を返した。



 檻の中のサリーも怒りに肩が震える。


 ルイスは彼女にとっても親友だった。その仇二人がレンの目前に居る。

 それだけに、酷く苦しい。


 死んでいったルイスにも、傷を抱えたレンにも何もしてやれない。

 今はただ、彼の背中を見守る事しか出来ない。

 


 レンは、ゆっくりとだが立ち上がる。

 貫かれた腿は軽症とは言えず、うまく力が入らない。

 それでも、彼には倒れ伏すという選択肢はない。


 「もういい……十分だ……かかってこいよ」


 痛みに呼吸か乱れ、構えた拳も震えている。

 その頼りない背中に、サリーとアルドは唇を噛み締める。


 たった一人、足に重傷を負って尚、戦意を崩さないレンの姿。

 魔女にとっては、道化のそれとしか映らなかった。


 「プッ……フフッ……!」


 吹き出した。


 「あはははははははははははははははははははは!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 堰を切ったような醜悪な笑い声。

 ガロードもまた、魔女の笑いにつられて口を酷く歪ませている。


 レンの怒り、ルイスの命、仲間たちの悲壮。

 それら全てを冒涜するように、礼拝堂へ響き渡る。


 真っ先に叫んだのはサリーだった。


 「笑うな!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 漆黒の鉄格子に額を擦り付ける。

 そして、檻へ怒りをぶつけるように、己の額を叩きつける。

 鈍い金属音が、何度も、何度も響いた。


 「笑うな! 笑うな!! 笑うなぁーーーー!!!!!!!!!!!!!!」

 「サリー! 止めろ!」


 アルドは彼女を羽交い締めにして鉄格子から引き離した。

 額からは血が流れ、頬には透明なものが垂れ流れている。


 サリーの悲痛なな叫びを、レンは背中で感じていた。

 胸の内にあったのは、無慈悲なほど透明な怒りだった。

 

 「よかった……」


 その言葉をきっかけに、ポケットの”記憶の鍵”が熱を持つ。


 「貴方がクズで、本当によかった」


 赤い輝きが、レンのポケットから溢れ出す。


 「おかげで、心の底から貴方を憎める」


 それは、ウルド王子から譲り受けた”記憶の鍵”の閃光。

 その輝きは一瞬にして、礼拝堂を包み込む。

 

 眩さに、その場の全員が目を瞑った。


ご拝読ありがとうございます!


よければ、ブックマーク、ご評価、ご感想いただければ嬉しいです!!

創作の力となりますので、何卒お願いします!!

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― 新着の感想 ―
[良い点] ルイス……。ここにきて。 そして犯人はお前か。
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