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第59話 あるエルフの記録②



 里の入り口にたどり着くと、私は呆然とした。


 至る所に炎が上がり、あらゆる物を焼き尽くしている。

 私の家も、馬小屋も、畑も、祭事を執り行う社も、何もかもが煌々とした赤色に浸かりきっている。


 焔が吹き出し、家屋が倒壊する。

 昨日までの静寂な夜空さえも、炎に塗り潰されている。


 力なくその場にへたり込んだ。


 どうしてこんなことに。

 父は? 母は? 妹は?


 突然の出来事に頭が回らない。

 ただただ、涙だけが頬を伝う。


 頭を抱えて顔を伏せたその時だった。


 足跡が一つ。

 地面にくっきりと刻まれていた。


 これは、と気が付き辺りを見回した。

 足跡は所々に散らばっているが、どれも同じ方を向いている。


 川か。


 私が狩に出ていた森の奥とは反対方向。

 焼け出された者達が向かう場所としては得心がいく。


 にわかに芽生えた希望を足にこめる。

 立ち上がり、顔を上げ、私は再び疾走した。


 森に入ると暗黒が広がっていた。いつの間にか日が沈みきっている。

 豪炎を眺めていたせいか、目が闇に慣れてくれない。


 危険な視界の中、それでも私は加速を止めなかった。


 何度も木にぶつかり、何度も足を取られ、何度も転んだ。

 進めば進むほど生傷が増えていく。


 だが、どうでもよかった。自分の傷など。

 とにかく今は家族の顔が見たかった。その為だけに走り続けた。


 暗闇に慣れた頃、せせらぎの音が耳に入った。

 

 幼い妹の楽しそうな声が、記憶の底から飛び出してくる。

 夏はこの川辺で水遊びを楽しんでいるのだ。

 妹はまだ泳げなくて、この川は浅さがちょうど良い。

 私は妹の手を取って、泳ぐ練習に付き合ったものだ。


 また穏やかだった日々に戻れる。

 いつもと変わらないせせらぎを聞いて、私は縋るような思いで駆ける。


 堪らず声を張り上げる。

 母の、父の、妹の名を叫んだ。


 そうして茂みをかき分け、岸辺に立った。

 

 その光景を私は生涯忘れない。

 忘れたくとも、忘れる事など出来はしない。


 そこにあったのは、エルフ達の、私の家族の、”山”であった。

 川は赤黒く染まり、いつもと変わらず穏やかに流れている。


 思考が止まった。

 幻を見ているのだと、自分に言い聞かせた。


 だが、現実逃避はそう長くは続かない。

 刹那、矢が腿に撃ち込まれた。

 

 激しい痛みに、私は苦悶の声をあげた。


 対岸の男と目が合った。

 人間だった。


 甲冑を着込み、澄んだ瞳で私を睨んでいる。


 「お前がやったのか!!!」


 私はそう叫んだと思う。


 だが人間は一人だけではない。

 対岸に何十という矢が姿を現す。

 ”エルフの山”の影からも次々と出てくるのが見える。


 そしてその瞬間、妹の冷たくなった瞳と目が合った。

 虚空を見つめ返す瞳には、人形のようだった。


 今朝、あんなに元気にはしゃいでいた少女の姿は、見る影もなかった。


 叫んだ。

 叫ばずにはいられなかった。


 四方八方から向けられた殺意。

 それらを跳ね返すように、私は奮い立った。

 

 死ぬのなら、せめて戦って死のう。

 そう決意した。

 

 だがその瞬間、森に雷鳴が轟いた。

 そして空から大量の雨が降り注ぐ。

 

 一粒一粒が岩石のように重い、それまで体感したこともない大雨だ。


 人間達は、雨から逃れようと慌てて木陰へ逃げ込んでいく。


 私も雨に押し潰されるように水面へ落ちてしまった。


 赤く染まりきった水の中。

 私に届いたのは、神々しい威厳に満ちた声。


 その声は、確かにこう言っていた。


 ”まだ死ぬ時ではない”


 水面に顔を出した。

 そして精一杯、息を紡ぐ。


 不思議な事に、雨は既に止んでいる。

 人間達も木陰から出て私の姿を探っていた。


 構わず、息を吸った。

 必死になって空気を体へ溜め込んでいく。


 見つけたぞ、と野太い声が川に走る。

 それと同時に、最後の空気を吸いきって、再び水中に潜って丸くなった。


 神々しい声の言いつけ通りに。


 ドドドドドドドドドド


 低く、鈍い音が水面を揺らす。


 鳥の群れが一斉に飛び立ち、鹿が、野兎が一目散に駆けていく。

 まるで何かから逃げ出すように。


 人間達はそんな不吉を気にも留めず、私の潜った水面へ矢を構える。

 矢尻が震え、水中の私を射抜かんと力が篭ったその刹那。

 

 濁流が押し寄せた。


 木々も、山も、人間も。全て飲み込んで、その場にあった一切合切を無に帰す。


 怒涛のように押し寄せる濁流の中、私は確かに聞いた。

 アテンドラ神の怒声を。


 ”おのれ! おのれアルペウス!! エルフ達が何をした!! 我が神格は、貴様を滅するまで止まらんぞ!!!”


 意識が溶けた。





 夏。


 穏やかなせせらぎに身を任せて浮かんでいる。

 心地いい。火照った体が冷めていく。


 だが気がつくと、幼い妹が私の手を引いて泳いでいる。

 

 よかったなぁ。

 泳げるようになったのか。


 最初はあんなに怖がっていたのに。頑張って練習した甲斐があったな。


 声が出ない。


 褒めてやりたいのに。

 困ったな。


 しかし、妹の背中は一生懸命そのものだ。

 小さな手足を必死で動かしている。


 声をかけては邪魔だろうか。

 そう思ってしまう程、真剣そのものだ。


 なのでは妹に身を任せ、私は水面を揺蕩った。



 目を覚ますと、神々しい輝きに満ちる神殿だった。


 「私は耳を疑った。神のお言葉がハッキリと分かるのだ。そして私はーー」



 サリーは次のページへ手をかける。

 一同は、彼女の音読に固唾を飲んでいた。


 「私はーーん?」

 「……どうした?」


 スミスが本を覗き込んだ。

 

 「……次のページ、無いわ」

 「は!?」

 「どういう事だ!?」


 アルドも身を乗り出した。


ご拝読ありがとうございます!


よければ、ブックマーク、ご評価、ご感想いただければ嬉しいです!!

創作の力となりますので、何卒お願いします!!

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