第37話 変態王子①
ウルド王子の要望通り、レンは”記憶の鍵”について自身が今まで体験してきた事を話した。
闘技場、エルフの隠れ里、商業都市メルクで手にした3つの鍵。
それらから溢れ出した光と、追憶。
ウルド王子は細かく質問を挟みつつ、検証するようにレンの話を聞いている。
一方、その後ろでは別の攻防が繰り広げられていた。
つい、とアルドの袖を引っ張り、サリーが不貞腐れた表情を見せる。
「なんだい、サリー」
「ソックス返して」
よっぽど大切な品なのか、サリーは先ほどから何度も懇願していた。
今にも泣き出しそうな瞳を見ていると、アルドは返してしまいたくなる。
だが、彼は心を鬼にして突っぱねる決意を固めた。ここで折れてしまえば、いざという時の切り札を失ってしまう。
「……もういいでしょ、アンタの兄貴、あんなに協力的じゃない」
「さっきも言ったがサリー、まだダメだ。それに今朝の事を忘れたのか? 君は姿を見せない代わりにソックスを差し出したんだよ」
「それはあくまで交渉材料としてでしょ? もう交渉するような場面なんてないでしょ」
ウルド王子のレンへの聞き取りを邪魔しない程度に二人は話している。
この静かな喧嘩に、スミスとノエルも仲裁しようかと悩んでいるようだった。
一方アルドも限界だった。
これ以上ゴネられれば、返してしまうのは自分でも分かっていた。
だからこそ彼は、サリーの執着を断ち切るべく、ある決断をした。
「いや、交渉は始まるよサリー。君がそこまで言うのなら今からでも始めてみようか」
「な、何よ……」
それに答えず、アルドはウルド王子へ声をかける。
「兄上、お話中失礼!」
「え? アルド……なんだよぉ……」
聞き取りを遮られ、あから様に眉を潜めたウルド王子。
しかし、アルドはそれを気にせず切り込んだ。
「あの”記憶の鍵”ですが、我らにお譲りいただけませんか?」
「絶対駄目」
即答。
しかし、これはレンも納得した。
短い間ではあるが、ウルド王子の探究心は凄まじく、未知の塊である”記憶の鍵”を手放すとは思えなかった。
「兄上、我らのこの旅路は神を倒す事もそうですが、レンにとっては自身の記憶を取り戻すための旅でもあるのです。だからこそ彼は貴方に協力しているというのも分かっていただきたい」
「いいや、アルド。彼が協力してくれるのは新勇者召喚という機密情報と、僕の研究から得られる”記憶の鍵”についての検証結果があるからだよ。鍵を譲るかどうかは全く別問題さ」
二人の王子に火花が散った。
その間に挟まれたレンはというと。
(あっ! そうか、何も考えず協力しちゃってたけど”記憶の鍵”を貰わなきゃダメじゃん……!)
と、今更気が付いていた。
「あれが欲しいなら二、三年待つ事だ。それまでには研究し尽くしてるだろうね。待てないなら、あれ以上に僕の好奇心をそそる物を持ってきたまえ!」
「兄上、言いましたね?」
アルドはポケットに手を入れた。そして、サリーから頂戴したソックスを掴む。
一方背後では、アルドの凶行を止めようとサリーが駆け寄ろうとしたが、スミスとノエルに止められていた。
アルドの背に伸ばされたサリーの片手。
その姿には懇願が溢れている。
(嫌……! アルド、お願いやめて……!!!)
その声なき声を背で感じつつ、アルドは心の中で謝罪した。
(すまん、サリー!!!)
掴んだそれをポケットから出し、ウルド王子の目の前にかざした。
「こ、これは……!」
先ほどまで探究心と自身に満ち溢れていたウルド王子の瞳。
ソックスが目に入った瞬間、彼の瞳はドス黒い何かで塗り潰され、粘り気のある笑みで顔を引きつらせる。
「兄上、貴方ならもうお分かりでしょう……これはかの魔法学士、サリー嬢の私物です」
「あ、あ、ああぁ…………」
つい先ほどまで論理的な姿勢はどこへやら。
ウルド王子のIQが滝のように流れ落ちていく。
「あ、あ、あ、あ、あ〜〜」
ゾンビの如く手を伸ばし、ソックスをゆっくりと取ろうとするウルド王子。
しかし、アルドはそれを躱し、ハッキリと告げる。
「兄上! これを手にする条件はたった一つ! ”記憶の鍵”を我らに譲り渡す事、それだけです!!!」
「わ、わたす〜〜! わたすから、それ、それを、を〜〜!!」
「いいでしょう! 商談成立です!!」
そう言ってアルドは、ソックスをひらりを落とした。
それを追って躊躇なく地面に這いつくばるウルド王子。
さらにそれを見て、とうとう泣き喚いたサリー。
さらにさらに、この状況に顔を引きつらせたレン、スミス、ノエル。
「んんんん〜〜〜〜〜スッッッッッッッッッハッッッッッッッッあああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
ウルド王子のハンカチを吸い込む音が、薄暗い空間に響き渡った。
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