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第63話 最強の魔法使い



 ザグラム魔法学園の廊下に、五つの駆ける音が響く。


 ウルド王子から届いた念話。

 ”逃げろ”という必死のメッセージ。


 その切なる願いなど、彼の弟であるアルドにとって、到底聞き入れられない。

 そして何より、兄の瀕死の声を聞き、言われるままに逃げ出せるほど、アルドという男は賢明ではない。


 これが成長なのか、愚行なのか、彼自身には分からない。

 だが一つ言えるのは、旅に出る前の彼であれば、もっと合理的な判断をしただろうと言う事だ。

 昔の彼ならば、何かを切り捨てる事に躊躇はしても、諦める事は出来ていた。

 それは組織の秩序維持には必要なスキルだ。


 だがしかし、誰かにしがみ付き、誰かに寄り添い、誰かを救う事を、今の彼は知っている。

 背後を走る仲間達の背で感じながら、アルドは飛矢のように突き進む。

 目指すはウルドの研究室。


 息を弾ませながら、一行は次々と角を回る。

 やがて、学園から研究棟へ繋ぐ渡り廊下が見えてきた。


 スミスが声を上げる。


 「サリー! 浮遊魔法を使ったほうが早いんじゃないか!?」

 「いいえ! 研究室で何が起きてるか分からない以上、魔力の消耗は抑えるべきよ! ここは魔法都市だって事を忘れないで!」


 王国一の天才と謳われたウルドを瀕死まで追い込む時点で、敵方が並の魔法使いではない事は察しがつく。


 サリーは大きな戦闘を予感して、万全の準備を整えつつあった。

 術式を戦闘向けに組み替え、同時に仲間達への能力向上魔法バフを次々と施していく。

 それらを走りながらでも行える技量は、流石に元勇者のパーティメンバーである。


 「でもよぉ……!」


 スミスが口にしたその時だった。

 駆けていた全員の足が止まる。


 障害物が見えた訳でも、誰かが転んだ訳でもない。

 突然、全員の頭にとある声が響いたのだ。


 『アルド王子と元勇者よ』


 艶のある女性の声。

 聞こえているのはレン達だけでないようだ。廊下を行き交う生徒達もその声に驚いて足を止めている。

 困惑するレン達だったが、サリーが口を開いた。


 「広範囲の念話魔法みたいね。んで、この声には聞き覚えがあるわ」


 レンも頷く。

 

 確かにどこかで聞いた声だった。

 サリーの言葉の後、女性の念話が続く。


 『ウルド王子は無事だ。礼拝堂で保護しておる』


 声の若々しさとはミスマッチな口調。

 その言葉で、サリーと周りの生徒達は声の主に見当がついた様子。


 「……魔女アズドラね。やっぱザグラムに居たか」 


 呟いたサリーの頬に冷や汗が伝う。

 まるで天敵に相対した様な気配をレンも共有した。


 その名を聞いて思い出したのだ。

 以前闘技場で、太陽のような火球を作り出し、レンとルイスを逃げ遅れた兵士ごと焼き尽くそうとした、残忍な魔女の姿を。

 サリーとの関係は分からないが、彼女ですら畏怖する程の脅威であると、レンは戦慄した。


 『待つのは嫌いじゃ。あと十分で来なければ、預かり物は破棄するのでそのつもりで』


 ぼやかした様な言葉。

 当然、他の生徒には何の事だかさっぱりだった。

 しかし、レン達にはハッキリと理解できる。

 

 ”預かり物の破棄”が示す意味を。


 そうして念話は途切れた。

 生徒達の困惑をよそに、レン達は顔を見合わせる。

 大きな戦いを覚悟して、皆の表情には緊張感が走っている。


 サリーは最後のバフ、防御力向上の呪文を唱えた。


 『オーバーコート』 


 魔法の効かないレン以外の四人に光が灯る。

 

 「これで戦闘準備完了。あとは走るだけだけど、本当に闘う? 相手は世界最強の魔法使いの一人だけど?」


 サリーはあえて何気なく言ってのけた。


 最強の魔法使いの一角、”魔女”の称号を知らない人間はいない。

 それが敵に回るとなれば、決死の戦いになるだろう事は誰でも予想できる。


 兄の救出を決意したアルドはともかく、勝算の是非すら怪しい戦いを前に、皆の意思に変化がないか確認したのだ。


 だが、その必要は無かった様だ。

 レンがあっさりと答えてのける。


 「走る以外にないだろ?」


 スミスも、ノエルも大きく頷く。


 サリーは「あっそ」とため息混じりに返したが、思わず口元が綻んだ。


 そして、アルドは皆の覚悟を前にして、泣き出しそうになるのを必死で堪えた。

 今はそんな場合ではない。

 兄を救うためにも先を急がなくては。


 「……行こう」

 

 それだけ言って駆け出した。


 レン達も、その背中を追って走り出す。


 背後に感じる皆の足音に、アルドは心の中で深く頭を垂れる。

 

 礼拝堂はもう視界の内に入っていた。


ご拝読ありがとうございます!


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