第48話 消炭
「そんな……レンレン……」
クレアの声が震える。
彼女の瞳に映るのは、焼却され炭化しきった亡骸だった。
もはや人間の面影はなく、精霊の放った炎の残酷さを物語っている。
自分が助けを求めたばかりに、レンは死んでしまった。
ーー私が連れて来なければ……
ーー最初から助けなど求めなければ……
ーーレンレンは、私のせいで……
クレアの脳裏に浮かぶ後悔の嵐。
今は呆然と、レンだったモノを眺める事しか出来ない。
手に、足に、力が籠もらない。
「ハッ、何の事もない。所詮はただの学生だったか」
レンの死を嘲笑うように、エルゴーの冷たい声が聞こえてくる。
彼は消炭へと歩いていき、レンだった物を見下し、言った。
「普通死体くらいは残るんだがな……まあ、いい!!」
「……!!」
エルゴーはそれを何度も何度も踏みつける。
高温で脆くなったそれは、いとも簡単に崩れ去り、灰が辺りに散らばっていく。
「この! 私を! 舐めるから! 騎士たる!! この私を!! 下らん学生の!! 分際でーー!!」
ーーこの男は何を言っている? 何をしている??
クレアの背筋に悪寒が走る。
激しい嫌悪感が四肢を貫き、彼女は足元に落ちた自分の杖を見る。
長さにして三十センチの木杖は風に押され、コロコロと彼女の足に寄り添った。
まるで戦えとでも言うように。
レンは元々、この件には何の関係もない。
ただの友人。それも昨日知り合ったばかりだった。
クレアの懇願を無視したとしても何の不思議もない。
しかし、それでも彼は手を貸してくれた。
自分達を脅かした圧倒的な脅威を前に、彼は何の躊躇いもなく立ち向かってくれたのだ。
そこにある崇高な善意。
だが、その善意は前に立つ騎士によって踏みにじられた。
あまりの理不尽、あまりの醜悪。許していい道理はない。
「はっはっはっは!!!! ふむ、生焼けの死体を踏むよりかはいいな! こちらの方が靴の汚れが少なくて済む」
「……お前っ!!!」
へたり込んでいたクレアは立ち上がった。
「……何だ、元奴隷の小娘。お前も消炭にされたいか……?」
尋常ではない殺意が、今度はクレアへ向けられる。
しかし、彼女はそれを受けて尚、エルゴーから視線を外そうとはしなかった。
むしろ、攻撃用の術式が搭載されたとっておきの杖を、エルゴーへ構える。
「やってやる!!! 今度は、私が……!!」
「やめてクレア!! もう誰も死んで欲しくない……!!!」
リースも立ち上がり、フラフラと歩き出す。
闘志を剥き出しにしたクレアを諌めようと、限界を迎えた体を懸命に動かした。
「いいの、リースちゃん。これはもう、私の意地の問題。にいにいの友達殺されて、黙ってそれを見てるだけだったなんて……私は、そんなの嫌だ!!!」
クレアの魔力が、彼女の怒りを表すように高まっていく。
「駄目!! 駄目よクレア!!」
リースの必死の懇願でも止められない。
一方エルゴーは、クレアの闘志を嘲笑うように言い放った。
「お嬢様! 止める必要はありませんよ!! この奴隷は私に杖を向けた。その時点で、死罪は確定致しましたーー!!!」
レンを殺した興奮からか、エルゴーの能面が外れ、狂気じみた笑みが浮かび上がる。
「レンレンの敵討ちだ!! こっちこそ、ぶっ殺してやる!!!」
溢れる魔力を術式へ流す。
エルゴーも剣の柄に手を掛け、標的を定めた。
そして、クレアが戦端を開く呪文を唱えかけたその時。
「敵討ちとかは大丈夫だよ。クレア」
瞬間、どこからともなくレンの声がする。
予想外の事態にクレアもリースも身を幻聴かと疑った。
なぜならレンの姿は一切見えず、声だけが聞こえてきたのだ。
しかし、その居場所をこの中のただ一人だけが自覚した。
「……!!」
騎士エルゴーは腰に帯びた剣を抜き放つ。
姿は未だ見えない。だが、その居処はすぐに分かった。
なぜならその声は、エルゴーのすぐ背後から聞こえてきたのだから。
彼は抜刀の勢いそのままに振り向いた。
背後に居るレンを切り裂こうと凶刃が迫る。
だが、それは簡単に止められた。
剣を持つエルゴーの肘を捉え、急所を押さえ込み、痛みによってエルゴーの動きを完全に止めたのだ。
「やあ。騎士エルゴーさん。言っておくけど、この間合いで僕に勝てるとは思わない方がいい」
「き、貴様……!! 何故生きている……!?」
頬に煤を付け、レンがそこに居た。
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