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第53話 剛拳炸裂


 「なんだ……? よく誰だあれ……」


 メラルは上空にいるサリーを見上げつつ、目を擦る。

 上空に浮かんだ少女は、彼が姉御と慕うサリー本人である。 

 

 だが認識阻害が効いている。

 メラルにはどこの誰とも付かない顔だろう。

 

 しかし、サリーの声は無遠慮に中庭に響いてくる。


 「おい、そこの目つきの悪い赤髪」

 「あ?」


 即座に自分だと勘付いたメラルはその声の主を睨んだ。


 「アンタに強化術式を与えた人の言葉を思い出せ。自分より格上の相手と戦う時の心構えだ」

 「おい、その前に名乗れよ! 助けてくれたのは感謝すっけどよ、いくらなんでも突然すぎんだろ!」


 レンはその時、サリーの口の端が苛立つように痙攣している事に気が付いた。

 こういう時、彼女は最も短絡的な手法を採用する。


 「三秒以内に言わないと全員焼く」

 

 そう言うと、火球が中庭の中央に現れる。

 騎士と対峙する間に出現したそれは、空気を入れている風船のように膨らんでいく。


 「は〜〜い、三、二、……」


 容赦ないカウントダウン。

 メラルが慌てふためいた。


 「ちょ、待て待て!! ええ〜〜と……」

 「一……」

 

 このままでは自分も焼かれる。サリーはやる。誰が居ようと絶対やる。

 最悪の想定がレンの頭を過り、彼は後方へ逃げられるよう、足を踏ん張った。


 だがカウントが終わる直前、メラルは捻り出すように叫んだ。


 「戦うな! 逃げろ!」


 彼の声が中庭に轟然と反響する。

 メラルの声が山彦のように戻ってくると、彼の耳はやや赤みを帯びた。 

 一方で、火球は綺麗に消え去った。どうやら正解だったようだ。


 中庭の様子は全く気にせず、上空のサリーは問い掛け続けた。

 まるでメラルを導くかのように。


 「逃げられない時はどうするべきだと言っていた……?」


 彼女の声を聞いて、思い出したように「ーーあ!」と短く声を漏らす。 


 「……分かったぜ! アンタの言いたいこと!」


 空へ声を上げると、メラルは目前の騎士へ顔を向ける。


 エルゴーは濡れて重くなった体をしならせ、今まさにレンへ突進しようとしていた。

 最初から騎士の標的はレン一人。誰が来ようと、もはや彼にはどうでもいい。


 「し、し、死ね……『身体強化(フィジカル・ブースト)!』


 呪文と共に剣が空気を割く。

 その鋒は真っ直ぐにレンの喉元へ向かってくる。


 殺気を感じ身構えたレン。

 しかし、彼は剣を避けようとはしなかった。

 否、避ける必要はなくなったのだ。


 今まさに彼の喉元に突き立てられようとしていた刃は、眼前でピタリと止まっていた。

 

 「俺の前でよぉ……もうこれ以上、ダチを傷付けさせねぇぞ……」

 

 そこにはメラルの右手があった。

 騎士の刃をがっしりと握り締め、血が滴っている。


 それは、負傷している筈の右腕だ。足元に、肩を固定していた木材が落ちる。

 無理に動かしたせいで膨大な痛みが走り、苦悶に表情を曇らせる。


 そんなメラルに、騎士は冷徹な表情を向けた。


 「……離せ、貴様などはもう眼中に無い」


 だがそれでも、メラルは憤然と睨み返す。


 ーー侮られている。


 先の戦いで明確になった自身と騎士エルゴーの実力差。

 戦場で培われた純粋な技量、経験。それらはメラルの戦闘観とは大きくかけ離れていた。


 井の中の蛙は、大海の広さを知ったのだ。

 だからこそ、今は埋めようも無い実力差を受け止めた上で、メラルは自分の心を”あえて”燃やす。


 敵の理不尽さを、自分の情けなさを、大切な友人達の涙を。

 それら全てを燃料とし、一緒くたに炎へ溶かす。


 「眼中にねぇだろうよ……あんたは強い。今の俺じゃあ、勝ち目はない」

 

 血が滴るのも気に留めず、刀身を握る手に力を込める。

 相対するエルゴーも抵抗するも、剣はビクともしない。


 「だからヨォ、逃げる事にするぜ。アンタをぶっ飛ばして、な」

 「何……貴様まさか!?」


 メラルの空いた片腕に魔力が渦巻く。


 それはサリーの施した、特別仕様の強化術式。

 あまりの威力に己の肉体をも破壊する一撃は、先の戦闘では一度も使われなかった。


 禍々しい魔力のうねりを感じ取り、騎士エルゴーは直感する。

 

 (これは、喰らってはならない!)


 戦場で鍛え上がった生存本能が、エルゴーに”退避”の二文字を叩きつけた。


 メラルの左拳が握り込まれる。

 エルゴーは即座に剣の柄から手を離し、彼の間合いの外へ後退した。いや、した筈だった。


 「ーーなっ!」

 「僕が黙って見てるとでも?」


 レンの踵が、エルゴーの片足の甲を踏みつけ、地面に固定している。

 これでは後退どころか回避すら危うい。


 「せいぜい気張って防御しろや。そんで、なるだけ遠くにぶっ飛びな」

 「や、やめろ!!!!」


 魔力が収束し、純真さすら覚える程の光りを放つ。


 『全開強化!!!!!!』


 剛拳が炸裂した。


 レンが恐れ、一撃でも貰えば即死だと断定したその威力。 

 衝突の直前で張られた防御壁など意にも介さない。

 

 「がはっーー!!!!」


 空気を絞り出すようなエルゴーの叫びが衝撃の凄まじさを物語る。

 

 許容しきれない程圧倒的なパワー。

 騎士の身体を遥か天彼方へ誘うには十分すぎた。


 ーードゴン!!!!!!!!!!!


 遅れて凄まじい爆裂音が中庭にこだまし、その音を最後に、騎士は中庭から姿を消した。


ご拝読ありがとうございます!


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