第46話 信じてよ
「……貴様……学生風情がこの私に何をしたのか分かっているのか?」
男の口調は冷淡そのもの。
しかし、その声には激しい怒りが篭っている。
「アンタこそ。僕の友人に何をしたのか分かっているのか?」
レンとて、友人の無残な姿を前に、腹が立っている。
昨日まで笑い合っていた三人を想うと、目の前の騎士の殺気など気にならなかった。
闘志を漲らせ、レンは拳を握り締める。
対峙する二人にそれ以上の言葉は無く、周囲が静寂に包まれる。
両者は睨み合い、今にも火蓋が切って落とされそうだ。だがその瞬間、
「止めて!! エルゴー、その人は関係ないの!!!」
リースの叫び声がレンの後方から響いた。
それを聞いて、エルゴーと呼ばれた騎士は視線を移す。
能面のように平坦な表情とは裏腹に、膨れ上がった気迫は変わらない。
騎士は、ごく淡々とリースに言った。
「お嬢様……もう遅いです。この者は騎士である私に土を付けた。相応の報いを与えなければ我が名誉に傷が付いたまま……」
「お願いよ!! もう誰も傷つけないで! 言う事を聞く! お父様の言いつけに従うから!!」
リースの悲痛な懇願が中庭に反響する。
しかしその刹那、レンは一段と濃密な殺意を感じ、その場を飛び退いた。
ーーゴウ!!!!
レンが居た場所に炎柱が立ち登る。
その場から退かなければどうなっていた事か。
その炎柱を出現させたエルゴーの片手が赤い光を放っている。
そしてその光は、見る見るうちに輝きを増していく。
「ーー言った筈です……もう遅い、と。この者も、そこの下賤の者も、全て焼き尽くし手差し上げます。ご心配なさらず。命までは奪いませんとも。ただ、一生残る傷を、跡をその身と心に与えます。そうすれば、もう二度と貴方様の前に姿を現す事はないでしょう」
「そ、そんな……」
リースが青ざめたまま、その場に崩れ落ちた。
その瞳が小さく揺れ、倒れたメラルと、そのメラルに回復を施しているクレアに向いた。
「嫌……やめて……」
限界を迎えた彼女の心は、幻想を見る。
大切な親友と、愛する人。そんな二人が激しい炎に巻かれて苦しむ姿を。
それは、これから起こり得る悲劇そのもの。
「いや、いや、いやああああああーーーー!!!」
恐怖でうずくまる。
耐えがたい現実に、彼女は堪らず頭を掻き毟った。
すると彼女は、服のポケットにある万年筆に気がついた。そして、二人を救い出す方法を思いつく。
(……これで私が、私がここで死ねば……二人は助かる……)
指が震える。
しかしやらなければ。
自分の大切な人を救うには、それしかないのだから。
必死に震えを抑え、懐にあるそれを取り出したその瞬間、レンの叫びが中庭にこだました。
「リース!!!!!!!!!!!!!」
レンが彼女の名を呼ぶ。
万年筆を握りしめながら、リースはレンに顔を向けゆっくりと首を横に振った。
「レ、レン……もういいの……もう、私が、私が何とかするから……巻き込んでゴメンね……貴方は本当に無関係なのに……」
「……詳しい事情は知らない……でも、諦めちゃダメだ……! メラルの事、好きなんだろ? クレアの事、大切に思ってるんだろ!?」
「そうよ!! だからこそ、私がここで死ぬわ!!」
この時初めて、能面のようだった騎士の眉根がピクリと動いた。
そして口を開こうとしたその瞬間、レンの叫びが響き渡った。
「ふざけるな!! 残される人がどれだけ辛いのか、君に想像できるのか!!!」
「……レン」
たった一日だけではあったが、リースがメラルを想う気持ちに気付いている。
そして、そんな二人に在りし日の自分とルイスを重ねていた。
だからこそか、叫ばずにはいられなかった。
ルイスとの思い出を全て取り戻したら死のうとしているレン。そんなレンの想いが口をついて出ていた。
矛盾を自覚しながらも、いや、自覚しているからこそ、目の前の悲劇は決して許容するわけにはいかない。
レンは呼吸を整え、リースへ振り向いた。
「リース、メラルは君を守りきった。昨日の傷も癒えないまま、君を守り通したんだ。傷なんか無ければ、こんな騎士、簡単に倒してたさ」
レンの言うとおり、昨日メラルが負った傷は未だ癒えてはいない。
それは彼の足に残った焦げ付いた包帯が物語っている。
リースは涙を流しながら、その背を見つめている。自分を守ってくれた、彼の姿を重ねながら。
気が付けば、握っていたはずの万年筆が地面に転がった。
「リース、信じてよ。君を守ったメラルの強さを、そして、メラルに勝った僕の強さを!!」
レンは堂々と言い放ち、再び騎士と向かい合った。
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