第58話 あるエルフの記録①
翌日、レン達は再びザグラム魔法学園へ潜入していた。
今回も認識阻害の魔法で別人になり変わり、真っ直ぐに学院図書館へ赴いた。
「本当に通れるかしら……?」
禁書棚のある部屋の前には、警備用に置かれたゴーレムが一体。
学園の壁と同じ白磁色の美しいそれは微動だにせず、やって来たレン一行をじっと見つめる。
もし、不用意に部屋へ入ろうとすれば、すぐさまゴーレムが扉を塞ぎ、侵入者を取り押さえるだろう。
アルドが懐に手を入れる。
取り出したのは折り畳まれた小さな紙片。
中を開くと入室を許可する旨、ウルド王子のサインと共に書いてある。
「兄上を信じるんだサリー。君の大事なソックスに報いるためにもな、いて!」
アルドの腿にサリーの蹴りが入った。
今日彼女が履いてきたソックスは皮肉なくらい真新しい、鮮やかな黒であった。
バランスを崩しつつも、アルドは紙片を広げてゴーレムへ掲げた。
『入室を許可します』
女性の音声が鳴ると、ゴーレムは脇へ移動して部屋の入り口を開けてくれた。
「よかったね、サリー。昨日の苦労は無駄にはならなかったね!」
「やかましいわ! さっさと入るわよ!」
素直に労っているのに。
女心というものは難しい。
◇
部屋に入った瞬間、古本独特の香りが鼻を通り抜けた。
学院図書館でも嗅いでいたが、ここのは特に濃密だ。
そして室内は意外にも広く、教室四つは入りそうだ。
時間が止まったような静けさの中、一行だけがポツンと出入り口で室内を見回した。他に利用者いない。
「よし、やるぞ!」
アルドの掛け声と共に皆、一斉に動き出す。
書棚の一つ一つを入念に調べ、それらしい本を広い机に載せていく。
やがて山のように積み上がると、今度は全員で一冊ずつ目を通す。
キーワードは、アルペウス神、神の死、亜人の神が消えてしまった理由。
流石は禁書なだけあって、出てくる情報には偏りが全く無い。
その分、量が多く捌き切るにはそれなりの時間を要した。
入室から数時間は経った頃、サリーが声を上げる。
「みんな、ちょっとコレ見て」
「どうした」
彼女が指差したのは机に置かれた巨大な本。
紙の一枚一枚は色が抜けきった茶褐色をしており、その本の古さが際立っている。
「これ、訳書だけど亜人の神話をまとめた本よ。かなり興味深いページがあったわ」
「どんな内容だい?」
彼女の隣でアルドが聞き返した。
「遥か昔、原本の著者のエルフが体験した事よ……読むわね」
「コホン」と一つ咳払いをして、サリーは読み語る。
「我らエルフ族の悲劇をここに記す。願わくば、この記録が未来永劫残ることを、今は亡きアテンドラ神へ切に願う」
◇
遥かな昔。この世界には多くの亜人が暮らしていた。
川辺で暮らす人間族、山中に住むドワーフ族、火山を根城とする竜人族、平原を駆け抜ける獣人族、そして森林と共に生きる我らエルフ族。
多種多様な人種が、各々の環境の中で穏やかに生きていた。
私の故郷は生命力豊かな森にあった。
春ははつらつとした命が芽吹き、夏には清らかな風が吹く、エルフ族にとっては豊かな場所だ。
家には両親と小さな妹。
私はよく、父に習って狩に出かけた。
大きな獲物を仕留めた時など、私の頭を不器用に撫で回してくれた。
母と妹も仕留めた獲物を見て、大いに驚いてくれた。
家族の喜ぶ姿が好きだった。皆で囲む夕食の煙が、家の暗闇を照らす焚火が好きだった。
やがて私は、若くして里一番の猟師になっていた。
あの日は、妹の誕生日。
父と母は妹を連れて村の祭壇へ出かけた。
我らエルフ族が信仰するアテンドラ神へ、感謝の祝詞を捧げに行くのだ。
誕生日には里の誰もが行う習わしだが、妹は今年で10歳。祭事は普段以上に盛大に行われる。
特に、祝宴の場所は我が家だ。祝いに来てくれるお客達をもてなすのも家人に仕事。
その日はとびきり上等な獲物が必要だった。
なので私は、いつも以上に森の奥へ分け入り、大猪を狙った。
後に聞いた話では、悲劇は私の里が最初だったらしい。
夕刻ごろ、里の方角に煙が上がった。
獲物を仕留め、帰路に着こうとした時だった。
その量と大きさに、狼煙とは考えられない。
血抜き用のナイフを足元に落とした。
走った。
獲物を放り捨て、必死に走った。
何度も何度も家族の顔が脳裏を過ぎる。
だが里の煙はどこまでも高く伸び、夕日を遮っていく。
やがて陽が沈みきった頃、里に着いた。
目に映ったのは、灼熱に支配された地獄だった。
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