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第18話 人明流


闘技場を包んでいた光はやがて、弱まっていき、僕の手の中で鍵は脆く崩れ去っていた。

突然のことで、観客はザワザワと戸惑うように騒いでいる。


先ほどまで見ていた幻覚、いや、記憶は間違いなく僕自身のものだった。


思い出した……。


僕の母、祖父母、友人達。

そして、こことは全く違う世界の生活。


この世界に来た時のこと、一番大切な記憶である仲間たちの笑顔。


ルイスの笑顔。


倒れていた僕は、大きく息を吸い、肺に空気を取り込む。

圧縮された酸素が脳に廻り、活力が五体に行き渡る。


そして、僕はゆっくりと立ち上がった。


思い出していたのは、それだけでなかった。

僕の名前と力について部分的に記憶が蘇っていた。


志能しの れん』これが僕の名前。


そして、僕の力とは……。


「何なのだ、今の光は!」


ガロード卿は狼狽しながら叫んだ。


「それは僕も分からない。それより彼女を離せ。それともあなたは人質が居ないと戦えない卑怯者なのか?」

「ほう! この私に挑発とは、大きく出たなゴミくず!!」


そう言って、掴んでいたルイスの両手を投げるように地面に放った。

そして、ガロード卿は怒りで力を滾らせる。


「うっ!」


投げられたルイスが痛みで小さく声をあげた。


僕はガロード卿の乱暴さに腹が立ったが、今は好都合だ。

これで何の憂なく彼を叩きのめせる。


まだ一部ではあるが、蘇った僕の力ならそれは可能だ。


ガロード卿は剣先を僕へ向けて構え直した。


「どんな魔法だろうと無駄なことだ。俺は騎士だ!! 魔人領の恐ろしい軍勢を何度も屠ってきた男だ!!」


騎士の体に再び光が満ちる。

またあの瞬間移動だ。


それを見て、僕も両拳を握り、足を肩幅に広げた構えをとる。

2人の間に微妙な間が生じる。


風が吹き、騎士の体が視界から消えた。


瞬間、背後から僕の首を両断しようと、ガロード卿の剣撃が現れる。


しかし、刃が僕の首に到達する直前で止まる。


先に、僕の左裏拳が騎士の眉間に突き刺さっていた。


「ぐああああ!!」


ガロード卿は顔を押さえて数歩下がる。

僕は振り向きながらそれを見て再び構えをとる。


「貴様! まさか……、未来予知の魔法か……!」

「何だそりゃ。知らないよそんなの」


僕はぶっきらぼうに答えを返す。


そんな答えは信じてくれないようで、ガロード卿は怒りながらも吠える。


「バカめ! それならばこちらにも対抗策はある!」


再び、淡い光が騎士の体を覆う。

先ほど蹴られた時と同じ、恐らくは高速移動の類か?


そう思った矢先、ガロード卿の光が増し、距離を一瞬で詰めた。

あまりに早すぎて対応できないだろう、とガロード卿は思っているんだろう。


しかし、僕は先んじて、彼の顔が通るであろう空間に右拳を置くように放った。

当然、騎士は僕の右拳に激突した。


「がっ!!!」


騎士はそのまま後方へ回転しながら仰向けに転ぶ。


「くっ……! 一体なんだ!? 何の魔法だ!?」


そう言いながら、よろよろと立ち上がる。

よほど不可解なのか目を見開いて驚いている。


「おのれ!!」


ガロード卿は再び立ち上がり淡い光を纏いはじめる。

それを見て僕も再び拳を構える。


次の瞬間、ガロード卿の姿が消え、僕の目前に現れる。


もっとも、僕の拳を顔面に喰らいながら……だが。


そして拳に突っ込んだガロード卿は、再度、後方へ転がる。


ガロード卿は怒りを爆発させながら、「何故だ!!!」と膝を叩く。


何故僕がガロード卿よりも早く動けるのか?

それは人間が本来持っている危機管理能力を最大限活かしているためだ。


人が他者を害そうとする直前、そこには明確な”攻撃の意思”が現れる。

僕はその意思に反応して動いている。


これは、“直感“と呼ばれるものに近いが、武術的な訓練を重ねることで確実な技術として習得する事ができる。


僕はガロード卿の目線、呼吸、体の硬直と弛緩具合などから経験的に攻撃のタイミングと攻撃手段を読み、先手を打っている。


武術の世界では、この技術を”先を読む”という。


これは、魔法や未来予知とは全く異なる。

長い修練と実践によって培われる、会得可能な技能である。


そして何より、ガロード卿の強すぎる殺意や怒りは攻撃するタイミングをハッキリと教えてくれている。


「死ねぇ!!!」


突如、光を纏ったガロード卿が目の前に現れ、剣を振りかざしたが、僕の右拳が先に彼の顔面に入る。


「ぐぐ!!」

「む!」


しかし、その激突の瞬間、拳に明らかな違和感があった。

先ほどよりも明らかに手応えが違う。


前回の仕合でローグに打ち込んだような硬い触感。


打たれたガロード卿は体勢をやや崩しながらも、左に構えた剣を振りかざす。


(防御魔法か……!)


これは攻撃後の油断で、僕の対応が遅れることを想定した対策。

流石は次期騎士団長候補だ。


しかし、今回は相手が悪い。


この距離にいる時点で、僕は如何様にも対処できる。



僕は右拳を開手に変える。

そして、真上から落ちてくる刃。


その刃の持ち手を受け流すかのように右手で触れる。

そのまま体を入れ替えながら、剣を振り下ろす勢いを利用して背負い投げのように落とした。


「ぐあ!!!」


ガロード卿は背面から地面に叩きつけられ、ポカンと空を仰ぐ。

何が起きているのか分からない、そんな顔だ。


そんな顔に影がかかる。

その影の正体は、僕の80キロ程の体重が乗った右足刀である。


ぐしゃり!!!! と何かが潰れるような音が響く。


僕が彼の顔から足を上げると、ガロード卿は曲がった鼻から血を流していた。

そして白目を剥いて意識を失った。


これが僕の力。

いや、武術。


”人明流武術”

これが僕の有する、唯一の武器だ。



これまでの死戦、奮戦が僕の心に火を灯している。

それは、達成感という名の火、勝利の喜び。


会場がどよめく。

当然だ、本来あり得ない事が今まさに目の前で起きたのだ。


「僕の勝ちだ!!!」


どよめきの中、僕は両腕を天に掲げ、勝利を示した。

魔法使いを、騎士をこの手で倒した事を、会場中に示したのである。


その瞬間、一斉に歓声が巻き起こる。


その大量の声は悔しさに喚く者、怒りで床を叩く者、歓喜に沸く者、感傷に浸る者など様々である。

だが、ある事実だけは会場中の皆が認めていた。


そう。

”見事な逆転劇であった”と。



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― 新着の感想 ―
[良い点] スコップしていて偶然見つけた作品ですが、何故勇者が記憶喪失になったのか、何故ここまで執拗に処刑を望まれるのか、謎を謎をばらまきながら順番にその回答が示されていく展開はワクワクします!
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