第65話 学士VS魔女
「サリー……随分と手荒い挨拶ではないか。ワシの弟子だった女が……」
魔女の言葉を待つ気はない。
サリーはたった一言、「黙れ」とだけ言うと魔杖の先を己が敵へ向けた。
刹那、魔杖が魔力を帯びる。
そして、その背後に四種の魔法陣が重なり、四色の光線を打ち放つ。
それぞれが自在な軌道を描きながら、女神像の足元で笑う魔女を襲った。
しかし着弾寸前、シャボン玉のような虹彩の魔法防壁が、魔女を包むように現れた。
光線は四種とも阻まれ、奇妙に屈折しながら空中に霧散する。
ーートン!!
間を置かず、サリーは魔杖で床を叩く。
そうして新たな術式を起動した。
彼女の魔力に呼応して、魔女の背後に黄色く輝く巨人の両腕がそびえる。
大きく開いた二つの手。
アズドラへ迫り、シャボンの防御壁ごと握り潰さんとする。
巨人の手がシャボンに触れると、バチバチという電撃のような音が礼拝堂の高い天井に鳴り響く。
だが魔女には一切の動揺もない。
片手を水平に振り払うと、液体の刃が飛び出した。
それは真っ直ぐ巨人の腕の根本へ直撃。
だが腕は頑強だ。傷一つ付かない。
『潰しなさい!!!』
サリーの叫びに従って、巨大な両手がシャボンを握り、圧縮する。
シャボン玉が軋む音を上げながら、それでも魔女は不適な笑みをこぼす。
「フフッ。やはり其方は天才じゃよ、サリー。以前とは比べものにならん。どうじゃ? またワシの元に戻ってこんか?」
「黙れってのが、聞こえないの!?」
叫びながら、全開の魔力放出。
かつてメルク西街の民千人超を守りきるほど莫大な魔力が、巨人の両碗へ捧げられた。
そこに生じた、形容し難い超絶の膂力。
今まさに、魔女を押し潰そうとしていた。
しかし、それだけでは足りない。
魔女の余裕をかき消すには不十分。
「つれないのお……まあ良い。最初から期待などしておらぬ」
魔女が呟くと、一瞬にしてシャボンが黒く染まる。
途端、シャボンに触れていた巨人の腕を侵食し、一瞬にして黄色い輝きが仄暗くなる。
「ーー!」
それはサリーにとって未知の魔法。それ故危険だ。
見抜いたサリーは咄嗟に魔法を解除。
漆黒に染まった巨人の腕は、燃え尽きた灰のように散った。
「おや、残念。あと少しじゃったのに」
妖艶な笑みを顔に浮かべ、魔女はサリーを見下ろした。
今の短い攻防戦。
それを前にしたサリー以外の全員が思う。
((((レベルが違う!!!))))
サリーは、魔法戦においては無類の強さを発揮する。
エルフの隠れ里では大量の能力向上を一手に引き受け、騎士ですら恐れるドラゴンを、魔力を消耗したまま、たった一人で相手取った。
商業都市メルクでは、超巨大なラクーンスライムを兵士と連携しつつ、ほぼ一人で対等に戦ってみせた。
あの天才魔法学士サリーが息を切らし、額に玉のような汗を浮かべている。
それも、彼女の土俵であるはずの純粋な魔法戦でだ。
皆、魔女アズドラの強さに思わず息を飲んだ。
魔法使いとしての力量の差を前に、正面対決の無意味さをまざまざと見せつけられた。
普通、これ程の力の差を前にすれば、誰しも”後退”の二文字が頭に浮かぶはず。
だがこの戦力差を前に、二班に分けた戦略が功を奏した。
サリー程の力量であれば、魔女の魔法も受け止められるだろう。
もっとも、そんな魔法使いはこの世界数える程しか居ないが。
逆を言えば、ごく一般的な力量の魔法使いは対峙しただけで戦意を削がれてしまう。
どんなに覚悟を決めようと、人間の原始的な本能、”逃走”には逆らい難い。
レン達にそんな選択肢が無いとしても、頭の片隅にはこびり付いてしまう。
戦闘時、それがどれだけ厄介になるか。
前線で戦場を経験していたアルドはよく分かっていた。
だからこそ、班を分けたアルドの決断は正しかった。
隠れ潜むレンと通常の魔法使い二人の戦意に些かの衰えもない。
彼らがやるべきことはたった一つ。
隙を突いてウルド王子を救出する事。言ってしまえば、敵を倒す必要など無い。
助けることこそが勝利条件なのだ。
一方で、注意を引きつける役目を負ったサリーに、全てが掛かっているとも言える。
仲間の期待と責任を背に感じ、彼女は息を弾ませたまま魔力を練り上げる。
そして術式を次々に開放。
更なる魔法の発現を以て次なる開戦の狼煙とする。
「ほう」
魔女が瞳を大きく見開いた。
術式の発動と共に、サリーの真上に氷塊が浮かび上がる。
それらは風の魔法によって鋭利に削られ、瞬く間に六本の槍が生まれた。
命を穿つに相応しい機能。一目で危険だと想像できる形状が、その氷槍にはあった。
同時進行。
炎が床から立ち上る。
サリーの目前で展開した赤い輝きを放つ魔法陣。
魔力の導線がピタリと繋がると、陣から一頭の獅子が飛び出してくる。
燃え上がる鬣を備え、焦げたような茶色い毛皮。
怪しく輝く瞳が、己の獲物を睨みつける。
『GRUUUU……』
豪炎を携えた獅子が、礼拝堂の床に爪を立てて唸った。
上空には氷の凶刃。地面には豪炎の獅子。
そして場所は、逃げ道のない礼拝堂の祭壇だ。
だが、この絶体絶命な状況でさえ、魔女アズドラは尚も余裕を崩さない。
「器用じゃのう〜〜水と風の複合魔法による武器作成に、魔獣の召喚、即時契約。それら全てを同時にやってのけるとは」
素直な称賛の笑み。
まさに弟子の功績を称えるが如く。
その侮りとも取れる態度を前に、サリーは思わず歯がみした。
しかし、重要なのは戦いに勝つ事ではない。
彼女もその事をよく理解していた。
だからこそ、心の苛立ちを抑え切りる。
そして、引き絞った弓のように魔力を充実させる。
「そのニヤケずら、いつまで持つかしら?」
一言と共に、全てを解き放った。
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